白刃
ダムロはまさかモンスターがいるとは思っていない。
だがモンキータイプのモンスターはダムロを殺したくてウズウズしている。
「ふあ~あ」
そんな時、ダムロにとっては運良く、親方が目覚めて天幕から出てきた。
ダムロは「あ、親方」と言おうとした。
だが――
「うぴぎい」
親方はモンスターに顔面を殴打され吹き飛んだ。
置いてあった荷物目掛けて吹き飛ばされた親方。そのままピクピクして動かなくなった。
頸椎が捻じれ、呼吸さえままならない状態だ。
ダムロはそれでもまだ現実に思考が追い付いていない。
「なんだなんだ!?」
「朝からうるせえなあ……」
続々とライラック運送団の面々が目覚める。
よもや親方が絶命しかけているとは思ってはいない。
「ホキャアアアアアアア!!」
モンスターの咆哮。
ライラック運送団の面々は現実を直視する。
ダムロも、やっと緊急事態だと気付いた。
「も、モンスタあぶぎょおお!」
そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図である。
たった一匹のモンキータイプのモンスター。
前傾姿勢なので正確な身長はわからないが、人間よりも高く、そして筋肉質で太い身体。
イング王国であればBランクにあたるモンスター。
Bランクモンスターは『複数の部隊で対応する』相手である。
もしも一小隊で出会ってしまったら――即時逃走する相手である。
そしてライラック運送団は物を運ぶ人の集団である。
武装らしい武装は何も無い。重くなるからだ。
できるだけ軽装、水も食料も最低限。
そんな彼らがBランクのモンスターと出会った。
結果はわかりきっている。
全滅である。
モンスターが腕を一振りすれば、一人が絶命する。一噛みしても絶命する。
10数名いたライラック運送団が、たった一分間で残り三名になった。
「ひいいい!」
逃げる男。
逃がさないモンスター。
追いかけて地面に叩きつけた。
そしてすぐに戻ってくるモンスター。
二人の男は別々の方向に逃げた。
一人は川に向かって逃げた。川に入ってしまえば逃げれるかもしれないと思ったのだろう。
無駄だった。川に入る前に肩を打たれ、男は転がった。
そして噛みつかれた。絶命。
さて――最後に残ったのがダムロだ。
混乱していたダムロだったが、仲間が次々と死んでいく中でなぜか冷静になっていく。
ダムロはゆっくりと後ずさりするように逃げていた。
(……騒げば狙われる)
そして川に向かった男を、モンスターが追いかけた瞬間に一目散に走った。
すぐに愛馬ゴローのもとへ向かい、急いで繋いであったロープを解く。
ゴローを始め馬たちは気が立っていた。
モンスターが暴れているのだから当然である。
暴れるゴローに「お願いだからじっとしてて! お願いだからじっとしてて!」と懇願するダムロ。
(よし! 解けた!)
ロープが解けたので、すぐにゴローに跨るダムロ。
「ホッキャッキャアア!!」
「ひ、ヒィイ!」
奇声が迫る。振り向かずに逃げるダムロ。
振り向いている余裕さえない。死ぬか生きるかの状況でダムロは最善の選択をした。
(他の馬でも食え! 他の馬でも食えよ! 俺は逃がしてくれよ!!)
自分だけ助かればいい。
ダムロは、自分さえ助かればいい一心で行動した。
ダムロは、ライラック運送団の仲間たちは自身が助かるための犠牲だったのだと考えた。
捕まれば終わり。だからこそ馬で逃げる。
「いけ! ゴロー! いけ! いけ! いけええ!」
ゴローは驚き、ダムロを振り落とさんばかりに暴れた。
だが【騎乗】のルーンはダムロの姿勢を安定させる。
「さっさと走れ!! 殺すぞ!!」
ゴローは走りだした。
ダムロの首の裏に風を感じた。モンスターの攻撃。
一撃でも喰らえば致命傷。それでもダムロは振り向かない。
ただ前に。ただ逃げるのだ。
**
ダムロを乗せたゴローはとにかく走った。
一時間近く走った後、ダムロは初めて振り返った。
そして――
「はっはっはっはっは! や、やったぞおー!」
ダムロは歓喜の雄たけびをあげた。
モンスターはいない。見事に逃げ切ったのだ。
死の恐怖から解放され脱力するダムロ。
「やったあ……やった、生きてる……生きてるうう」
ダムロはゴローの背にしがみつきながら涙を流しそうになっていた。
(ああ……帰ろう……サダルパークの町へ)
**
ゴローに揺られゆっくりと帰るダムロ。
(これからどうしようかな……。
まずは報告しないとな。
仕事どうしようか……別の運送団に入るか)
緊張の糸が切れ、とりとめのないことを考えながら町を目指すダムロ。
やっと遠くにサダルパークの町が見えてきた。
安堵するダムロ。だが――
ポーン。
ダムロは馬から振り落とされてしまった。
(しまったな。ゴローは暴れ馬なのを忘れてたぜ)
てっきり振り落とされたのだと思っていた。
ゴローを見るダムロ。そして驚愕する。
「な……なんで!」
逃げ切ったはずのモンスターがそこにいたのだ。
ゴローの後ろ脚をへし折っていた。
悶えているゴロー。
「う、うわああー!」
ダムロはゴローを捨てて逃げ出した。
逃げ切れるわけなどないのに。それでも逃げるしかない。
(ここまで来たのに! ここまで来たのにい!!)
走るダムロを叩き殺そうとモンスターは迫っていた。
だが同じタイミングでダムロに迫るなにかがいた。
恐ろしく速いなにか。
モンキータイプのモンスターよりも更に速いもうなにか。
ダムロは自身の真横を白い風が通り過ぎたように感じた。
その白い風は「厄介なことだぜ」と呟く。
その直後――
「ホキャアアアアアアア!!」
これまでよりも大きなモンスターの叫び声が草原に鳴り響いた。
振り向くダムロ。
そこには目を疑う光景が広がっていた。
圧倒的な強さを誇るモンスターが、左目から流血しているのだ。
そしてモンスターの手前には白髪の男が立っていた。
左手には剣が握られている。その剣先にはモンスターの血がついていた。
モンスターの目を狙った攻撃が成功した証拠である。
あまりに迅速い攻撃に、幽壁が間に合わなかったのだ。
「さあて…………どうするかな」
クルリクルリと剣を振り回す男がひとり。
イング王国で生まれイング王国で育った。誰が呼んだか『狂人』と呼ばれた男。
そしてオセラシア自治区では『白刃』と呼ばれるようになる男。
ノルド・リンカース。
ここに参上。
苦労人復活!
苦労しすぎてほぼ白髪になってしまいましたが……70話ぶりに復活!