インベントとデリータ
デリータ・ヘイゼン。
表向きはホムラが二代目の『宵蛇』隊長であるが、実際はデリータが隊長である。
人前に出ることも少なく、『宵蛇』の中で最も公になっていない人物でもある。
そして――戦っている場面を見たものはいない。
そんなデリータに模擬戦をけしかけるクラマ。
「く、クラマ様? 言ってる意味がよくわからないんですが」
「デリータよ。グダグダ言ってないで模擬戦をやるんじゃよ」
デリータはあまり感情を表に出すタイプではないが、この時ばかりは戸惑いの色を隠せなかった。
「ハッハッハ。元隊長からの命令じゃあ断れないなあ~、デリータ」
「ロメロ……。ちょっと嫌な予感はしていたんだよ。
まあ……悪い風は吹いていなかったとはいえ、まんまとクラマ様に乗せられてしまったな」
「たまには身体を動かすのもいいもんだぞ~」
「ハア~。まあ仕方がない。剣なんて握るの何年ぶりかな」
デリータはホムラから木剣を受け取る。
剣の感触を確かめるが、しっくりこないのか手首を回すデリータ。
ロメロはデリータの様子が面白くて笑っている。
逆にホムラは戸惑いの色を隠せない。デリータが模擬戦をするなんてありえない展開だからだ。
「お手柔らかに頼むよ、インベント君」
「は、はあ」
インベントからすればホムラに続き模擬戦をする意味がわからない。
だが仕方ないので剣を構えた。
(この人……ロメロさんに似た何かを感じた人だな。
話した記憶も無いけど……だけど……なんだろう?
あんまり強そうじゃないな)
優男に見えるデリータに戸惑うインベント。
デリータの構えにぎこちなさを感じているが、インベントの構えもぎこちない。
本気で剣を振えば怪我をさせてしまうのではないかと思い躊躇しているのだ。
さて――こんな面白い展開に火に油を注がずにはいられない男が一人。
「イ~ンベント」
インベントの背後から両肩をポンと叩く男。
ロメロである。
「ロメロさん?」
「ふふ~ん」
ニヤニヤしながらインベント越しにデリータを見るロメロ。
デリータは「おい……」と困り顔だ。
「アイツはなあ~、実はものすごーーく強いんだ」
「へえ。本当ですか?」
「そうさ。俺でもアイツを殺すことはできないな。この俺でもだぞ」
「へえ~そんなに強いんだ~」
ニヤニヤ笑うロメロ。
ニコニコ笑うインベント。
そんな二人を見てデリータは一歩下がった。
(まずいな……なにかドス黒い感じがするぞ)
模擬戦を安請け合いするのではなかったと後悔しているデリータ。
だがそんなことを気にせず、クラマは「始め!」と言って模擬戦を始めてしまった。
デリータは「ちょ」と言いつつ、インベントから得体のしれない風を感じ取り剣を咄嗟に構えた。
――『対人躊躇』解除。
インベントは持っている木剣をデリータに向けて投げた。
――『殺る気のスイッチ』ON。
――『ぶっころスイッチ』ON。
――システムオールグリーン。
続けて収納空間から手裏剣を右手に一枚、左手にも一枚持つ。
振りかぶりつつ――
(空間投射砲――手裏剣セット。
発射!)
インベントから右に二メートル離れた場所にゲートが開き、収納空間から手裏剣が発射される。
続けて両手に持っていた手裏剣を投げるインベント。
合計三枚の手裏剣が、投げた木剣に続いてデリータに迫った。
「う――おお?」
ぎこちない動きで木剣を木剣で弾くデリータ。
続けて迫る手裏剣三枚。インベントが投げた二枚はどうにか躱すが、残り一枚は気づいていなかった。
視界に入っていない。はずだったのだが――どうにか身体を捻って回避するデリータ。
とはいえ体勢は大きく崩れている。
この機を逃すインベントではない。
音もなく死角に移動し、躊躇なく首を狙う。
だがデリータはインベントを見もせずに首を引っ込めて避ける。
手に取るようにインベントの行動が読まれている。
だがインベントはこの感覚を知っていた。
(幽結界――か)
インベントは納得した。
ロメロとデリータ。二人に感じた違和感の正体は幽結界だったのだと。
そしてインベントは一旦距離をとった。
(幽結界相手なら……ロメロさん同様スピードで翻弄する)
スピード勝負に持ち込む。
だが疾風迅雷の術はクラマに使用制限をかけられている。
(……新技つかっちゃおっかな。ニヒヒ)
アイナとクラマと相談し新しい戦い方の構想は練られている。
とはいえ、まだ装備品が完成していないので準備段階ではある。
まだ未完成。
でも使ってみたくなったら使ってしまうのがインベントなのだ。
インベントは剣と盾を取り出して構えた。
オーソドックスな構えがインベントには似合わない。
ロメロは「ほう」と少し驚く。
あえてインベントが剣と盾を構えるのは珍しいからである。
クラマはインベントが何をしようとしているか理解し「あのバカタレは」と少し苛立った。
(なにか……くるな)
デリータは嫌な予感がし身構える。
インベントは笑い――
反発移動を使いデリータに接近する。
インベントの視線は大地を見つめていた。
そして接近する途中で大地を思いきり踏んだ。
これまでのインベントには無い動きである。
次の瞬間インベントが飛んだ。デリータを余裕で飛び越えられるぐらい高く、そして速く跳躍したのだ。
まるでインベントに超人的な足の筋力がついたかのように。
(ヒッヒヒー! エアリアルスタイル!!)
『モンブレ』のエアリアルスタイルはモンスターを踏みつけることで、跳躍する。
ゲームだからこそできる動きである。
実際はモンスターを踏んだってマ〇オのように跳ねたりしない。
よって現在、インベントたちはこの世界に合ったエアリアルスタイルの開発を行っている。
その一つが足を使った跳躍なのだ。
もちろんインベントの筋力がついたわけではない。ちゃんとネタがある。
そして足を使った跳躍はインベントにとって大きな意味を持つ。
なぜならインベントは戦闘において殆ど足を使ってこなかったからだ。
反発移動も、縮地も、疾風迅雷の術も、全て反発力を利用した移動方法である。
そして全て、腕に伝わった反発力を利用する技なのだ。
つまり攻撃や防御はもちろんのこと移動も全て腕を使う。つまりインベントは上半身を酷使し過ぎなのだ。
結果クラマが指摘したように、知らず知らずのうちに胸から腕にかけての部分に負担がかかっていた。
足を使うことを覚えれば疲労を分散することにも繋がる。
今更ながら足を使うことを覚え始めたインベント。だが練習が足りていない。
デリータの真上に飛ぶつもりがズレてしまった。
(ヒヒ! 縮地!)
だがそんなことは気にせず、デリータの脳天目掛けて急速落下するインベント。
『ぶっころスイッチ』がONになったインベントは止まらない。