戻れぬ故郷
サダルパークの町。とある宿。
クラマは受付で、部屋一つと適当に飯を頼んだ。
すると当然のように一番良い部屋に通され、豪華な飯と酒が振舞われた。
『星天狗』が宿泊する。
それは宿として名誉なことであり、宣伝にもなるのだ。
よって一切お金は要求されない。
オセラシアのどこに行っても同じような待遇だが、クラマとしてはめんどくさいと思っている。
場末の居酒屋でちょっと一杯やったり、町をブラブラしたい時だってある。
たまにはエロいお姉ちゃんがいるお店にだって行きたい。
しかし、そんなことをすればすぐに大騒ぎになってしまう。
『星天狗のクラマ』。
オセラシアで誰よりも有名な男。
荒れていたオセラシア自治区を立て直した男。
イング王国と対等な同盟関係を結んだ立役者。
各地で大型モンスターを討伐した生ける伝説。
必要だったから影響力を得るために生きてきた。
その結果、予想以上の影響力を得ることができた。
だが不要になってもその絶大な影響力は消えることは無い。
クラマからすればもう不要な影響力だと思っている。
捨てれるものなら捨ててしまいたい。だが捨て方がわからない。
**
「うまうま」
インベントとアイナはオセラシアの料理を気に入ったらしく美味しそうに食べる。
クラマは「随分金のかかった料理じゃのう」と苦言を言いつつ食べる。
ノルドは酒をちびちび飲んでいる。
話題は自然とノルドの空白の歴史のことに。
「ふたりともノルドが生きてることを知らんかったとはのう。
ワシはてっきり知っておるのかと」
「いやいや! アイレド森林警備隊では殉職者扱いになってますよ!」
アイナはぶんぶんと手を振った。
ノルドは「ほう、そうなのか」と他人事のように呟く。
「いや~……『宵蛇』のやつらは知っておるんじゃがのう。
てっきりインベントとアイナには話しておるかと思ったが……あいつら口が堅いな。
まあ……口止めしたのワシなんじゃけど」
「え? クラマさんが口止めしてたの?」
「ま、まあのう。ちょっと色々事情があってな」
「そもそもノルドさんとクラマさんって知り合いなんですか?」
ノルドが「命の恩人ってやつだ」と言う。
「まあ、あの時の経緯を話してやるとしようかのう。
ワシは見とらんが、炎を吐くドレークタイプのモンスターを討伐したんじゃろ?」
インベントが「紅蓮蜥蜴だ!」と嬉しそうに言う。
アイナは「殺されかけたモンスターを、嬉しそうに言うなよ……」と、至極真っ当なツッコミを入れる。
ノルドが語りだす。
「あの後、紺色のトカゲがもう一匹現れやがった。
バンカースが囮になろうとしていやがったからな……、俺が代わりに囮になった。
長い間鬼ごっこを続けたぜ。どうせ死ぬならとことん逃げてやろうって思ったからな。
だがあのトカゲ……動きは早いんだが単調だった。体力が続く限りは逃げ切れるレベルだった。
まあ……随分と走ったが、最終的には追いつかれ、ぶっ飛ばされて、右手がオシャカよ」
と言いつつノルドは右手をグーパーする。
正確に言えばグーパーできず、握りこぶしをつくれないでいる。
「そんでもって意識を失った。で、目を覚ましたら天国かと思いきや……知りもしないサダルパークの町にいたわけだ」
「ワシはちょうどオセラシアとイング王国の国境の見回りをしておった。
その時、粉塵が舞うのを見た。モンスターが爆走しておったからのう。
近寄ってみたら目を疑ったわい。ノルドとモンスターが追いかけっこしとったからのう」
アイナは「は~」と言う。
「正直、イング王国の出来事に首を突っ込むのは微妙な立場なんじゃが、無視するわけにはいかんかった。
ノルドを回収して、サダルパークで治療を受けさせたんじゃよ。
その後、『宵蛇』のレイシンガーか……ピットかがモンスターは倒したらしい」
「で、でもどうしてアイレドに戻ってこないんですか? ノルドさん」
ノルドは「ふむ」と言いながら肉を齧る。
「ま……サダルパークの町の人には世話になったからな。
恩返しってわけじゃねえが、今はサダルパークの周辺でモンスター狩りをしてる」
インベントが「モンスター」とよだれを垂らしそうになっている。
「正直な話、ノルドのおかげでかなり助かっておる。
町の者たちは知らんじゃろうが、サダルパーク周辺にはかなりのモンスターが現れている」
インベントはニヤニヤしているが、アイナが口にお肉を突っ込んだ。
インベントが喋りだすと面倒だからである。
「ま、俺にはモンスター狩りしか特技がありませんからね。特技を活かせてよかったですよ」
「はあ~……サダルパーク周辺にはモンスターはほとんどおらんかったんじゃがのう。
ここ数年でモンスターが増えてしまったわい」
「アイレドに比べれば少ないもんですよ。
ま、もう少し優秀な鍛冶屋がいるとありがたいですが」
「オセラシアでは剣の需要が少ないからのう。
イング王国ほど優秀な鍛冶屋はおらんのじゃよ」
「まあ……それは仕方ないですね。
おっとそうだった。アイレドに帰らない理由の話だったな」
「は、はい」
ノルドは鼻で笑った。
「ま、アイレドに帰る家も無いしな。俺一人いなくなったところで誰も困らねえだろう」
「そ、そんなこと」
「サダルパークの町が俺を拒むならアイレドに戻っても構わんがな。
今のところやることがある。この町で生きていくさ。
それになよく考えてみろ」
アイナは首を傾げた。
「俺は……どうやってアイレドまで帰ればいいんだ?」
「え?」
「クラマさんやインベントならともかく、陸路でサダルパークからアイレドまで帰れるのか?
さすがに俺でもきついぞ。ここからアイレドまでどれぐらいあるのか知らねえがな」
アイナは考える。
「それって……帰りたくても帰れないってことですか?」
「ははは、そうかもしれんな」
「あ、あれ……オセラシアからイング王国に通じる道って無いんですか?」
ノルドは「知らん」と答える。
クラマは「あるぞ」と答えた。
「あるにはあるが、ここから西に馬で十日かけた場所にあるムンドの町から北上するルートしかないのう」
ノルドは「そりゃあ大変だ」とくつくつ哂う。
まるで他人事である。
ノルドはオセラシアに取り残されたような状況なのだ。
「も、もし帰ろうとしたら……インベントかクラマさんにおんぶされて帰るしかないですね」
アイナの発言にノルドは渋い顔をした。
「――ふん、そんなことは死んでもごめんだな」
こうしてノルドはサダルパークの住人として生きていくことになったのだ。