自虐的回避
幽結界内でロメロが仕留めそこなう。
ロメロからすれば想定外の出来事が発生している。
(どうやった? なにをした?)
ロメロは当たる確信をもってインベントの左手を攻撃した。
絶対的な自信のある一撃。受け流す事も、まさか回避するなどできるはずがない一撃。
そんな攻撃が宙を切った。ありえない。
(それよりもどこにいった? インベントはどこにいった?)
辺りを見回すロメロ、そして幽空間のすぐ外にインベントを発見する。
インベントは片膝をついた状態でうずくまっている。
疲労感が滲み出ているが、やはりロメロの攻撃を避けたことには間違いない。
さきほどの攻撃は、反発制御使用時の音が発生する欠点を逆手にとった攻撃だった。
空間投射砲で発射した二つの石を、空中で衝突させ音を発生させた。
ロメロの意識を上に持っていき、その隙に無音でインベントが接近したのだ。
だが幽結界を持つロメロの反応速度と剣速には敵わず、見事返り討ちにあう――はずだった。
「ふう~む……変な動きは……無かったように思ったんだがなあ」
インベントがロメロを研究しているように、ロメロもインベントのことはよく知っている。
縮地のモーションは見切っているし、疾風迅雷の術を使う際の癖も知っている。
反発制御も同じく。なにせ修業に付き合ったのはロメロだからだ。
「ふふふ、なにか隠していたのか? それとも隠れてたなにかが出てきたか? ふふふ」
追い込まれた結果、強くなる。
漫画やゲームでよくある展開。
眠っていた血統の力が呼び覚まされた?
封印されし太古の神の力が目覚めた?
クソソソが殺された怒り?
インベントにはそんな都合のよい力は無い。
ただのリアルト家の長男である。
『ぶっころスイッチ』が今持っている武器や技術の中で、目の前のモンスターを殺すためにできる選択をしたのである。
それは最良の選択かといわれれば――逆である。
疾風迅雷の術を酷使し、上半身を痛めていたように――
デリータとの戦いの際は、不完全状態で跳躍用丸太を使った移動法を駆使し足を痛めたように――
今、この瞬間、最大限の力を発揮するためであれば、己の肉体を傷つけることも厭わない。
それが『ぶっころスイッチ』である。
「さあ、どうする? もう終わりか? インベント」
ゆっくりと立ち上がるインベント。
闘志は萎えていない。むしろやる気は漲っている。
「――いきますよ」
「ああ」
インベントが追い込まれても諦めないことをロメロは知っている。
そして追い込めば限界以上の力を発揮することも知っている。
その戦い方が――刹那的で自虐的であることも知っている。
疾風迅雷の術を多用することがインベントの身体によく無いことも本当は知っていた。
ロメロとしては若干の背徳感を感じている。
インベントの力を限界以上まで引き出しているのは、ロメロの絶対的な強さがあってこそだ。
だが、無茶をさせているのは、九割九分ロメロ自身が楽しむためだ。エゴである。
若い青年の将来の芽を摘んでしまうかもしれない。
それを理解しているにも関わらずインベントと戦うのは、やはり戦闘狂だからである。
一瞬の輝きだとしてもインベントの最大値を引き出したいのだ。
インベントは真上に跳んだ。
高さは10メートル。
そして自由落下で落ちてくる。
その様子をロメロはじっくりと見ている。
重装備をつけたインベントは落下エネルギーを得ながら大地に接近する。
そして地面から二メートル。
インベントは思い切り跳躍用丸太を踏んだ。
轟音とともに加速するインベント。
肉体の負担なんて無視した加速。肉体のどこかがおかしくなった気がしたがインベントは無視した。
どうせ反発制御を使えば、骨が折れない限りはなんとか動けるからだ。
(――反射)
勢いそのままに、跳躍用丸太を重力装備で殴る――いやぶつかっているだけだ。
強制的に進行方向を変え、ロメロの周囲を旋回するように飛び回る。
インベントの肉体にこれまで感じたことのないレベルの重圧がかかる。
胃液が逆流するが、呼吸を止めてなんとかやり過ごす。
(反射! 反射! 反射!)
幽結界のギリギリ外。
目にも止まらぬ速さで撹乱しつつ、攻撃に転じようとするインベント。
だが、ロメロが先に動く。
「こちらからも動くと言ったぞ」
ロメロがバックステップで後退する。
後退といっても逃げではない。インベントを幽結界内に捉えるためだ。
先手をとられるインベント。
あまりにも高速で動いているため急に止まれないのだ。
(そこ――か!!)
ロメロが右後方にインベントを捉えた。
即座に、流れるように、最短距離でロメロの剣先がインベントに迫る。
確実にインベントを捉えるはずの一撃。避けれるはずのない攻撃が再度インベントを襲う。
インベントはギリギリ反応する。だが反応するだけの時間しか無かった。
回避するには反射神経も運動神経も足りない。
ただロメロの刃がインベントに到達するのを待つしかない。
それがインベントという肉体の限界なのだ。
だがインベントには収納空間がある。
収納空間を誰よりも正確に、思い通りに、理想通りに動かすことができる。
インベントは命令する。いや懇願する。
『収納空間ちゃん』にただ願いを叶えるように強要する。
(ロメロさんが狙う右手を引っ込めさせろ!
身体を捩れ! 攻撃を避けさせろ!
幽結界の外まで俺を飛ばせ!
速く! 早く! 急げ!)
『収納空間ちゃん』には――意志など無い。
『収納空間ちゃん』はただ秘密のルール通りに動くだけだ。
だがインベントは秘密のルールを熟知している。
『収納空間ちゃん』がなにをできるか全部知っている。
意識的な収納空間の操作は完璧に近い。
さて――人間は反復練習を続けると、無意識レベルでも行動できるようになる。
意識しなくても歩けるし、意識しなくても座ることができる。
だったら収納空間の操作は?
インベントは無意識レベルでも意図した場所にゲートを開くことができる。
無意識レベルでも収納空間内の使いたいアイテムを取り出すことができる。
無意識レベルでも手を使わず、収納空間から外にアイテムを出すことができる。
つまり――
意識しなくても、思考に連動して収納空間を操作することができるのだ。
『収納空間ちゃん』はインベントの命令を忠実にこなす。
右手を引っ込めるために跳躍用丸太を右手に衝突させる。弾けるように右手が後退する。
ロメロの突きを躱すために、棍がインベントの右肩を突く。するとインベントの上体が捻られた。
更に棍がインベントの上半身を突きまくる。
一撃一撃の力は弱くとも、何度も突かれたインベントは幽結界から離脱に成功する。
『収納空間ちゃん』は忠実にインベントの依頼をこなし、インベントのオーダーに応えたのだ。
だが――
「ぐはぁっ!」
インベントの全身に激痛が走る。
『収納空間ちゃん』は忠実に依頼をこなし、ロメロの攻撃を回避することに成功した。
だがインベントのダメージは考慮していない。
代償と釣り合わない回避。
それでもロメロを倒すために、インベントはもがき続ける。
『収納空間ちゃん』を弄んでいたつもりが、いつの間にか弄ばれる側になってしまった主人公。
愛の綱引き……?