再会?
「おい、ガキ」
ノルドがダムロに声をかける。
ダムロは「は、はい!」と返事をした。
「邪魔だからさっさと逃げろ」
「は、はいい!」
ダムロは一目散に逃げだす。遠くに見えるサダルパークの町に向かって。
「ホキャホッキャアア!」
逃げるダムロに反応し、モンスターは激昂する。
ノルドを避けてダムロに飛びかかろうとするモンスター。
「チッ! なんなんだ!」
ノルドはモンスターを追い、軽く斬る。
「相手は俺だ」と剣で意思表示したのだ。
それでも逃げるダムロを追おうとするモンスター。
仕方ないので追いすがるノルド。
いつの間にかダムロを追い抜いてしまう。
「ひ、ひいい!?」
状況が判らず悲鳴をあげるダムロ。
「前言撤回だ! ガキ! 動くんじゃねえ。
なぜか知らんがこのモンスターはお前を殺したくて仕方ないみたいだ」
「な……なんで!?」
「知るか」
モンスターは怒りの咆哮をあげる。
人間は皆殺し。そう言わんとばかりに顔からは憎しみが溢れていた。
「さあて……どうするかな」
「た、倒しちゃってくださいよ!」
ノルドはため息交じりに服装を直す。
「簡単に言ってくれるぜ」
ノルドは左手に剣を構えた。
元々ノルドは右利きである。だが現在右手の握力はほとんど無い。
先の戦いの後遺症である。
ノルドは駆けだした。
モンスターを圧倒する速さは健在だ。
狙いは一つ。右目だ。
先ほど左目は攻撃が成功している。
眼球を潰したわけではないが、一定時間は左目は使い物にならない状態。
右目さえ潰してしまえば、勝ちは確定である。
だがモンスターとて馬鹿ではない。
目に対しての警戒は強く、腕を払いノルドを近づけまいとする。
「ちっ……どうしたもんか」
Bランクのモンスター。
ソロプレイ主義のノルドがBランクのモンスターを発見した際は、遭遇を避ける相手である。
今回はダムロが襲われていたので仕方なく交戦している。
本当は注意を自分自身に惹きつけているうちに、ダムロを逃がす作戦だった。
そして逃げ切ったら自身も撤退する算段だった。
まさかモンスターがダムロに執着しているとは思わず、ノルドは悩んでいた。
(一人なら逃げ切れるが、このガキは死ぬな。
無理してこのモンスターを殺すなら、かなり無理しなければならねえ。
やれるか? 今の俺に)
モンスターの攻撃をギリギリで躱すノルド。
野生の勘は健在である。
攻撃の合間を縫って反撃するが、致命傷には至らない。
左手一本の攻撃では火力が足りないのだ。
「ちぃ!」
紙一重の攻防を観戦するダムロは、歓声をあげているがノルドとしては非常に厳しい状態である。
(……どうにか、モンスターとガキを引き離すしかないか)
ゆっくりと、自然に、戦う場所をダムロから引き離していくノルド。
ダムロも気づいていた。
(お? 逃げれるかも……!)
ゆっくりと距離が離れていくモンスターに合わせ、ダムロもゆっくりと後ずさる。
だが――
(な!? 狙いがガキに戻りやがった!?)
ノルドとの攻防中、突然ダムロ目掛けて走りだしたモンスター。
「ちいい!」
追いかけるノルド。
だが間に合わない。
「う、うわあー!」
ダムロは逃げる。
(あ、あれ!? 今度はなんだ!?)
ダムロは逃げながら、黒い風が近づいてくるのを見た。
先ほど、ノルドとすれ違った際は白い風だと感じた。
それは白髪のノルドが猛スピードで駆け抜けていったからだ。
今回は黒い風。
頭髪が黒いわけでは無い。
衣服が真っ黒なのだ。
オセラシア風の着物のような形状だが真っ黒な着物。
腕には黒い手甲。
足にも黒い靴のように見えるなにかを履いている。
そしてダムロとすれ違うとき「いひいー!」と奇妙な声をあげた。
インベント。
服装はなぜか忍者スタイル。
更に新装備の重力グリーブを装備している。
(丸太ドライブ――、壱式!)
突如現れた丸太。
丸太はモンスターの右胸、心臓部分にクリーンヒットした。
「ギャッパア!」
右胸を抑えつつ、新しい敵が現れたことに怒るモンスター。
「ホキャア! ホッキャアア!」
モンスターの威嚇に対し、笑っている奇妙な少年。
モンスターは飛びかかりながら左腕を振り上げ、叩き殺そうとしてくる。
ダムロは「あ、危ない!」と叫ぶ。
接近してくるモンスターに対し――
(――縮地)
あろうことか向かっていく。それも恐ろしいスピードで。
そして眼前で停止した。
「ホ、ホキャア!?」
いつの間にか人間が自分の間合いにいる。
戸惑ったモンスターは攻撃を止めてしまった。
「あ~あ」
と、ひどくつまらなそうな声を出す。
そして――
「跳躍用丸太」と呟き、丸太が収納空間から顔を出す。
顔を出した場所は、右足の踵だ。
「加速――重力グリーブ!」
踵で丸太を軽く蹴る。
そうすると履いている重力グリーブがモンスター目掛けて飛んでいく。
モンスターからすれば人間のただの蹴り。
だが――
「ホギュオオォ!?」
岩が思い切りぶつかったかのような衝撃を感じるモンスター。
重力グリーブの重さは10キロ近い。
モンスターのみぞおちにクリーンヒットした。
吹き飛ぶモンスター。
「――加速」
跳躍用丸太を踏み、インベントは吹き飛ぶモンスターを追いかける。
更に――
「加速重力グリーブ!」
次はモンスターの背中を蹴り上げた。
悲鳴をあげ、更に飛んでいくモンスター。
「イヒ……加速」
次はモンスターの落下地点まで先回りする。
落下してくるモンスターに対し――
「――丸太ドライブ……零式!!」
モンスターに対して攻撃――ではなく落下してくるモンスターを丸太で受け止めてあげる。
丸太ドライブの壱~参式は、丸太をぶつけることでダメージを与えるのが目的。
だが零式は毛色が少し違う。
相手からのエネルギーを利用し、丸太を収納空間に押し込んでもらう。
相手からの力が大きければ大きいほど、より強力になって丸太が相手を押し返す技である。
落下してきたモンスター。
Bランクのモンスターは相当な重量である。自由落下してきただけでもかなりの威力がある。
結果――
再度宙を舞うモンスター。
「ホ、ホ、ホキュ?」
自然の摂理が、宇宙の法則が乱れる。
飛んだら落ちるはずなのに、なぜかまだ宙にいる。
「アハア」
嗤う少年の顔を一瞬見たモンスター。
モンスターは生涯で初めて恐怖という感情を知った。
そして――反撃をやめた。
生命の危機を感じたモンスターは、両手両足を丸め自身を限りなく球体にした。
この異常事態が終わるまで防御に徹することを決めたのだ。
再度蹴り飛ばすインベント。
モンスターはまるでサッカーボールのように飛んでいく。
**
「……あれは、インベントか?」
見上げるノルド。
世にも珍しいモンスターリフティングを見つつ、真っ黒な衣装の恐らくインベントであろう男を眺めていた。
空を飛びながらインベントを追うもう一人の男も見つけた。
「クラマ……さんか」
少しづつ遠くに行く二人を眺めつつ、追いかけようかと思った。
だが――ノルドは追いかけられなかった。彼にはインベントには欠如している感覚をちゃんと持っているからだ。
『常識』という感覚を。
「おい、帰るぞ。ガキ」
スタスタと歩き呆けているダムロに声をかけるノルド。
「え?」
「サダルパークの町まで帰るんだろ?
送ってやろうかと思ったが、一人の方がいいか?」
ダムロは首をブンブン振った。
「お、お願いします! 一人は嫌です! お願いします! お願いします!」
「ハア……ま、夜までにはつくだろう」
後ろ髪を引かれつつ、ダムロを町まで送るノルド。
ダムロを放置できるほどノルドは人でなしでは無かった。
こうして、再会は一瞬で終わった。
インベントは気づいてさえいないが。
『再会』というか『すれ違い』ですね。