ぶっころスイッチの証明
ドウェイフ工房でインベント専用装備の作製が進む。
といってもすぐに完成するわけでは無い。
インベントがオーダーした内容は、出来合いの品と大きく異なるため型から作成する必要がある。
時間がかかるのは仕方がない。
さて、装備ができるまで時間がある。
インベントのことを誰よりも、ある意味両親よりも知ったクラマ。
だが最後にどうしても確かめたいことがあった。
それは――『ぶっころスイッチ』である。
****
クラマは「ちいとお出かけしてくる」と言った三日後。
アイナ隊はモンスター狩りをしたり、インベントは新技の開発をしていた。
そこにクラマがやってきた。二名を連れて。
「待たせたのう~」
クラマが連れてきたのはホムラ・ゲンジョウとデリータ・ヘイゼンだ。
表向きの『宵蛇』二代目隊長であるホムラと、本当の隊長であるデリータ。
ロメロとフラウは驚いた。
ホムラとデリータの二人だけで一緒に行動することは極めて異例だからだ。
差し金はクラマで間違いなかった。
ロメロは「おい、ジジイ」とたしなめようとしたが――
デリータはロメロとフラウに念話で『問題ないさ』と伝える。
「すまんがアイナとフラウちゃんは外してくれんか」
「了解っす!」
フラウは当然のようにすぐ返事したが、アイナは少し納得いかない顔をした。
インベントが関連する話なのだから聞いておきたいのが本音だ。
ただメンツがメンツなので渋々「は~い」と言ってカイルーンの町に戻っていった。
そしてカイルーンの外れには残った五名。
『宵蛇』元隊長、クラマ。
『宵蛇』現隊長、ホムラ。
『宵蛇』副隊長、ロメロ。
そして『宵蛇』裏隊長、デリータ。
と、変な子代表、インベント。
豪華すぎるメンツなのだが、インベントは興味を示さない。
ホムラもデリータも、会議室でお話ししたな~ぐらいしか思っていない。
いや、忘れていないだけマシなのだ。
「まあ細かいことは抜きにして……さっそく始めようかのう。
ホムラちゃん」
「……クラマ様。『ホムラちゃん』はやめてもらいたい」
「あ、すまんすまん。ホムラ隊長」
ホムラとクラマは親類である。
普段は『ホムラちゃん』なのだが、一応インベントがいる手前、格好つけなければならないホムラ。
「おい、インベントや」
「なんですかクラマさん」
「ちょっとホムラ隊長と模擬戦しろ」
「え? なんで?」
「まあまあ、ええからええから」
急な提案に驚くインベント。だが強引にことを進めるクラマ。
なぜかホムラとの模擬戦が始まることになった。
**
「本気でやっていいぞ、インベント」
ロメロが煽る。
「ホムラは小さいが腕は確かだ」
ホムラは身長150センチ程度。アイナと背丈は変わらない。
眉を吊り上げてキリっとした顔をつくっているが、本当は甘いものが大好きな28歳の女の子。
だが腕は本物だ。
「まあ……わかりました」
なぜ模擬戦をするのかわからないインベント。
インベントのやる気がでていない。
とりあえず木剣を構えた。
それに対しホムラは――
「ふ」
左手に持った木剣の鍔の部分に、右手の人差し指と中指を添えた。
そしてゆっくりと右手をスライドさせ二本の指は刃を切先に向けてなぞっていく。
すると――
「おお!」
インベントは声を上げた。
ホムラの木剣は青い炎を纏ったのだ。
ホムラは【灯】のルーンの使い手。『炎天狗』のホムラ。
戦いで扱うには難しいルーンではあるものの、使いこなせば攻防どちらにも優れたルーンである。
何より……オシャレでかっこいい。
インベントのテンションは上がった。
「本気できたまえ。インベント君」
「はい!」
インベントは反発移動を使い、模擬戦がスタートした。
**
見物する三人。
「お、始まったのう~」
クラマは模擬戦に夢中だ。
じっくりと二人の戦いを眺めている。
そんなクラマの背後でロメロとデリータは会話しつつ模擬戦見る。
「相変わらず勝手なジジイだぜ。デリータもホイホイついてくるんじゃねえよ」
「ふふ。まあクラマ様の提案だったからね。
俺と、インベント君に本気を出させられる誰か」
「なるほど。となると……レイか……ホムラか……」
「それにピットな」
ロメロは「フン」と鼻で笑う。
ピットはロメロの弟である。『月光剣』のピット。
ロメロよりどう見ても老けているし、落ち着いているのだが弟である。
ロメロからすれば出来の悪い弟なのだ。
「誰でも問題無いと思ったが、ホムラが立候補したからね」
「ま、頭の固ったいピットだと、どうなるかわからんがな。さあ~てどうなるか」
さて――
青い炎を纏ったホムラの剣。
炎が伸縮することによって間合いが変化する。
模擬戦なので出力は抑えているが、本気を出せば炎で相手を斬ることもできる。
そして表向きではあるものの『宵蛇』の隊長を務めるだけあり、剣技も一流である。
低身長だがイング王国で屈指の実力であることは間違いない。
インベントは縮地を使い対抗するが中々ホムラの間合いに入ることはできない。
疾風迅雷の術を使いたいところではあるが、クラマに一時的に使用を制限されている。
不可視の刃で意識の外からの攻撃も織り交ぜるが、ホムラはクラマ同様に視野が広い。
更にクラマから格闘技の訓練も受けており、視野狭窄に陥らないような訓練も積んでいる。
予想外な動きでホムラを驚かすことはできても、圧倒するまでには至らない。
そんな様子をクラマはじいーっと見つめる。
(やはりのう……インベントの動きが悪いわい。
いや……普段通りといったところかのう)
クラマは自身とインベントが初めて模擬戦をした際のことを思い出していた。
躊躇なく殺りにきたインベントの動きは、天狗下駄を履いていないクラマでは対処できないと思うほどの強さだった。
ロメロと模擬戦している時も恐ろしくキレッキレな動きだ。
(そんでもって、話しを聞いた感じアドリーとやらとの戦いも普段以上の力を発揮しとったみたいじゃしのう。
だがホムラ相手ではいつも通り……なんというか目がまともなんじゃ)
ホムラ相手では『ぶっころスイッチ』がOFFのまま。
クラマ、ロメロ、アドリー相手だと『ぶっころスイッチ』がONになる。
ホムラが三人に比べて弱いから? 否。
ロメロは規格外だが、クラマとホムラはそれほど実力に差はない。
ではなぜ?
クラマはある仮説をたてた。
そして、仮説の証明をするために最後の一手を投じる。
**
ホムラとインベントの模擬戦が終わった。
ホムラが終始圧倒し、インベントは攻めきれない展開で終わった。
「よーしお疲れさん!」
クラマは手を叩きながら称賛した。
そして――
クラマは「次はデリータと模擬戦じゃ」と言った。
インベントは「え?」と言った。
デリータも「え?」と言った。
ロメロは「そうきたか」と一人楽しそうに笑った。