オセラシアでもサイコパス
「な~んでまたオセラシアに?」
アイナは首を傾げた。
「いやあ……国境沿いにち~とばかし厄介なモンスターがおってのう」
インベントは「モンスター」と鼻をひくひくさせている。
修業ばかりでモンスターロスなのだ。
「ハア~、どんなモンスターなんですか?」
アイナは不安そうに問う。
「いや……ちょっとばかり大きいんじゃが……サイ……ライノタイプ……」
「さ、サイ!?」
アイナは驚いて声をあげる。
イング王国には生息しない動物のサイ。
「さ、サイー!!」
インベントも驚いて声をあげる。
「ど、どうかのう? ちょいと助けてくれんかのう」
「い、いこう! アイナ! いこう!」
「お、おいおい、バカバカバカ!」
「いこう!」
「そ、そもそもアタシたちはイング王国の警備隊だぞ?
ふらふらとオセラシアに行くのは……」
「いこう!」
「てかサイだぞ!? サイっていえば……みたこと無いけど。
デカイんだぞ! デカイ動物がモンスター化したってことはすげーデカイモンスターってことだぞ!? たぶん」
「いこう! いこう!」
「だめだこりゃ……聞いてねえ……」
そんなわけでオセラシア自治区にサイ退治に行くことになったのだ。
****
サイを退治する前に、サダルパークの町に来ることになった一行。
ウッキウキのインベント。
クラマから「そういえば『にんじゃ装備』ってのは着物だったのう」と言われ忍者装備を着ている。
オセラシアでは甚平のような着物が一般的に利用されているが、とはいえ真っ黒な忍者スタイルは奇抜な部類に入る。
嫌々ながら連れてこられたアイナ。
今回もインベントに背負われてやってきたのだが、前回ほど怖い思いはしていない。
停止を練習した副次効果で飛行も安定したのだ。だからといって別にオセラシアに来たいわけではない。
サダルパークの町から少し離れた場所に降り立った。
「ちょいと待っとれ。アイナの服を準備してくるわい」
「この服じゃダメなんですか?」
「ダメと言うか……メチャクチャ目立っちまうぞ。
この町はサダルパークって言うんじゃが、イング王国の人と関わったことがあるやつなんてほとんどおらん。
目立ちたいなら構わんが……」
「あ~、了解です。お願いします~」
郷に入っては郷に従う。揉め事は嫌いなアイナ。
アイナは岩に腰掛け雄大なオセラシアの草原地帯を眺めた。
(インベントと関わらなきゃ、オセラシアに来るなんて一生無かっただろうしな~。
ま、役得ってとこかな。きしし)
国土のほぼ全域が森林地帯のイング王国からすれば、オセラシアの草原地帯は別世界なのだ。
アイナは観光気分で遠くに見える山を眺めている。
サダルパークの町に向かおうとするクラマが「ありゃあなんじゃ?」と言い宙を舞う。
そしてすぐに降りてきた。
「なんかモンスターに追われてるやつがおる」
「え?」
アイナは嫌な予感がした。
「えええ!!」
インベントは歓喜の声を上げた。
そして――「行きましょう!」と言い、すぐに飛び立った。
さすがの決断力である。
「ハア~……ワシもちいと行ってくる」
そういってクラマも飛んでいく。
「え? あ、アタシ……ここで待ってろってこと!?」
オセラシアの雄大な草原。
急に怖くなってきたアイナ。
草原から何か飛び出してくるんじゃないかとヒヤヒヤするアイナ。
****
その後モンスターを見つけたインベントは、一目散に向かっていった。
モンスターではないダムロは無視し、モンキータイプのモンスターに躊躇なく突進した。
オセラシアに来たのだから、オセラシア特有のモンスターが良かったと思いつつも、楽しくモンキータイプのモンスターを蹴り飛ばしていく。
あえて武器を使わず、重力グリーブの威力を確かめるインベント。
蹴られ、踏みつけられ、吹き飛ばされる。
もしも心優しい美少女がいたら「やめて! モンスターのライフはもうゼロよ!」と叫びたくなる状態。
だがそんな美少女はいない。
ノルドが事前に左目を攻撃していたためモンスターは左目が見えない。
それを良しとして、インベントは死角に回り込んで蹴りまくる。
重力グリーブで蹴る練習などこれまでしてこなかった。
だが跳躍用丸太を使い、停止する練習を繰り返してきたインベントは、力の加減を覚えつつある。
停止する力を基準に考えれば、より強い力を加えれば重力グリーブは加速し、飛んでいく。
そうすれば恐ろしい威力の蹴りに早変わりだ。
蹴りとは思えない重低音がオセラシアの草原に木霊する。
身体の芯まで響くような文字通り重い攻撃に、次第にモンスターは衰弱していく。
そして動かなくなったモンスターをインベントは踏みつけて、跳んだ。
(アハハー! エアリアルスタイルっぽいぞお! 最高だああ!)
エアリアルスタイルは、モンスターを踏みつけることで跳躍するスタイルだ。
瀕死のモンスターを思い切り踏みつける残虐なスタイルではない。
まあモンスターはジャンプ台ではないので、踏んでも跳ぶことはできない。
重力グリーブを履いたまま、ジャンプできるほどインベントに筋力も無い。
つまりエアリアルスタイルっぽくするために、モンスターを思い切り踏んだ後、跳躍用丸太で真上に飛んだだけなのだ。
そしてま~っすぐ落下したインベントは、綺麗にモンスターの頭蓋を叩き割った。
「アハハ~。楽しかったあ~」
オセラシアの雄大な草原地帯に拡がったモンスターの血や骨や諸々の体液。
そんな様子を上空から見つめ――
(デリータが危険視するのもわかるわい……)
猟奇的なモンスターの殺害現場を見たクラマは、モンスターに対し同情に近い感情を抱いていた。
****
さて一人残されたプリティガール。
「あ~あ、早く戻って来いよ~」
そわそわしているアイナ。
ちょっとおしっこもしたくなっている。
小動物が動き、草原が小さく揺れる。
アイナはビクリと大きく揺れる。小さなお胸は揺れないが。
「う~……トイレ行きたい~……くう~」
そんな時――
「か、帰ってこれたあ……!
帰れる場所がある……こんなに嬉しいことはない」
モンスターから逃げ切ったダムロがサダルパークの町を目の前にして涙を流している。
アイナはさすがに見つかるとまずいと思い、岩に隠れている。
(あ~あれがオセラシアの服装か~。確かにこの服じゃ目立っちまうかも)
ダムロの服装を眺めつつ、こっそりしているアイナ。
だが――
「……何してるんだ?」
後ろから声をかけられてビックリするアイナ。
「うおお!? びっくりしたあ! ……むむむ?」
振り向いて更に驚く。
ノルド・リンカース。
並外れた動物的勘を持つ。隠れている誰かを不審に思いアイナの背後から忍び寄ったのだ。
ノルド・リンカース。
訳あってサダルパークの町に身を置いているが、イング王国のアイレド駐屯地に住んでいた男。
ノルド・リンカース。
……死んだはずの男。
「はえ?」
アイナは茫然とした。
目の前にいる男は、服装はオセラシア風だ。
だが頭髪は以前よりも更に白くなっているが、顔がノルドと瓜二つなのだから。
(他人の空似? 兄弟? お父さん?)
まさかの事態に声が出ないアイナ。
「……久しぶりだな、確か――アイナだったな」
「ぎ、ぎやあああ!? 化けてでたああああ!!」
ノルド・リンカース。
お化けになって再会。
そしてアイナは少しちびった。