インベントとクラマ⑦ 世にも恐ろしい修業
インベントとクラマの恐ろしい修業が始まった。
――といいつつも恐ろしいと感じたのはたった一人。
ロメロ・バトオさんである。
「こ、こんな辛い時間! 耐えられーん!!」
ロメロは逃げ出した。
修業? が始まって一時間が経過したタイミングである。
「……行ってやれ。フラウちゃん」
「う、うっす」
ウトウトしていたフラウはロメロを追いかけていく。
さて――
クラマはインベントを鍛えることに並々ならぬ自信を覗かせた。
どんな恐ろしい鍛え方をするのかとアイナは不安に。逆にロメロはワクワクしていた。
実はロメロには、クラマに鍛えられた期間がある。
鍛えられたと言ってもほぼ喧嘩するだけ。
若かりし頃の、今ほど圧倒的な強さを得る前のロメロと、『宵蛇』のリーダーとして現役バリバリだったころのクラマ。
ロメロにとっては、本気で喧嘩できる相手が貴重だった。
クラマとしては、圧倒的な才能が花開いていく時間を共に過ごせたのは幸せだった。
ロメロもクラマのスピードには少~しだけ苦労した記憶がある。
苦労したからこそ当時ロメロに足りなかった要素がなんだったのか知るキッカケになったのも事実。
ロメロは認めないだろうが、ロメロにとって唯一師匠と呼べる存在がクラマなのだ。
そんなクラマがインベントを鍛えることになった。
(さてさて、どんな理不尽な試練を与えるんだろうか。楽しみだなあ)
遊び相手のインベントがとられちゃうことを面白く無いと思う反面、期待もしているのだ。
だが――だがしかし!
「それじゃあまあ、子供の頃の話からしてもらおうかのう~」
「はあ」
クラマが行ったのは、ヒアリングだった。
それもインベントの幼少期の思い出からだ。
圧倒的! 圧倒的な地味な時間!
ロメロが耐えれなかったのは言うまでもない。
クラマはとにかくヒアリングに徹した。
子供のころの思い出は? 友達は? 好きだったもの。嫌いだったもの。
どんな父だったのか? どんな母だったのか? 五歳のころの一番覚えていることは? 六歳は? 七歳は?
とにかく徹底的にヒアリングを行うクラマ。
始めはインベントも戸惑っていた。
友達が少ない……いや皆無なインベントにとって、自分の過去を話したりすることも皆無だったからだ。
だがインベントは一度話し始めるとエンジンがかかるタイプである。
それも要点をまとめたりしない。思いついたことを全て話す。
結果時間は膨大にかかる。
クラマはどれだけ時間がかかろうが気にしない、動じない。
とにかくヒアリング。質問もあまりせずとにかくインベントに話をさせた。
会話ではなく徹底的傾聴をしたのだ。
インベントが15歳になるまで――つまり森林警備隊に入隊するまでの話だけで実に二日を費やした。
三日目はモンスター狩りに向かわせた。
ロメロとフラウと三人でモンスター狩りに。
クラマ曰く「座ってばかりでは肩が凝る。お外で遊んで(モンスター狩り)おいで」とのことだ。
実に教育的な考え方である。
インベントを遊ばせている間、クラマはガリガリとメモをした内容をじっくりと読み込んでいる。
アイナは、モンスター狩りに同行せずクラマと一緒にいることにした。
徹底的にヒアリングをするクラマに興味を持ったのが理由の一つだが、意図を知りたかったのだ。
「お茶……ど~ぞ」
「おお~すまんのう」
帳簿とにらめっこする商人のように、インベントメモとにらめっこするクラマ。
「あ、あの~」
「ん~? どうしたんじゃ?」
「インベントの歴史なんて聞いて意味あるんですか?」
「はっはっは、あるぞ。大ありじゃ。やはりインベントは変じゃ。
変なのはつい最近からではない。やっぱりず~っと変な子じゃ」
「そりゃあまあ変ですね」
アイナはクラマと共にインベントの歴史を聞いていた。
聞けば聞くほど、変な幼少期を過ごしているインベント。
「例えばのう……恐らくインベントは物心つく前から収納空間を弄っていたことになる」
「あ~……そういえば」
「ルーンの力を自覚するのは個人差があるものの大体七歳ぐらいじゃろうて。
じゃがインベントは恐らく……三歳ぐらいから収納空間を使っておる。
もしかしたらもっと前かもしれん。これは異常じゃよ。
三歳から使っていたのなら12年間、収納空間を使っていることになる」
「あ~……確かに……私も【伝】のルーンを使い始めたの八歳ぐらいだった気がする」
「あ~そういえば【伝】じゃったのう……。
怪我したインベントをカイルーンに連れてくるとき、念話で怒られたのう」
「いやまあ……そんなこともありましたねえ」
「ま、ええわ。とにかく過去を知れば色々なことが見えてくるんじゃ。
一番驚いたのは……インベントの収納空間に対しての異常な執着心。
暇さえあれば収納空間に手を入れてるとは思っておったが、子供の頃からみたいじゃのう。
聞いてもよくわからんかったが、収納空間に砂を敷き詰めたり出したりを繰り返したのも収納空間に対しての執着心じゃろうて」
インベントはモンスターに対し並々ならぬ執着心を持っているが、収納空間に対しても圧倒的な熱量を持っている。
他の子どもたちがおもちゃに夢中な頃、インベントはとにかく収納空間で遊んだ。
砂を収納空間に敷き詰めたのは、最大容量を知るためだ。
【器】のルーンを持つ人は一定数いるが、正確に二メートルの立方体だと認識している人はほとんどいない。
砂を敷き詰めることを繰り返したことにより、整理整頓して入れればより多くのモノが入ることも知った。
結果インベントの収納空間はしっかり整理されているし、整頓されているので瞬時に出し入れが可能なのだ。
空間投射砲を使うために、あえて収納空間の一角を空けておく場合以外はほぼフル活用されている。
インベントが暇さえあれば収納空間を弄っているのは、収納空間内をパズルのように整理整頓しているのだ。
ちなみに収納空間内に入っているモノを収納空間内の別の場所に移動させることは、本来できない。
インベント以外の【器】のルーンをもつ人たちは、収納空間を道具袋のように認識している。
道具袋の機能は『入れる』と『出す』だけなのだ。
それに対しインベントは収納空間は倉庫だと思っている。
正確に倉庫の大きさと収納されている位置を把握しているからこそ、『倉庫内での移動』という概念が生まれたのだ。
概念が生まれたからこそ、できるかどうか試し、時間をかけて体得している。
インベントが多用している反発力に関しても、毎日休むことなく何時間も収納空間を弄りまわさなければ反発力の存在を認識できなかっただろうし、利用する発想には至らなかっただろう。
クラマはインベントの歴史を知り、収納空間に対しての常人ならざる執着を知った。
(ロメロのアホが、『【器】だから飛べるんじゃない。インベントだから飛べるんだよ』と言っとったな。
確かにその通りじゃ。収納空間を知り尽くしたからこそ、インベントは飛べるんじゃ。
ロメロがそこまで理解して発言したとは思えんが……他の誰かに伝承するのは難しいだろうのう)
クラマはインベントという人間の理解を深めていく。
と、同時にわからなくなっていく感覚に陥っていた。
(収納空間に関しては……子供の頃になんとなく執着してしまったのかのう……。
じゃが……森林警備隊に入る前までの話を聞いてみたがやはりおかしいのう)
クラマはペラペラとメモを眺める。
(友達は……おらんかったようじゃの。それはまあええ。
ご両親は……運び屋を営んでおるのか。それもええ。
しかし……やはりおかしいのう。インベントの話からある言葉が出てきとらん)
歴史。
どんな出来事にもキッカケがある。結果には原因がある。
クラマはインベントの人生を知ることによって、どのようにして今のインベントが形成されたかを知ろうとしていた。
できるだけインベントの口からインベントの経験してきたこと、思ったことを言葉にしてもらったのだ。
人となりを知ればこそ、インベントにあった鍛え方が見つかると思ったのだ。
だが大きな疑問をクラマは持った。
未だに原因と結果が結びつかない件が一つ。
些細な事であれば気にしなくてもよいかもしれないが、クラマは気にしないわけにはいかなかった。
なぜならインベントの人格を形成する上で大きな要素だからだ。
(インベントは……どうしてモンスターに執着を持ったのじゃ??)
インベントの話からは、あえて秘匿したかのようにモンスターに関する話が出てこない。
(あれほどモンスターが好きなのに、全くモンスターの話題が出てこぬ。
なぜだ? 両親関連かと思ったが違うようじゃし……誰かの影響も無さそうじゃ。
ここ最近モンスターに執着を持ち始めたのか?? そんな風には見えんかったのう……。
まあとにかく今年の話も聞いてみるとするかのう)
圧倒的なヒアリングの結果、クラマは至ろうとしていた。
インベントだけの特異性である、モンスターブレーカーの世界に。
話を聞き続けるのは結構……苦痛です。
人は話したがりですので。