インベントとクラマ⑫ パンドラの箱
『えありある』。意味の無い言葉。
クラマに何かと聞かれて、一瞬固まるインベント。
「え~っと~、『エアリアル』ですか?」
「そうじゃ。ワシ、その『えありある』って知らん。
イング王国では有名な言葉なのか?」
首を傾げるクラマ。
アイナは「アタシは知らない」と首を振る。
「どうでもよい事なのかもしれんが、ワシ、ど~しても気になるんじゃ。
お前さん、色々技に名前をつけとるじゃろ?
『りじぇくしょん』なんとかとか、『しゅくち』とかワシの知らん言葉じゃ。
技名はどうやってどうやってつけとるんじゃ?」
アイナは「あ~」という。
アイナにとってインベントの技名は、子供が妄想した技にカッコいい名前をつけてる程度にしか思っていなかった。
技名以上に色々なことに驚かされていたため、それどころでは無かったのも理由の一つだが。
「ええ~? わ、技名かあ~……」
インベントはあからさまにモジモジしだした。
少し恥ずかしいように見える。
「なんじゃ? 言いたくないのか?」
「いやあ~……言いたくないわけじゃないですけどお~、えへへ~」
「気持ち悪いのう……どうしたんじゃ?」
「わ、笑わないですか?」
「ん? 笑わんぞ」
「あ、アイナも笑っちゃだめだからね」
「んあ? わかったよ」
インベントは「えっと~、そのお~」と言う。
少しだけ顔が紅潮している。
アイナからすればインベントが恥ずかしがる様子は初めて見る。
世を忍ぶはずの忍者の恰好で、目立ちまくっても全く恥ずかしがらなかったので、インベントには恥という感情が無いのかと思っていたぐらいだ。
「じ、実は…………夢の中の世界の技名なんですよねえ」
「夢……か」
クラマは納得し頷く。
アイナは首を傾げる。
「どんな夢なのか聞いてもよいかのう?」
「あ、聞きたいですか~? しょうがないな~!」
クラマもアイナも、なにがしょうがないのかわからない。
だが嬉しそうにしているのでただ頷いた。
そこからインベントは堰を切るようにモンスターブレーカーの世界の話を始めた。
**
幻想的な世界には、たくさんのモンスターが存在している。
人間たちは豪華絢爛な衣装を纏い、モンスターたちを倒しに向かう。
いや、倒すのが目的では無い。狩ることが目的の世界。
モンスターを狩り、モンスターたちの牙や角を収集し、武器や防具をグレードアップしていく。
武器や防具は多種多様であり、それぞれの武器には色々な戦い方がある。
大人気ゲームであるモンスターブレイカー、通称『モンブレ』の夢を見ることを話し始めたインベント。
もちろんインベントはモンブレがゲームの世界だとは思っていない。
ファンタジックだがリアルな世界だと思っている。
例の如く、インベントの話は長い。
いや……終わりが見えない。終わりなどないのかもしれない。
アイナからすれば、妄想の極みのような話を延々と繰り返されている気分だ。
モンブレの内容がアイナにとっては突飛すぎるのだ。
炎、氷、雷を操るモンスターが存在するような現実離れした世界。
自分たちの世界のモンスターとはレベルが違い過ぎる。
そんなモンスターがうじゃうじゃいる世界。
なのに人間たちはあえてモンスターを狩りに行くのだ。
正気の沙汰ではない。それもインベント曰く楽しそうに狩りに行くのだ。
二足歩行の気色悪い(可愛い)ネコがお供になったりもするらしい。
(な、なに言ってんだ……コイツ……。
同じ世界の夢を見続けるなんてありえないだろ?
だけど……妙にリアリティがあるし……創作にしてはできすぎてる)
アイナはただただ困惑が深まっていく。
話を止めたい。
話を止めて、笑い飛ばしてやりたい。
「アンタの話は妄想が過ぎるぞ~」と、笑って終わらせたい。
アイナは何度もそう思う。同意を求めようとクラマの横顔を何度も見た。
何度も見たのだが――――クラマは真面目に、時折楽しそうに聞いているのだ。
「なるほどのう」
クラマは真剣だ。
インベントが語る言葉を、とにかく聞き続ける。
アイナからすれば正気の沙汰ではない。
話す方も、聞く方も正気の沙汰とは思えなかった。
だがアイナには止めれなかった。
本気で話す男と、本気で聞く男。
割って入れるほどの意思の強さはアイナには無い。
唯一、「もう暗くなるし宿に行きましょう」とだけしか言えなかった。
**
宿に到着してからも話は続く。
飯もろくに食べず話は続く。
インベントはモンブレの世界が大好きだ。愛している。
愛しているからこそ語りたい気持ちは大いにあった。
だったらなぜ誰にも話さなかったのか?
正確には幼少期のインベントは、両親に何度もモンブレの世界の話を熱く語った。
初めは楽しそうに語るインベントを見て両親は喜んだ。楽しそうな子供を邪険にする親はいない。
だがインベントは毎日毎日モンブレの話をする。熱量は下がることは無い。
両親からすれば意味の分からない話を延々とする我が子を、少しずつ心配になっていく。
けれどインベントの両親であるリアルト夫妻は「その話はやめろ!」なんて言わなかった。
聞くには聞くが心の中では『またその話か』と思うだけだった。
しかし子供は敏感だ。
インベントは両親の表情から、『モンブレ』の話をしてはいけないんだと気づく。
『モンブレ』の話をすれば両親の顔が曇るからだ。
結果、インベントにとって『モンブレ』は話してはいけない話題なのだと思うようになる。
話せない、だが、『モンブレ』に対しての熱量は冷めない。
なぜならインベントは『モンブレ』の夢を見続けるからだ。
『モンブレ』の世界は何度見ても飽きるような世界では無かった。
まるでインベントを楽しませるかのように、新しいモンスターや新しい装備が次々に登場する。
何度でも見たい。見るたびに入り込みたくなる夢。それがモンスターブレイカーなのだ。
****
宿屋の一室でインベントは話し続ける。
クラマは聞き続ける。
アイナは困惑を深め続ける。
終わりが見えないアイナは、クラマが「ちょっとトイレ」と席を立った際に「アタシも!」と一緒に席を立つ。
インベントは暢気に「いってらっしゃ~い」と言う。その表情はホクホクしている。
「く、クラマさん!?」
「ん? おちっこ漏れそうか?」
「も、漏れねえ! ちがう! こ、この話いつまで聞くの!?」
クラマはあくびをした。
「な~かなか長くなりそうじゃのう~疲れてきたわい」
「つ、疲れもそうですけど、インベントの話……なんていうか……」
「かっか、嘘か妄言に聞こえたか?」
図星。アイナの目が泳ぐ。
「そ、そうは言わないけど……しょ、正直混乱してます」
「な~かなか幻想的な話じゃからのう。『もんぶれ』っちゅう世界の話は。
だがのう。小僧は嘘なんてつくタイプじゃないからのう。それはアイナもわかっておるじゃろ?」
「そ、そりゃそうですけど……。でも突飛すぎて……。
それにクラマさんはなんで普通に話を聞いてられるんですか!?」
クラマは「かっかっか」と笑う。
「確かに想像が追い付かない話ではある。アイナが混乱するのもわかるぞ。
ワシもチンプンカンプンなところがある」
「そ、そうですか」
クラマはなにかを思い出し、噴き出すように笑った。
「インベントに既視感がある理由がや~~っとわかったわい。
実はのう……ワシ、同じように別の世界の夢を見てきた人間を知っとるんじゃ」




