ウォーミングアップ
インベントとロメロが模擬戦を行う。
もしもクラマがいたのなら、止めた可能性が高い。
精神的にも肉体的にも研ぎ澄まされているロメロ。
砥いだナイフのような現在のロメロと、一定条件を満たすと見境がなくなるインベント。
そんな二人が戦えば、何かが起きてもおかしくない。
だがクラマはいない。
そしてロメロは、フラウとアイナに模擬戦の見学することを拒んだ。
理由は『インベントが本気を出せない』からだ。
インベントは飛び回るため、近くに人がいると思い切り戦えない。
――という建前。
本当は邪魔だからだ。
ロメロは誰にも邪魔されることなくインベントと遊びたいのだ。
危険な遊びを。
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カイルーンからかなり歩いた場所に辿り着いた二人。
多少開けた草原のような場所だ。イング王国では珍しい場所である。
「いい場所だろ?」
見回すインベントは「そうですね」と応えた。
「散歩してるときに見つけたんだ。モンスターもいないし模擬戦をするにはベストな場所だ」
モンスターがいない場所など、イング王国にはない。
単にロメロウォーキング中に居座っていたモンスターをぶっ殺したからである。
「さあ~て、本気な模擬戦をやろうか。インベント」
「あの~」
「なんだ?」
「これっていつものロメロチャレンジじゃないんですか?」
ロメロは微笑む。
「ま、最近はルールも決めてなかっただろ?」
「そりゃあ……ただロメロさんが暴れまわってましたしね」
「ハッハッハ。だがちゃんと手加減はしてただろ? 怪我一つさせたことはない」
「う~ん……まあそうですね」
ロメロは口に手を当てて歩き回る。
「そうだなあ、ルールは必要だな。これは模擬戦だからなあ。
クックック、よおし、決めたぞ」
「なんですか?」
「ルールは『俺はインベントを殺さない』だ」
インベントは首をひねった。
「それだけですか?」
「ああ。まあ『殺さない』だと危ないか。う~んそうだな『大きな怪我』はさせないでもいいか。
本気でやれば少しぐらい怪我はするかもしれんが安心しろ。ちゃ~んとアフターケアは考えてある。
ま……だからインベントは安心して――」
ロメロは笑う。そして「インベントは本気で俺を殺しにくればいい」と嬉しそうに言う。
「まあ……オッケーです」
「ハッハッハッハッハ。いいな! よお~し!
おっと、まずはウォーミングアップでもするか!」
「ウォーミングアップ?」
ロメロは地面を指差した。
「俺はこの場所から動かない。そして攻撃もしない。【太陽】も使わない。
懐かしいだろ? 初めにやったロメロチャレンジだ。
まずは……俺を動かしてみろ」
ロメロは余裕たっぷりに手を広げた。
(さあ、どうするかな? インベント)
インベントは深く息を吸う。
(舐めてるな~……まったく)
アドリーやクラマ、そしてデリータと戦った時のように『ぶっころスイッチ』がONになる。
いや、ロメロとの戦いの際は、自動的に『ぶっころスイッチ』はONになっている。
本気で殺しにかかっても殺されない男。それがロメロ・バトオなのだ。
だからこそインベントは気兼ねなく本気を出せる相手。
(でも、あの頃とは――違う)
インベントは右手を反発制御で水平に押し上げた。
その恰好はまるで正拳突きのようである。
ロメロは不思議そうにインベントを見ている。
(――徹甲弾)
徹甲弾とは、モンブレの世界で使われる遠距離武器である『ヘビーボウガン』の弾の一つである。
ボウガンというよりは大型の銃のような武器から発射される徹甲弾は恐ろしい威力を誇る。
ただこちらの世界には銃も無ければもちろん『ヘビーボウガン』も無い。
インベントからすれば徹甲弾は魔法のような力で発射される遠距離攻撃だと思っている。
だが徹甲弾の本来意味をインベントは知らない。
モンブレの世界ではなく、元になった地球で使われてきた徹甲弾のことである。
徹甲弾とは戦車や戦艦などの装甲に穴をあけることを目的とした近代兵器である。
重く硬い弾を高速で発射する事で、高い運動エネルギーをもった徹甲弾は恐ろしい威力を持つ。
さて――インベントは収納空間から、徹甲弾と称した弾をインベントの目線の高さにふわりと浮くように出した
インベントの徹甲弾は、一辺が10センチ程度の立方体の鉄の塊だ。
ドウェイフに作らせた新しい武器……いや弾である。
目の前の徹甲弾が自由落下していく前に――インベントは思いっきり殴った。
(発射!!)
発射というが、物理的に殴っただけである。
重力ガントレットを装備したからこそできるインベント流の新しい遠距離攻撃なのだ。
インベントは知るはずもないが、インベントが使う徹甲弾は、モンブレでは無く近代兵器のソレとコンセプトが近い。
重くて硬い鉄の塊を、ぶっ飛ばす技。
さて、かなりのスピードで接近する鉄塊。
ロメロは驚きつつも、剣で弾き落とそうとする。
だがロメロは考える。鉄塊――徹甲弾が飛来してくる刹那の間に考える。
そして結論を出した。
(剣が――耐たん!)
ロメロは剣を引き、上半身を捻ることで徹甲弾を避けた。
避けた徹甲弾は木にぶつかり、枝を簡単に弾き飛ばした。
徹甲弾は重さが八キロを超える。
まともに剣で受け止めることはできない。
そして斬ることもできない。ロメロの剣は斬鉄剣ではないのだから。
対処法としては剣で軌道を変えればいいのだが、かなり剣に負担がかかる。
剣の負担を無くすのであれば――【太陽】の力を使うしかない。
(ハッ!?)
ロメロは幽結界内に侵入してくる新たな物体を探知する。
インベントは間髪入れずに徹甲弾を発射していたのだ。
「くっ!!」
ロメロは咄嗟に――【太陽】の力を纏った剣で徹甲弾を斬り裂いた。
「……あ」
咄嗟に【太陽】を使ってしまったロメロ。
その様子をみていたインベントはにやりと笑う。
「【太陽】……使っちゃいましたね。ロメロさん」
ロメロは髪を掻いた。そして――
「ウォーミングアップは……いらないみたいだな!」
と強がりを言うのだった。