職権乱用ハーレム部隊②
インベントは体力強化を行っている。
森林警備隊は体力が必要な仕事だ。特に前線部隊となれば走って移動する時間も長い。
反発移動を駆使すれば体力不足を補えるかもしれないが、体力があるに越したことは無い。
とはいえ現状、バンカースは当然ながら女性三名も体力はインベントより遥かに上だ。
森林警備隊に入るものは腕自慢、体力自慢の面々が殆どである。
それに比べインベントは森林警備隊の仕事を、ただモンスターを狩る仕事だと思っていたので、体力不足なのだ。
インベントはできるだけ反発移動を使わないようにしつつ、なんとか食らいついている。
走っている途中でバンカースがインベントに話しかける。
「おう、インベント」
「あ、総隊長」
「大丈夫か? おめえ体力ねえなあ」
「いやあ、体力も筋力も強化しようとしてるんですけどね!
中々すぐにはつかないもんですね」
「ああ、そりゃあそうだな」
少し開けた場所に出たので、インベントは反発移動を使う。
「よっと!」
急激に加速したのでバンカースが驚いた。
「な、なんだ今の?」
「インベントリーの反発力を利用した移動方法なんですよ。
スピードは出るんですけど、微調整が難しくて。開けた場所以外では使いにくいですよね」
「お、おめえのルーンって【器】だよな?」
「そうですよ」
「他にルーン持ってたりは……」
「しませんよ。【器】だけです」
「ほ~~……そっかそっか」
バンカースは反発移動に関して全く理解できなかったが――
(【器】のルーンでも高速で移動できんだな……)
と結論づけた。
ちなみにルーンは生まれつき決定する。
遺伝する可能性は二割ぐらいであり、基本的にはランダムだ。
統計的には出やすいルーンと出にくいルーンがある。
【器】は少し珍しい程度。
だが【器】のルーンで戦う人がいない。
森林警備隊にも【器】持ちの隊員はいるが、戦闘中に使ったりしない。
よってバンカースは【器】のルーンに関しての知識は乏しいのだ。
まあ収納空間から発生する反発力を利用しようと考える人物などいないのだが。
【器】のルーンを持つ人でさえも、収納空間に反発力があることに気付いている人は少ない。
気付いてもどうすることもできないので、気づく必要が無いのだ。
今回、急遽バンカースが隊を率いるのは、インベントに関しての情報収集が一つの目的である。
「こういっちゃあなんだがよ。【器】って色々できるんだな。
入隊試験の時も、こう~手品みたいに色々出してたじゃねえか」
インベントの顔が華やいだ。
「そうなんですよー! インベントリーって可能性が無限大なんです!」
インベントはいとも簡単に右手にナイフを取り出した。
インベントにとっては朝飯前だが、一瞬しかゲートを開かずにモノを取り出すのは一朝一夕ではできない技術だ。
バンカースにはいきなりナイフが右手に出てきたように見えた。
「手早く出すのは誰にでもできると思うんですけど、スピーディーにかっこよく出すのがこだわりどころですよねえ」
ナイフを握った右手で左手を叩くたびに、二本、三本と持っているナイフが増えていく。
インベントは簡単にやってのけるが、ゲートのサイズは直径30センチであり、ナイフを持っている時に更にナイフを取り出すのはゲートのサイズをしっかり把握していないとできない芸当だ。
「まあ、【器】の人なら誰でもできると思いますけど」
と言い、ナイフを収納空間に戻しつつ、収納空間内の砂を少しだけ手元に移動させ、砂を手に握り、パッと手を開き砂を撒いた。
一連の動作を一瞬で行うことにより、バンカース視点からでは五本持っていたナイフが砂になったかのように見えた。
(……マジでこんな芸当が誰にでもできるのかよ?)
バンカースはインベントが何ができるのか測りかねていた。
一見すれば森林警備隊よりも手品師でも目指したほうが良いのではないかと思う。
だがインベントには実績がある。
入隊試験でバンカースを翻弄し、そして初日からモンスターを討伐した実績が。
(コイツ……何がどこまでできるんだろうか……あ、そういえば――)
「そういや~よ」
「なんでしょう?」
「モンスターを倒したんだろ? オイルマンが言うにはおめえ一人で倒したって聞いたんだが」
「いやいや、あれは自爆しただけですよ」
「自爆ってのはどうゆ~ことだ?? 光の矢をぶっ放してくるモンスターだったんだろ?」
インベントは笑い「あれはですねえ」と言いつつバンカースに向けてゲートを開いた。
「ゲートを外向けに開くことで、盾みたいに使えるんですよ」
「た、盾だあ?」
ゲートの中をバンカースは見た。
何も見えないように、何も入っていない場所を見せている。
ちなみに収納空間の中を【器】ではない人が見るのは非常にレアだ。
インベントはいとも簡単にやっているが、そもそも外向けにゲートを開くのは難しい。
更に安定して長時間ゲートを開いているのは精神力が必要だ。
「基本的にインベントリーにはなんでも入ります。
だけど大き過ぎたり、容量がそもそも満杯だと弾き飛ばすんですよ」
(さっきから『インベントリー』って言ってたのは収納空間のことか)
言おうか言うまいか迷っていたが、バンカースは理解した。
「あのモンスターが放ってきた光の矢も、収納できたら面白かったんですけどね。
光の矢は収納できないみたいです。だから弾き出されたんです。
弾き出された光の矢は反射……と言えば聞こえは良いですが、方向は滅茶苦茶に吐き出されてしまいました」
バンカースはなんとなく理解しつつ、無言で集中して話を聞く。
「いや~、モンスターに急接近されたときはさすがにヤバイと思いましたけどね。
至近距離で光の矢をぶっ放してくれたお陰で助かりましたよ。
綺麗に反射してモンスターの頭をぶっ飛ばしましたし」
「な、なあ~るほどな(よ、よくわかんねえ)」
バンカースは考える。考えに考えた結果。
「つまりよお、その盾ってのはなんでも防御できちまうのか?
だったらすげえディフェンダーになれるんじゃねか??」
「あ、そこまで便利じゃありませんよ。
ゲートは小さいので、それほど防御範囲は広くないですし。
何より、ゲートの縁ってすごい不安定なんですよね~」
インベントはゲートを開き、縁を拳で軽くたたいた。
すると、一気にゲートは半分ぐらいのサイズになってしまった。
「矢とか突き攻撃ならいいんですけど、大体の近接攻撃は対応できない気がしますね」
「へえ……そんなもんなんだな」
インベントは考える。
(ゲートを大きくできればできることが格段に増えるんだけどな……。
どれだけ弄ってもゲートのサイズは変わらなかったし。う~ん)
バンカースはインベントを観察する。
どうみても戦う身体ではない少年が、予想外の力を発揮しているからだ。
未だにインベントがどれほどの器なのか、バンカースは測りかねていた。
だが――
(決めたぜ。インベントにはアレを教えることにするぜ。
インベントにとってアレが一番重要なはずだ!)
**
アイレドの町から西に向かうと、森林警備隊の駐屯基地がある。
西部はイング王国の国境側にあたり、防衛の意味でも重要な場所である。
(は~、これが駐屯基地か~)
インベントは駐屯基地があることは知っていたが、初めて来た。
基本的に一般人は入れない場所なので来たことがある人のほうが少ないのだ。
バンカースが「飯でも食ってちょっと待ってろ」と言ったので、フェルネが引率して駐屯地の一角で四人で昼飯を食べ始めた。
多くの人がフェルネに挨拶をしていく。
軽くあしらうように返事をするフェルネを見て――
「フェルネさんは人気者なんですね」
「ウフフ~モテちゃってつらいわ~。駐屯地ってあんまり来ないからみんな驚いてるのね」
「へえ。そうなんですね」
インベントとフェルネは気楽にお喋りしていた。
だがイノシンが心配そうな声で「あのお」と言い、フェルネが「なあに?」と応えた。
「なんで今回って隊長とフェルネさんが部隊率いて駐屯地まで来たんでしょうか?」
「知らな~い。忙しいのにね~」
「そ、そうなんですよ! バンカース隊長が私たちみたいな二年目を率いるなんてありえないですよね?」
ルシアンも「うんうん」と同意している。
「なんでかしらね~。やっぱりハーレムかしらねえ……」
真面目な顔して不真面目なことを言うフェルネと、心配そうにしているイノシンとルシアン。
そしてどうでも良さそうに飯を食うインベント。
(よくわからないけど、バンカース隊長は忙しいんだな~。
あ~早くモンスター狩りたいよ~)
実際問題、アイレド森林警備隊のナンバー2であるメイヤースは急ごしらえのバンカース隊に猛反対した。
「総隊長がやる仕事ではないでしょう!」と怒られたのだ。
バンカースとしてはインベントを知りたかったのだが、それだけのために時間を使うことは許されなかった。
結局、駐屯地の視察と二年目の有望な隊員の育成を行うという名目でバンカース隊が作られた。
インベントはそんな事情を知る由もない。