サナギ
ロメロがロメロウォーキングでフラフラしている頃――
「……難しい」
インベントの修業は非常に難航していた。
インベントの修業のテーマはたった一つ。
動きのすべてを反発力で制御すること。
インベントはこれを反発制御と名付けた。
反発移動、縮地、疾風迅雷の術などはインベント本人を動かす技。
加速武器や、重力グリーブからの蹴りは、装備品を動かす技。
大別すればインベントは収納空間からの反発力を『移動』か『攻撃』に利用してきた。
だが今やろうとしているのは、予備動作を含めた全ての『動き』を反発力で制御しようとしている。
跳躍用丸太を砂空間に押し込むことで発生する反発力で、全ての動きを制御するのが完成形である。
肉体に頼らない動きができるようになれば、装備品の重さから解放される。
極論、身動きが取れない装備品を纏っていても戦うことができるようになる。
まあ修業は難航しているものの、成果が出ていないわけではない。
現にインベントはラットタイプやハウンドタイプのように比較的弱いモンスターであれば簡単に粉砕している。
接近し、重力ガントレットで思い切りパンチする。
パンチがクリーンヒットすればいとも簡単にモンスターを倒すことができる。
単純な動き……というよりも何度も練習すれば同じ動きはできる。
インベントが縮地を会得する際も、何度も失敗を繰り返した。
失敗し、微調整し、上手くいった動きを反復すれば体得できる。
だが反発制御は失敗を繰り返して体得するには、時間がいくらあっても足りない。
なぜなら条件分岐が多すぎるのだ。
もしも同じ条件の跳躍用丸太に100の力を加えれば、同じ力の反発力が返ってくる。
『収納空間ちゃん』は気難しいが、ある意味ワンパターンな子なのだ。
100の力でほっぺをつねれば、いつも同じリアクションをしてしまうワンパターンな子。
だが100の力というのが曲者である。
この世界ではゲームの世界のようにダメージ表示はされない。
100の力で殴ったつもりが、「ぶっぶー! 130でしたー!」と収納空間ちゃんから思った以上の反発力をお見舞いされてしまう。
ただパンチをしようとしても、反発力が弱ければパンチは届かず、強すぎればパンチというよりも突進になってしまう。
止まっている場合ならまだいい。
移動中だと力の制御はもっと難しくなる。
インベントの体重は60キロ強。重力シリーズは40キロ以上。
100キロを超えるインベントがただ落下し、重量級の装備である重力シリーズで踏むだけでも恐ろしい威力になる。
落下距離が増えれば威力も上がる。
様々な条件で、求める反発力を瞬時に引き出さないといけない。
反発制御を体得するのは不可能…………もしくは恐ろしく時間が必要である。
もしもダメージ表示を見ることができるチートキャラでもいれば別だが。
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毎日ふらふらしているロメロ。
だが今日は、アイナ隊と共に行動することを選んだ。
「今日は……どこかに行かないんすか?」
フラウは心配そうに尋ねた。
「ん~? 今日はみんなの様子でも見ていようかと思ってな」
「そう……っすか」
「ふふん」
現在まとまりのないアイナ隊。
隊としては落第なのだが、まとまらなくても問題ないぐらいの結果は出している。
インベントは苦労しながらも、実験的に弱いモンスターを殺しまくっている。
アイナはじ~っくりとモンスターを殺す。
フラウは探知しつつ、必要あれば真面目にモンスターを狩る。
そしてロメロはふらふらウォーキングしながら、殺しまくっている。
アイナは報告していないが、恐ろしいほどのモンスターをアイナ隊は狩っているのだ。
ちなみにロメロウォーキングのせいで、カイルーン周辺には片足を欠損したモンスターや、瀕死のモンスターが目撃されるようになった。
原因がわからず、何かの前兆では無いかとカイルーン森林警備隊では噂になっている。
さて――ロメロはアイナの様子を見た。
(なにかしようとしているが……よくわからんな。
ま、あの子は大丈夫だろう。意識的に誰とも関わらないようにしている感じだ。
そういう時期も必要さ。放置しても問題なかろう。――さあて)
ロメロはインベントを見た。
「くっくっく」
笑みが零れるロメロ。
隣にいるフラウも微笑んだ。
ロメロが笑っている様子に少し安心したのだ。
「インベント。なにしてるんすかね?
なんかあの重そうな装備は凄いっすけど……なんか振り回されてる感じがするっす」
「ん~? あ~」
ロメロの心、ここにあらず。
「前のほうが強かったっすよねえ~。まあ……止めはしないっすけど」
「ふふふ」
微笑んでいるが、ロメロの視線は鋭い。
インベントの一挙手一投足を観察している。
確かにインベントの動きは傍から見れば滑稽にも見える。
反発力に振り回され、身体が捩れたり転げまわったりもしばしばだ。
そしてなにがしたいのかが傍から見ると非常にわかりにくい。
特にイング王国では武器を使った戦いが主流であり、小手は防御用であり足技を使う人もごく少数。
フラウは、インベントがクラマに武術を習い触発されたのではないかと思っている。
フラウにはインベントの目指す先がわからないのだ。
「――芋虫が」
「え?」
ぽつりと喋りだすロメロ。
「芋虫が――蝶になる」
「ロメロ……副隊長?」
ロメロは笑いフラウを見た。
「蛹の中身を見たことがあるか?」
「い、いえ……無いっす」
「何回か斬ったことがあるが、蛹ってのは中がドロッドロなんだよ」
フラウはどうして斬ったことがあるのか不思議に思ったが言葉にしない。
ロメロは続きを話すかと思いきや、そこで話は終わってしまった。
(芋虫がどれだけ頑張っても蝶にはなれない。
愚かだよなあ。芋虫のくせに――芋虫であることを捨てきれずに、蝶に憧れる奴がどれほど多いか)
ロメロの視界にはインベント。
そこにヒラヒラと舞う蝶が現れる。
そしてインベントと蝶が重なった瞬間――真っ二つに斬った。
まるで蝶は二匹になったかのように左右に分かれて飛んでいき地に落ちる。
(ゴミみたいな芋虫ほど、芋虫であることを捨てれない。
芋虫が積み上げてきた経験など無意味だ。経験こそ人を弱くする。まずは捨てねば。
芋虫は芋虫であることを捨て、蛹のようにゼロから始めねばならん。
だがインベントは愚かな芋虫ではない。
クックック……インベントはどんな蝶になるかな?)
ロメロは徐にインベントに近寄っていく。
狂気は内ポケットに隠して。
投稿時間が少し前後するかもしれません。
17~19時ぐらいです!