二つ名
「ど、どど、どうして生きてるの!?
死んだはずなのに!? し、死んだことになってますよ!?」
化けてでたノルドに対し、あわあわするアイナ。
「あ~……そうなのか」
事実、ノルドはアイレド森林警備隊で正式に死亡扱いになっている。
紅蓮蜥蜴討伐後に現れたもう一体の濃紺のドレークタイプモンスター。
ノルド一人が囮となり、森林警備隊からモンスターを引き離した。
のちに現れた『宵蛇』がモンスターを撃破したが、その前にノルドは殉職した。
――というストーリーになっている。
ただアイレド森林警備隊の誰もノルドの死体を見ていない。
そもそもノルドは囮になる際に、アイレドとオセラシアの国境方面に走っていった。
どこで死んだかもわからないのに、森の中で死体を探すなんて不可能に近い。
仮に生きていたら駐屯地まで帰ってくるだろう。
だがノルドは帰ってこなかった。故に死亡扱いとなった。
イング王国側でノルドの生存を知っているのはごく少数。
『宵蛇』の面々だけ。
アイナが驚くのは至極当然である。
問いただすアイナに、困っているノルド。
そこにインベントとクラマが帰ってきた。
「ただいま~、アイナ」
何事もなかったかのように着地したインベント。
ノルドと目が合うが、ノルドに気付かないインベント。
ノルドもどう声をかけていいか迷い、口ごもる。
(あれ……? この人……)
モンスター以外に興味が無いインベントでも、さすがにノルドのことは覚えている。
ただ、服装が違う。髪がほぼ真っ白になっている。少し人相も老けている。
目の前の男がノルドだと判別するのに時間がかかってしまったのだ。
「お、おい! インベント! ノルドさんだぞ!」
たまらずアイナが叫ぶ。
インベントはポンと手を打った。
「ああ~ノルドさんだ~。久しぶりです」
「おう」
さらりとした挨拶が交わされた。
「い、いやいや! さらっとし過ぎー!
ノルドさんが生きてたんだぞ!? 死んだはずなのにぃー!」
「あれ~、確かに」
インベントはキョロキョロとノルドを見て――
「でも生きてるし」
「順応性たっけえな! もっと驚け! ちびれ!」
ノルドは鼻で笑った。
インベントの『変人』が健在で、懐かしい気分に浸ったのだ。
アイナとインベントが話しているので、ノルドはクラマに話しかける。
「クラマさん。モンスターは倒したんですか?」
「ん? まあインベントがぶっ殺しちまったわい」
「ハハハ……あのモンスターを殺したのか。
しばらく見ないうちに随分成長したみたいですね」
クラマは頭を振った。
「まだまだじゃな。修業が足りん。
まあええわ。ワシも疲れたし早く休みたいわい」
「そういえばなんであの二人がここに?」
「そうか……ノルドと二人は知り合いじゃったか。
まあ町の中で説明するとしようかのう。
その前にアイナに合う服を用意してやらんとのう」
「……インベントの服も変えた方が」
「あ、やっぱり変かのう?」
「まあ……目立ちますよ。
俺が買ってきましょう。ちょっと待っててください」
「ん、よろしく頼むわい」
一人、サダルパークの町に入っていこうとするノルドだが、あわあわしているダムロに声をかけた。
「おいガキ」
「は、はい!?」
「あそこの黒いやつと、隣の小さい女の服を買いに行く。
助けてやった礼だ。つきあえ」
「わ、わかりました! お供させていただきます!!」
****
後日談。
「お、おい! 聞いてくれ!」
飲み屋で騒ぐ男。ダムロだ。
「なによ、ダムロ」
ダムロの幼馴染みの女の子、シドニーが肩肘をつきながら話を聞く。
「絶対言うなよ? 絶対だぞ!」
「……なによ」
ダムロはシドニー以外に聞こえないように小声で――
「ライラック運送団が……全滅した」
ポカーンとするシドニー。
「……は? いやアンタ生きてるじゃん」
「ばっか! 俺以外! 俺以外全滅したんだよ!」
「え~? ほんとに?」
「マジマジ! 明日にはニュースになるだろうけど、――モンスターが現れたんだ」
「……うそでしょ?」
ダムロは「嘘なもんか」と言いつつ手の傷を見せた。
「大人の倍はある……ヒヒっぽいモンスターだったんだぜ。
この傷はモンスターに引っ掻かれたんだ。
俺はどうにか攻撃を避けまくって逃げた……他のやつらは……みんな死んじまった」
手の傷はすっ転んだ時の傷である。
「え? やばいじゃん……」
「そうなんだよ! 俺はどうにか馬に乗って逃げたんだ!
だけど追いかけられて馬もやられちまった。モンスターの野郎……どうにか馬を守ろうと思ったけど無理だった」
悔しそうなダムロ。
馬を犠牲にしてでも逃げようとしたダムロだが、記憶なんて曖昧なものである。
「俺も死を覚悟した……だけどよ! ここからがスゲエんだ!
髪が真っ白な人が助けに来てくれたんだよ!
物凄っすげえー速さでさ! 馬よりも速かったなあ! まさに風って感じ!
駆け抜けた場所の草が刈られていくしよお!
まじでナイフ……いや刃が走ってきたかと思ったぜ!」
「へ、へえ……凄いね」
「白い風の刃って感じだったな~! 略して『白刃』ってとこかな」
「ふ~ん。じゃあその『白刃』さんがモンスター倒したんだ」
「それが違うんだよ! 『白刃』でもモンスターは倒せなかったんだ。
それぐらい強かったんだよなあ~!
で! で! ここからがまた凄いんだ!」
「ま、まだあるの?」
「なんと……クラマ様の弟子が現れた」
「え?」
「クラマ様が最近サダルパークの町によく来るのは知ってるだろ?
こんな辺鄙な場所にクラマ様が来る理由。噂になっただろ?
あれな……サダルパークに弟子がいたからなんじゃねえかな」
「え~、うそお」
「へへへ……聞けよ。驚くぞ」
「なになに?」
「実は……その弟子……空……飛・ん・で・た!」
「う、嘘? ホントに?」
「まじまじ! 真っ黒な衣装を身に纏ってさ! 目にも止まらぬ速さでモンスターを空にぶっ飛ばしたんだよ。
そしたらさあ! 弟子も空にいたんだよ! あれは20メートルは飛んでたね。いや30メートル飛んでたかも。
無茶苦茶強かったんだぜえ! くう~かっこよかったなあ!
でもさ、モンスターは倒した後にクラマ様がこういったんだよ」
「うんうん」
ダムロは決め顔で言う。
「『まだまだじゃな。修業が足りん』って!」
「すごー! やっぱりクラマ様の弟子なんだー!」
「いやいや、俺は弟子以上の何かを感じたね。
もしかしたら……隠し子かもな」
「うわー! あり得る―!
辺境の地で密かに育ててた隠し子!?」
「だーよなあー!
あ、そうそう! クラマ様の弟子にも『白刃』みたいな名前考えたんだよ!」
「なになにー?」
「あれだよあれ! 天狗の話にさあ~、真っ黒な天狗の話があっただろ?
なんだっけ~!」
「あ~『カラス』だっけ?」
「それだ! 伝説の黒鳥! 『烏』!
名付けて、『烏天狗』!」
オセラシアにはカラスがいない。
よってカラスは伝説の黒い鳥として扱われている。
「あ、いいね! いいね!」
こうして噂には尾ひれがついて拡がっていく。
インベントの知らぬ間に二つ名をつけられていた。
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