決着?
「いやはや……あっぱれなり」
ロメロは見上げていた。
舞い上がるインベントを見上げていた。
(本当に凄いやつだな。インベントは)
空を舞うインベントがロメロに達するまで、時間として10秒に満たないだろう。
だがロメロはインベントことを濃密に思う。
最愛の人を想うかのように。
(普通の少年にしか見えない。
普段は少し無口だが育ちの良い少年そのもの。
しかし……ククク、なんでまた、ここまで変な男になったのかなあ。
ジジイじゃねえが、インベントの過去を知りたくなる気持ちもわからんでもないな)
ロメロは笑う。
「さあて……アレをどうするかな……」
空中から急速落下してくるインベントを見て……いや、インベントの狂気に満ちた顔を見た時点でロメロはすぐにわかった。
(死んでも構わんって顔だからなあ。
ふーむ、死に物狂い……って感じではないか。
死なば諸共といったところか。いやはや、馬鹿な男だ)
言葉とは裏腹に幸福感に満たされるロメロ。
命を投げうってでもロメロに挑んでくるインベントに万感の思いである。
(恐らく一撃必殺かな? 変化をつける余裕も余力も無いだろう。
くふふ、全身全霊の一撃か。いいな、素晴らしい)
ロメロは戦いの天才である。
故にインベント最後の一撃が非常に危険――ロメロの命を奪いかねない攻撃になることは予見している。
だが天才故、最善の対抗手段もすぐに思いつく。
(狙いを絞らないように、事前にステップでも踏めば避けれるだろうな。
避ければ終わりだ。二の矢はさすがに無理だろう)
最善手を思いついた。
そしてすぐに最善手というゴミを捨てた。
(俺からけしかけた戦いで、決死の攻撃に対して逃げる?
そんなことするなら死んだほうがマシだ。もちろん受けて立つ。
だがしかしなあ……どうするかな……)
逃げるわけにはいかない。
だがどう対処すべきか迷うロメロ。
インベント決死の特攻に対して、有効手段が思いつかない。
(槍を斬ってしまうのは簡単だ。だが……それではだめだな。
インベントの特攻は槍を斬ったところで終わる攻撃ではない。
インベントそのものが槍みたいなもんだ。
槍を斬り落としても、インベントのタックルは止まらんからなあ……。
さて……どうするか)
短い時間の中、考えるロメロ。
そして怪しく光る愛剣。
(細切れにしてしまうか? ククク)
インベントそのものを弾だと考えれば、細切れにすれば弾としての力は無くなる。
だが――そうするわけにはいかなかった。
なぜならロメロ自身がこの模擬戦をする前に言ったのだ。
この模擬戦のルールである『俺はインベントを殺さない』というたった一つのルールを。
(――ま、そういうわけにはいかないよなあ)
ロメロはあえて、剣を仕舞った。
そして両手を前に出す。
「さあ~て! 受けて立つ! 受け止めて勝つ!
ハハハ! これもまたいいな! さあ! 矛と盾!
決死の矛と、太陽の盾! どちらが勝つかな! ハハハハ、ハハハハハ!」
高笑いのロメロ。
インベントにはロメロの声を聞く余裕も無かった。
槍を離さないことと、とにかくまっすぐ進むことだけしか考えていないのだ。
反応することさえ難しい、インベントの速さは常軌を逸していた。
まともに喰らえばロメロであっても木っ端微塵になりかねない攻撃。
だがロメロには幽結界がある。
そして狙いはロメロであることも明確だ。
精神的には余裕をもって待つことができた。
インベントが持つ槍の先端が幽結界に入った瞬間――
ロメロは重ねた両手の位置を微調整する。
そして【太陽】を重ねた手に展開し、インベントの攻撃を真っすぐに受け止める。
激突する矛と盾。
一瞬の攻防。
ロメロには勝算があった。
(【太陽】は幽世の力!
現世の全てを排除する力!
お前の攻撃を全て消し去ってやろう!!)
普段、【太陽】を防御には使わない。
だがロメロほど【太陽】の特性に詳しい男はいない。
ロメロが可能だと思えば、可能なのだ。
インベントの槍と、太陽の盾が激突した瞬間――
太陽が爆ぜたかのように周囲に光が舞った。
そして――インベントの槍が溶けていく。
太陽の盾に触れた部分からバターが溶けていくかのように槍が溶け、霧散していく。
まるで太陽に飲み込まれていくかのように。
槍の刃が無くなり、柄も飲み込んでいく。
このままではインベントの腕が消失してしまう。
ロメロは太陽の盾からただの幽壁に切り替えた。
いや――切り替えざるを得なかった。
(や、やはり……防御は性に合わんな……)
膨大に幽力を消費する太陽の盾を維持できなくなったのだ。
だが、インベントの攻撃、そしてスピードを抑え込むことに成功したロメロ。
(ふふふ、終わったな……)
インベントの攻撃を防ぎきったロメロ。
狂った模擬戦の終わりを信じて疑わない。
ロメロの盾が――幽力でつくった盾がインベントを弾き飛ばせば決着である。
そしてロメロの想定通りインベントの身体が押し戻された。
力無く宙を舞い、そのまま落ちていく。
インベントの意識は朦朧としていた。
視界は霞む。四肢はもう動かない。
だが槍だった棒は手放していない。
インベントの意識はたった二つのことしか考えていないからだ。
まず一つは槍をとにかく手放さないこと。
その結果、インベントと槍はまるで一体化したかのようである。
血塗れの手で、血塗れの槍を持つ様は、本当に同化したかのようだ。
そしてもう一つ――
(進まなきゃ)
ただ前に。ロメロ目掛けて進むことしか考えていない。
だがもう止まってしまった。
全てを出し切った。それでもロメロには届かなかった。
(進まなきゃ)
身体はとうに限界を迎えているが、意識だけが前進しようとしている。
だが意識も朦朧とし、強烈な睡魔が襲い掛かってくるようにインベントの意識を切断しようとしてくる。
(す、す、ま……な……)
意識が消えそうになるインベント。
だが、誰かの声が聞こえる。
『――――』
(え?)
『――――!』
誰かの声が聞こえる。
その声は怒っている。
『――す――よ!!』
(な~に?)
『もー! 進みたいんでしょ!?』
女性がインベントに呼び掛けている。
知っていような気がするが、だが誰だかわからない。
気の強そうな声。
(え?)
『進むんでしょ?』
(うん)
『しょうがないから……手伝ってあげるわよ』
(そっか)
『特別なんだからね! 今日だけなんだからね!』
(は~い)
『もー! いくわよ!』
長く連れ添ってきた姉弟のような、恋人のような、母と子のような。
通じ合うインベントと女。
インベントは女の提案を全て受け入れた。身を委ねた。
カァーン!
甲高い音が鳴る。
ゆっくりと大地に落ちていくインベントの身体が、少し浮き、少し回る。
(な、なん――?)
終わったと思っていたロメロは驚いた。
死に体だと思っていたインベントが突如動き出したからだ。
浮いて回ったインベントの身体。
偶然が必然か、槍だった棒はロメロに向いている。
(ま、まさか!?)
収納区間から現れた丸太が重力グリーブを押した。
押し出されたインベントは、ロメロに向かって動き出した。
向かってくる槍だった棒。
咄嗟にロメロは棒を掴んだ。
だが止められない。
ロメロとて疲労困憊なのだ。
太陽の盾を使ったために、幽力がほとんど無く、思ったように体が動かない。
「お、おいおい! くそ」
インベントは気を失っていた。
だが身を委ねるようにロメロに迫る。
心臓目掛けて迫っていた棒をどうにか、左わき腹まで狙いをずらすが、インベントとロメロは抱き合うかのように地面に倒れた。
「ぐ、ぐああ……痛たたたたたー!」
棒は、ロメロの腹をゆっくり、ぐりぐりと、大きく抉った。
出血しのたうち回るロメロ。
その隣で、インベントは安らかに気絶していた。