惨殺まで5秒前
オセラシア自治区、北西部にあるサダルパークの町。
遠く北側にはイング王国領の豊かな森林地帯が見える場所に位置する。
サダルパークの少年ダムロ15歳。【騎乗】のルーンを持つ。
【騎乗】のルーンを活かすため、今年から運び屋になった。
「ダムロ! 行くぞ!」
「はあ~い、親方」
ダムロはライラック運送団に属している。
オセラシアでの運送方法は荷馬車を使わず、馬に直接跨り、荷物を本人が背負うのが基本だ。
イング王国は、長い年月をかけて町と町の間に街道を敷いた。
森林地帯なので馬が走るには道を作らざるをえなかったためだ。
それに対しオセラシア自治区は国土の大部分を広大な草原地帯が占めている。
道をあえて作らなくても、馬で走っていけるのだ。
ダムロは愛馬ゴローに跨り出発する。
ダムロの愛馬ゴローは凄まじい馬力だが暴れ馬だった。
だが【騎乗】のルーンの効果でなんとか乗りこなしている。
それでも気を抜くと振り落とそうとしてくる、可愛い愛馬なのだ。
ダムロはライラック運送団の最後尾を走る。
途中、北側――イング王国方面から何かの奇声が聞こえた。
ふとイング王国側を見つめる。
(イング王国――か)
サダルパークの町はイング王国に近いため、大人から子供まで知っている鉄の掟がある。
それは『イングの領土には近づくな。悪魔の怒りに触れる』――だ。
(イング王国は呪われた大地で、毎日大量のモンスターが発生するんだってね~。
死んだじいちゃんが口酸っぱくなるまで言っていたな)
実際問題、イング王国とオセラシア自治区ではモンスターの発生率は段違いである。
モンスターの発生率は、動物の多さで決まる。
国土の大半を森林が覆うイング王国は、豊かな土壌である。
いや豊か過ぎる土壌なのだ。オセラシアでは考えられないほどの動物が大量に生まれ、死んでいく。
それに比べオセラシア自治区は、土壌は悪くないのだが乾燥地帯である。
イング王国に比べれば動物は少ない。
つまりモンスターの発生率も低い。そのため森林警備隊も存在しない。
まあ草原地帯なので、呼称するならば草原警備隊が適切かもしれない。
ではモンスターが発生したらどうするのか?
基本的には放置する。
なぜならモンスターの寿命は短命だからだ。
放置しておけばいずれ死ぬ。町に近づいてくるケースも少ない。
イング王国のように、もしもの時のためにモンスターから町を防衛するべき警備隊は必要ないのだ。
ごくたまにモンスターが町を襲うことはあるが、天災と同じ扱いなのである。
オセラシアではモンスターに対しての危機意識が低い。
それはダムロも同じだった。
(……本当にイング王国って危険なのかな~?
ちょっと嘘くさいよねえ)
実は最近、サダルパーク周辺でもモンスターが多く発生している。
本来なら問題になっていてもおかしくないのだが、ある理由から今のところ問題視はされていない。
ダムロのような若者からすれば、イング王国が危険という認識さえ薄くなっている。
モンスターが頻繁に現れるなんて想像もできないのだ。
その理由としてはイング王国とオセラシア自治区は交流がほとんどない。
わざわざ危険を冒してまで行く必要が無いのが一番の原因である。
それに行こうとしても道も無ければ地図も無い。
(いつか……行ってみたいけどな。イング王国。
特産品とか持ち帰れば……俺も一躍有名人? ふっふっふー!)
緩んでいるダムロを、愛馬ゴローが振り落とそうとする。
「おおっとお! 危ない危ない!」
**
ライラック輸送団はいつも通りの場所にキャンプを張る。
サダルパークの隣町までは馬で三日かかる。
間に宿場町は無いため、野営せざるを得ない。
イング王国では自殺行為だが、オセラシア自治区では野宿や野営も普通に行われる。
モンスターの発生率がそもそも低いし、モンスターは大型なので遠くからでも発見できることが多いからだ。
対モンスターよりも対野生動物に気を配るぐらいである。
ライラック運送団がキャンプを張る場所は、近くに川があり、草原の中にポツンと大岩がある地点である。
何度も使用された形跡があり、草は枯れ、焚火の後も多く、燃えカスがところどころに落ちている。
人間の気配がプンプンする場所であり、モンスターも動物も近寄りがたい。
ダムロは下っ端の仕事を済ませた後、軽く食事をし、親方から一杯だけ貰った酒をグイっと呑んだ。
そしてさっさと就寝する。
新入りのダムロは深夜から朝方にかけて番をせねばならないのだ。
酒で身体を火照らせたまま眠りにつくダムロ。
**
「おい、交代だ」
ダムロより一年先輩の男に起こされ、ダムロは「ういっす」と応える。
ダムロはどこでも寝れるタイプなので、短い時間ながらぐっすりと眠れた。
周辺警戒をするために松明の近くにやってきたダムロ。
「ふあ~。ねっみい」
ダムロの癖は独り言である。一人っ子特有の独り言が多いダムロ。
「しっかし夜警したって見えないからなあ~。
ま、火さえ灯し続ければ大丈夫でしょ~。はやく朝にならんかな~。
しっかし腹減ったよなあ~。ま、荷物になるから仕方ないけどさ~干し肉ばっかりだと飽きちゃうよ。
ふんふふっふん、ふふふふ~ん。お~れはダ~ムロ~!」
寂しさを紛らわすために、ひとり騒がしくするダムロ。
「しっかしあれだな~。はやく出世したいぜ。
下っ端は準備も忙しいし、野営でも忙しいしな~。
やっぱ運送団の先頭で風を切って走りたいよな~。
それか早馬で野営地に行く先発隊。掛け声がかっこいいんだよな~」
ダムロは右手を敬礼する際のようにビシっとし――
「先発隊! ダムロ! いきまーす!」
と、先輩の真似をした。
「ああ~……いいなあ~。もっと凄くなりたいな」
成功する未来を夢見るダムロ。
そんなダムロを朝日が照らす。
「ふふ、栄光の輝き!」
浮かれるダムロ。
――カラカラカラ。
「ん?」
小さな石が、石の斜面を転がって落ちるような音が聞こえた。
ダムロは耳がいいのだ。
「はて?」
石が転がる音。草原地帯ではあまり聞けない音。違和感を感じる音。
キョロキョロするダムロ。
そして視線は大岩に。
なにげなく大岩をじ~っくりと眺めるダムロ。
(なにか……動いている? 誰かが上ってるのかな?)
朝日だけではシルエットしか見えなかった。
人のように見えたので、誰かが周辺警戒のために登ったのかと思うダムロ。
「……え?」
岩の上にはモンキータイプのモンスターがダムロを睨んでいた。
だがモンキータイプのモンスターはオセラシアではほとんど発生しない。
大声で叫び、皆に知らせなければならない事態である。
だが――
(毛深いな~リューさんかな? それとも……誰かが仮装でもしてるのかな?)
頓珍漢なことを考えているダムロ。
ダムロは未だ、モンスターだとは気づいていない。
まさかモンスターが現れるなんて想像もしていないのだ。
ダムロ君はチョイ役です。
まごうこと無きチョイ役です。