インベントとクラマ⑧ 封印されし鎧
インベントが15歳になるまでのヒアリングは二日かけて完了した。
ここからは今年、森林警備隊に入隊してからのヒアリングである。
「さ~て、今年に入ってからの話を聞こうかのう」
「今年か~」
「色々なことがあったじゃろう。すまんができるだけ詳しく話してくれ」
「わかりました」
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今年起きた出来事を語り始めるインベント。
バンカースとの入隊試験の話から始まり、一日で隊が解散となってしまったオイルマン隊の話に続く。
記憶が曖昧なところや興味が薄いことに関しては淡々と話すインベント。
だが――
「ウルフタイプモンスターが実は二体いたんですよ!
それも二体目は光の矢を放つタイプだったんですよね~!
いや~鬣が青白く光るんですよ、かっこよかったなあ~!
あ、その時ラホイルの足が斬られちゃったんですけど、それはどうでもいいか。
切れ味が鋭かった~! 一度に五本飛んできたんですよね~!
それでですねえ――」
モンスター関連の話になると饒舌に話し出すインベント。
事細かく正確に語られるモンスターたちが目に浮かぶほどの情報量。
ある程度強かったモンスターや、特殊能力を持つイレギュラーモンスターだけの話に端折ってくれればよかったのだが、インベントはとにかく覚えている全てのモンスターの話をし始めた。
さすがにクラマも止めようかと思ったのだが、自身が『できるだけ詳しく』なんて言ってしまったため止めれずひたすら聞きつ続けた。
そんな苦行は三日三晩続いた。
そして――
「ん? 今日はモンスター狩りか?」
インベントとアイナはロメロとフラウに合流した。
「そうなんです! お話終わりましたよ!」
うっきうきのインベント。
「はっはっは、そうかそうか。で、ジジイはどうした?」
「さすがに疲れたらしく、寝てますよ」
アイナが憐れむように言う。
「くふふ、そりゃあ三日も話ばっかり聞いてたらしんどいだろうな。いい気味だ」
「ヒデエなあ……ロメロの旦那」
「で? 進捗はあったのか?」
「どうなんすかね……なんか『色々見えてきたぞい』な~んて言ってましたけど。
ふっらふらだったんで、よくわかんないですねえ」
「ふふ、まあ、お手並み拝見ってところか」
ロメロは笑う。
「モンスタ~、モンスタ~」
インベントも笑う。
カイルーン周辺の『軍隊鼠』はほぼ駆除が終わっている。
インベントはそれはもう楽しくモンスターをぶち殺しまくりましたとさ。
****
ところ変わって――
「おお……我が子よ」
インベントの父であるロイド・リアルトは嘆いていた。
嘆きながらあるモノを磨いていた。
それはフルプレートメイルである。
「せっかく用意してあげたのに……傷だらけだ……トホホ」
フルプレートメイルはロメロチャレンジを最初にクリアした際に使用した。
フルアーマーXXスタイル用の鎧。
ロメロチャレンジをクリアするために非常に役立ったのだが、その後邪魔になったので実家で預かってもらっている。
なにせパーツごとに分解しても収納空間には入らないし、装着するのが手間なのだ。
ロイドとしては売ってもよかったのだが、ロメロチャレンジで使用したためかなり傷がついてしまっている。
仕方なく家で飾っているのだ。元々装飾用なので使い道としては間違っていない。
まあ、妻のペトラからは激怒されてしまったが。
「ハアアア~」
息を吹きかけキュッキュと鎧を磨くロイド。
「ハアアア~」
我が子のために頑張って用意したフルプレートメイル。
入念に磨くロイド。
「ハアア~…………ハア」
ロイドは布巾を床に落としてしまった。
(私は何をやっているんだろう。
妻には呆れられ、後継ぎだった我が子もどこかに行ってしまった)
瞳が潤んでいることを感じ、ロイドは上を向いた。
ロイドは運び屋。いつも明るくお客様には笑顔で接することがモットー。
明るく元気で若々しい(自称)。
(そうさ、俺はロイド・リアルト! ほほほ~い、ほほほ~い、ほほほのほ~い!)
軽く軽快に踊るロイド。
「――何してるの父さん?」
「う、おうう!?」
入り口には我が子、インベントが立っていた。
突然の来訪。
「お、お、インベントじゃないか!」
「ただいま、父さん」
「ど、どうしたどうした~! また急に帰ってきたなあ!」
「ちょっと用事があってね」
ロイドはインベントに駆け寄った。
「ははは、あれ? インベント……ちょっと見ない間に大きくなったか?」
「大きくなるわけ無いよ。父さんが縮んだんじゃないの?」
「そ、そうかな~? なんか……分厚くなったか?」
インベントは気付いていないが、ロメロチャレンジを続けた結果かなり筋力アップしている。
と言っても筋骨隆々ではないが、腕から胸辺りは少々ガッチリしてきているのだ。
「ま、まあ座ったらどうだ? お茶でも用意しよう」
「あ、ちょっとお客さんがいるんだ。呼んでいいかな?」
「お、おお構わんぞ」
「クラマさーーん!」
ドアからひょこっと顔を出すクラマ。
「ささ、入ってください」
「うむ。お邪魔します」
ロイドはクラマを見た。
インベントが知り合いを連れてくるなんてロイドの記憶には無い。
少し驚いたが、顔には出さない。
(インベントの知り合いにしては老けているな。
60歳ぐらいか……? 服装はカイルーンでポピュラーな形の服だな。
カイルーンの人? しかし……服がちょっとダサいし、あんまりお金持ちには見えない)
ロイドは運び屋であり、商売人である。
プロファイル力はそれなりに高い。
クラマの第一印象は、変なおっさん。
だがロイドは笑顔で挨拶する。商売人として染みついた笑顔。
「これはこれは、いらっしゃいませ。
インベントの父、ロイド・リアルトです」
「ご丁寧にどうも。ワシはクラマです。クラマ・ハイテングウです」
「クラマさんですか。ん? ……クラマさん……クラマ……さん??
はて?」
クラマ。
一般的な発音の名前ではない。だがロイドは知っている。
『星天狗』のクラマ。
(ど、同名なのかな?)
「『星天狗』と同じお名前なんですねえ」
「あ~……いやワシがその~『星天狗』なんじゃ」
困った顔のクラマ。
思考停止するロイド。
ロイドは無意識にインベントの顔を見た。すっとぼけた顔の我が子を見た。
「あ、『星天狗』って呼ばれてるらしいね」
サラっというインベント。
「ええええええええええええ!!!? な、なんでえええええ!?」
ロイドからすればクラマは伝説的な人物である。
そんな伝説的な人物がなぜか我が家にやってきた。それも我が子と親しげなのだ。
(え? い、インベント、『星天狗』と知り合いなの!?
なんで!? どうして!? す……凄すぎる―! 人脈づくりの天才ー!?)
その後、舞い上がったロイドは最高級のお茶と茶菓子を出しておもてなしした。
初対面の人と舞い上がって喋れないなんて経験を数十年ぶりにしつつ、インベントとクラマが普通に会話していることに絶頂しそうになっていた。
****
ロイド、賢者タイム中――
インベントとクラマは用事を済まし、さっさと家から出ていってしまった。
ロイドは放心状態で座っている。
買い物を終えた妻のペトラが帰ってきた。
「あんた! 何してるんだい? ぼお~っとしてさ!」
「おお~、ペトラじゃないか」
ロイドの顔は、放心状態だが幸せそうな顔をしている。
「な、なにさ……気持ち悪いねえ」
「ははは、なあペトラ」
「なにさ?」
「我が子は大物になるぞ」
「は?」
「ふふ――大物になる」
噛みしめるように言い続けるロイド。
ペトラは最近元気が無いことには気づいていた。
気が触れてしまったのではないかと思い、ペトラはバッチーンとビンタした。
「寝言言ってないで仕事しな!」
ビンタされても笑顔は崩さないロイド
「うん! 頑張る! お仕事がんばるぞ~!」
リアルト夫婦は今日も幸せです。