インベントとクラマ⑩
フルアーマーXXスタイルで縮地からの突進を繰り返すインベント。
だが何度もやるうちに、まずは息が上がってきた。
そしてどれだけ上手く着地しようとも足首に負担がかかるため踏ん張りが利かなくなっている。
(……超高速は腕に負担がかかっとったが、こっちは足に負担がかかるんじゃのう。
極端なやっちゃ。そろそろ仕舞いにするか)
クラマはインベントの状況を把握し――
「ほいさ」
インベントが持っていた木剣を蹴り飛ばした。
インベントは「あっ」と声を漏らす。
「小僧。最後に真っすぐぶつかってこい」
クラマは両手を拡げ待ち構えている。
「はーい!」
インベントは躊躇せずに突進してきた。
クラマは左足を後ろに下げ、インベントの突進を受け止める。
「――ぐ」
予想はしていた。だがそれでもフルプレートメイルを装備したインベントは優に100キロを超える。
100キロ以上の物体が突進してくるのだ。
凄まじい威力である。
(あ、こりゃ無理じゃ)
クラマは踏ん張るのを止め、インベントを右から左に受け流す。
結果、転がるフルプレートメイル。
「痛ーーーい!!」
ガシャガシャと音を立てながら盛大に転がるインベント。
ロイドがせっかく手入れしたフルプレートメイルが台無しである。
「……休憩にしようかの」
**
インベントはアイナに手伝ってもらいながら、どうにかフルプレートメイルを脱いでいく。
クラマは様子を見ながら――
「正直な話をする」
そう言って切り出したクラマ。
「カイルーンで模擬戦をやった時は、【器】の扱いに長けた……長け過ぎた小僧だと思った。
【器】を使うために身体に無茶をさせとる。そんな印象じゃ。
だからのう、漠然と、身体の使い方を教えたり鍛えてやればええんじゃないかと思っておった」
クラマは歩き出し、フルプレートメイルの分解された腕部を手に取った。
「だがのう……色々話を聞いてるうちにな、伸ばす方向性を正直迷いだしとる。
フルプレートを着た小僧と戦ってみて思ったが、【器】の底……いやインベントというバケモノが使う【器】の底が見えん」
インベントは自分を指差し「バケモノ?」とアイナに尋ねた。
アイナは「そうそう、バカモノだよ」と嫌味を言う。
中々フルプレートの金具が取れず四苦八苦しているのだ。
クラマはフルプレートメイルの腕部を上に投げ重さを確かめる。
「こんな重いものを全身に纏って……あれだけのスピードを出せるなんてのう。
軽量級のワシからすれば羨ましい限りじゃ」
インベントはフルプレートメイルを脱ぎ終わり肩を回す。
そして――
「でもフルアーマーXXスタイルは、重すぎて小回りが利かないんですよ」
「あれだけ早く動けるなら別にええじゃろうて」
「う~ん……それに視界も悪いし」
「メット外せばよかろう」
「でもメット外すと……あれ?」
フルプレートメイルのメットは、眼球への攻撃を防ぐため細い線が入っているだけである。
視界が悪いのは当然である。
インベントはどうしてメットを外してはいけないのかわからなくなり混乱した。
「メット……外したら……何か問題あるかな?」
「ロメロ相手なら必要かものう」
「そうだ! ロメロさん相手だとメットが無いと頭がボコボコです!」
フルアーマーXXスタイルは、元々対ロメロ用だ。
全身を防御し、カウンターで仕留めるのがコンセプト。
「その通りじゃのう」
「だからメットは……外しちゃあいけない? いけないのかな?」
アイナは「聞くなよ……」と呆れている。
「小僧。お前さんはロメロに執着しすぎじゃ。
というよりもロメロがお前さんに執着しとる気がするがのう。
まあお互い様か。なんか夫婦みたいじゃのう」
「……俺、ロメロさんと結婚したくないです」
「はっはっは、そりゃそうじゃのう。
あんな自分勝手なアホとは生涯を共に過ごすなんて地獄じゃろうて」
ゲラゲラ笑う二人。
アイナは「う~ん」と考えだす。
そして――
「クラマさん」
「なんじゃ?」
「今のやりとりを聞いた感じ、インベントはフルプレートを着たほうがいいってことですか?」
インベントは「ええー!」と嫌がる。
重くて暑い。そんなフルプレートメイルを着続けるのは苦行だからだ。
「かっかっか」
クラマは笑いながら、天狗下駄を脱いだ。
「ま、結論を出す……いや結論を導くためには、実演したほうがわかりやすかろうて。
おいインベント。盾を持っとるか?」
インベントの手にはいつの間にか盾が。
「早業じゃのう~。ちいと小さいが……そうそう『ゲェト』は直径30センチじゃったな。
ま、胸元に構えてみろ」
「こうですか?」
「ま、ええじゃろ」
クラマは右腕をブンブンと振り回した。
「今から軽~く武術のレクチャーをしてやろうかのう。しっかり構えてろよ」
そう言ってクラマは、飛び上がりインベントの持つ盾に掌底を打つ。
インベントの手に軽い衝撃が走る。
「今のは手打ちじゃ。手の腕力のみで打った掌底じゃな」
「はい」
「ほいじゃあ次――」
クラマは次に大地を蹴り掌底を打った。
「うっ!」
インベントの体が少し浮いた。
「今のは大地を蹴り、ワシの体重を乗せて打った掌底じゃ。
天狗下駄を履いてより強く大地を蹴れば、小僧を吹き飛ばすことも可能じゃ」
「ほお~!」
「さて……ふ~む。
よしアイナ。乗れ」
「……は?」
「背中に乗るんじゃ。ほれ早くしろ」
「い、いやなんで……」
「いいから早くするんじゃ!」
アイナはアイレドまではインベントに背負われてやってきた。
次はクラマがおんぶを強要してくるのだ。
(……みんな勝手!)
仕方なくアイナはクラマに背負われた。
「ハア~これでいいですか~?」
「うむ。しかし軽いのう……フルプレートよりも軽いんじゃないか?」
インベントが「あ、アイナのほうが軽いですよ。アイナは――」とまた体重を暴露しようとしてくる。
アイナは「はい! そこ! うるさいよ!」と黙らせる。
「まあええ。インベントよ」
「はい」
「ワシは今、アイナを背負っておる。
つまりアイナ分、大体フルプレート分体重が増えた状態じゃ。
さあて、もう一度掌底を打つぞ」
「は~い」
(あたしゃ~重石かっての)
アイナは予想していた展開だが、溜息を吐いた。
「――ゆくぞ」
クラマはアイナを背負っているが、先程と寸分たがわぬ動きで再度掌底をインベントが持つ盾に向け打った。
(え……?)
インベントは盾から受ける衝撃に驚きつつ、よく似た感覚を思い出した。
(反発移動で宙に浮く感覚に似てる)
直後、インベントは浮いた。
そして後方に飛んでいく。
「お……お……お!?」
インベントは五メートル以上吹き飛んで、草むらに倒れこむように落ちた。
アイナを背負った状態のクラマの掌底に、インベントを吹き飛ばすほどの威力があることに驚いた。
「どうじゃ? 凄いじゃろう?」
クラマがインベントの顔を覗き込むように言う。
「凄い……ですね。
そっか……重さって凄いんですね」
「ふふん。
武術や格闘技ってのは元々弱者が体得すべきものじゃ。
ワシのように体躯が小さい奴が、図体のデカイ奴を手玉に取るのは楽しいもんじゃよ。
じゃがな、それはつまり図体がデカく、体重が重いほうが基本的には強いという事じゃ」
「な、なるほど」
クラマは笑う
「スピードを保ったまま、重さのコントロールまで出来れば強くなれるとは思わんか?
なあインベント。
なあアイナよ」
インベントは新しい可能性を感じ、ニコニコ笑う。
アイナは――
「いや……そんなことよりも降ろしてくれねえかな」
いつまでおんぶされていればいいのかわからず、渋い顔をしていた。




