ロメロコーチ
ロメロはインベントの邪魔にならない位置まで接近し観察を続ける。
インベントの修業風景は、傍から見れば意味不明な動き。
だがロメロなら理解できる。
ロメロは誰よりもインベントと戦い、インベントの成長を楽しんできた男だからだ。
方向性は違うがある意味、クラマよりもインベントを理解している男である。
クラマは過去から遡ることで、インベントがどのように構成されたかを知り、理解に努めた。
それに対し、ロメロはインベントの過去に全くと言っていいほど興味が無い。
というよりもこの世の全て、自分自身の過去にさえ興味が無い。
ロメロは徹底的に現在を見ている。
今、この瞬間、強いのか。今、この瞬間、蛹から蝶になろうとしているのか。
そして――インベントが自分自身を楽しませるほど、強くなるのか。
目の前のインベントに全ての興味を注いでいる。
(ククク……ジジイはアホだが、今回ばかりはいい仕事をしやがったなあ。
しかしまあなんというか、全然進歩の兆しが見えん。成功するのか? よくわからん)
インベントの顔は険しい。
修業は上手くいっていない。
なぜなら反発制御は繊細さが要求されるからである。
繊細さは収納空間の扱いにも求められるが、インベントの肉体にも求められる。
前者に関してはインベントの得意分野なのでそこまで問題は無いが、後者は致命的だ。
なぜならインベントは肉体を使うセンスは乏しいからである。
これまでは卓越した収納空間を扱う能力と、モンブレからくる発想力が肉体的しょぼさを補っていた。
だが反発制御を会得するには、肉体側での微調整が必要になる。
例えば、跳躍用丸太を踏んで前方に飛ぶケース。
飛距離に応じて、踏む力は膝を使い多少調整しなければならない。
この微調整がインベントを悩ませていた。
「ああー! 難しい~!」
反発制御に失敗しずっこけたインベント。
踏む力が強すぎたのか、反発力の調整に失敗し、片足だけ跳ねてしまったのだ。
「ふふふ、精が出るなインベント」
「あ、ロメロさん」
「随分苦労してるようじゃないか」
インベントは肺に溜まっていた空気を吐き出した。
「中々難しいんですよねえ……。微調整がなあ~」
ロメロは微笑み「今やろうとしてるのは――」と話し始める。
インベントは少しだけ驚いた。
よもやロメロが興味を持つとは思っていなかったからだ。
「丸太をぶっ叩いて、叩いた方向と逆方向に動いたり……肉体の一部をぎゅーんと動かそうとしている」
「……そうですね。よくわかりましたね」
「ま、インベントの戦い方はずっと見てきたからな。
あれだろ? 武器をズンっと加速させる動きを手足にも活かそうって感じか」
「あ~武器加速ですね。
そうですねえ。全部の動作を反発力で制御したいんですよねえ」
ロメロは笑う。
「中々盛大な計画だな。
インベントの場合、ドーンとぶっ放したり、加速でグッグッグ! っと動くほうが得意そうだけどな。
あの黒い小手を使った移動みたいにな」
「あ~疾風迅雷の術ですね~。
あれはクラマさんに止められてるからなあ~」
ロメロが「ふ~ん」とつまらなそうにしている。
「まあいい。
ちなみにさっきずっこけた理由はわかっているのか?」
「え?」
「ずっこけた理由だよ」
「いや……力の微調整を間違えたからですよ」
「違うぞ」
「え?」
「力加減でずっこけたりしないだろ。
力加減を間違えたら吹き飛ぶか、それとも失速するかのどちらかだ。
こけるってのはバランスを崩したからだ」
「バランス……」
ロメロが剣の鞘で重力グリーブをコツンと叩く。
「たいそうな装備だが、足底が分厚過ぎて真っすぐ着地したかどうかがわかりにくいんだろう。
足ってのは手に比べれば繊細さに欠けるからな。
さっきは踵が先に着地してたぞ」
「そ、そっか。な、なるほどお! もう一回やってみます!」
インベントは早速ロメロのアドバイスを実践する。
三回やって四回目にまたずっこけた。
「あ~もう! 今のはつま先から入ってたぞ!
点で入るんじゃない! 面を意識して迎えに行け」
「む、迎え? な、なるほど」
再度トライするインベント。
腕組みしながらチェックするロメロ。
「だあー! 違う違う! 足首の角度をもっとグイっとしろ!
これぐらいの角度にしろ!」
そう言ってロメロは親指と人差し指を使って角度を表現する。
インベントは「え、あ、はい」と応えた。
なぜか鬼コーチのようにインベントに指導を始めたロメロ。
インベントは困惑する。
ロメロがこれほど協力的だったことは無いからだ。
だがアドバイスはわかりにくいが的確ではある。
ロメロは天才だ。だが人に教える能力は低い。
そもそも後輩育成に興味が無い。的確に指導するほど相手のことも見ていない。
だが最近、ロメロウォーキングをしているお陰で感覚が研ぎ澄まされている。
そのせいか、ロメロはキレッキレなのだ。
些細な動作の変化も見逃さない。その結果指導力が上がっている。
まあインベントのことが気になっているからこその指導力なのだが。
「腰を曲げ過ぎだ! グッっとしろ! グッ! グッ!」
「え? えっ?」
「力は頭にスーッと流さないからブレるんだよ!」
「あ、頭!?」
インベントがロメロのわかりにくい説明に四苦八苦してる様子。
そんな様子を見て、フラウは茫然としていた。
(ろ、ロメロ副隊長が指導をしている??)
ロメロが指導している様子など一度も見たことが無いフラウ。
それもこれほど熱を入れて指導している。
フラウとしては羨ましいと思う反面――
(や、やっぱりおかしいっす! ロメロ副隊長絶対おかしいっす!!)
そう思うフラウであった。
兎にも角にも、解読が難しいロメロの指導――ロメロコーチングは定期的に行われた。
ロメロウォーキングを三日、そしてロメロコーチングが一日。
そんなルーティーンが続いた。
インベントは着実にレベルアップしていく。
自分だけだと気づくのに下手すれば何か月もかかるポイントを、天才ロメロがズバズバと指摘してくれるからだ。
そしてある時、ロメロの恐ろしいコーチ能力が顕在化した。
**
「う~ん」
「どうしたインベント」
「力の加減ってやっぱり難しいんですよねえ。
ロメロコーチのお陰で、反発力が暴走することは無くなってきたんですけど。
ど~も力加減がわからなくなるんですよ」
いつの間にか呼称も『ロメロコーチ』になっている。
「ふむ。同じ力を加えればいいだけじゃないのか?」
「いや……それが難しいんですよ。
全く一緒の力って再現難しく無いですか?
それにシチュエーションによって力の大きさって変わるし。例えば――」
そう言ってインベントは右手を下に自由落下させ跳躍用丸太を叩く。
するとブワっと上がるインベントの右手。インベントの目線の高さまで右手は上がる。
再度同じ動きをやってみるインベント。
同じように右手が上がる。だが高さはインベントの胸のあたり。
「ほら、差が出ちゃうんですよねえ……なんでなんですかねえ」
普通の人間なら「知らねえよ」である。
だがロメロは違った。
「一回目は手を落とすときに僅かだが加速させたからだぞ」
「……え?」
「ん? 手を動かすときに自然にじゃなくて少し加速させただろ?」
「さ、させましたか?」
「ああ。間違いないぞ」
「な……なんで断言できるんですか!?」
ロメロは笑った。
「だって今、インベントは幽結界の中にいるからな。
微妙な動きの違いも判別できるぞ」




