インベントとクラマ⑥
「クラマさんの強さの秘密か~」
アイナは唸った。
「ロメロも強いじゃろう?
あやつの強さは天賦の才じゃ。
努力しとらんとは言わんが、運動神経、剣才、頭脳、そしてルーン。
あやつは生まれながらにして必要なものは大抵持っておった。
ま、お頭に関しては、戦いの事しか考えとらんだけじゃがのう」
「そんな感じはしますね」
「あやつがインベントの壁になってやったのは良い経験になったのじゃろう。
圧倒的な天才に追いすがるために、努力した結果がインベントの超高速移動なのじゃろうし」
アイナは「なるほど」と言いつつ、ずっと考えている。
クラマはなぜ強いか?
「ワシの強さは大きく分けて二つ要因がある。
まずは体術。格闘技じゃのう。
身体の動かし方に関しては、修業もしたし、かなり鍛錬もした」
アイナはクラマの身体を見た後、インベントの身体を見た。
「見ての通りインベントの身体は鍛え方が足りん。
生来丈夫な身体をしておるんじゃろうが、そこまで鍛錬はしとらんのじゃろうな。
特に下半身が貧弱すぎるわい。
体術面でもワシは色々教えてやることはできるじゃろうて。
だがそっちはオマケじゃ」
「オマケ?」
「大事なのは――やはりルーンに関してじゃのう。
インベントのルーンは【器】じゃ。
知っての通り戦闘向きのルーンではない。
じゃがインベントは戦闘利用できるように、工夫した。練習した。そして実践した。
経緯は聞いとらんからわからんがハッキリ言おう。
【器】の使い方に関してインベントほどの逸材は金輪際現れん。
……多分な」
「そこまで言うんだ」
クラマはインベントの頭をポンポンと優しく叩いた。
「ワシにはわかるんじゃよ。
この小僧は非常識なぐらいルーンと向き合ってきたんじゃ。
そしてあるかわからない可能性の先を見据えて努力してきたんじゃろう。
15歳でこれほどルーンに向き合った小僧をワシは知らん」
よくわからないが褒められているのでニコニコするインベント。
「話が逸れたの。なぜワシが適任者かじゃったの」
「そうですね」
「それはのう――この小僧と一緒でワシも戦闘向きじゃないルーンだからじゃよ」
「……え?」
アイナは眉をひそめた。
天下の『星天狗』が戦闘向きのルーンで無いはずがないからだ。
「ワシはな、35歳の時にそこそこ格闘技は極めたと思っておる」
クラマは天狗下駄で地面を蹴り、カンカンと鳴らした。
「じゃがのう、格闘技をどれだけ極めようが戦闘向きのルーンのやつには勝てん。
【太陽】のように反則なルーンもあるしのう。
さて問題じゃ。ワシのルーンはなんじゃと思う?」
「く、クイズがきたー? ほ、『星天狗』のルーンか……」
アイナは考える。インベントは考えるアイナを見ている。
「あ、あれだけの速さだし……【馬】とか【向上】??」
アイナが真っ先に脳裏に浮かんだのはノルド。
【馬】と【向上】はノルドのルーンだ。
「ぶっぶー!」
「む、むかつくな。
他は【猛牛】? 【保護】? 【弓】? 【継続】?」
思いつくルーンを言うアイナ。
「全部ハズレじゃ。残念じゃったのう~」
クラマは片足で立った。
天狗下駄を履いているのにそれはそれは美しい立ち姿。
常人では立っていることさえ難しい。
「正解はのう――」
棒が倒れていくように真っすぐな姿勢のまま倒れるクラマ。
棒が45度まで倒れた時――
「――【騎乗】じゃよ」
「え?」
次の瞬間、棒が消えた。ようにアイナには見えた。
インベントは三時間も模擬戦をしていたので、クラマがどこにいるかわかっていた。
「【騎乗】ってのは――」
背後から声が聞こえ「うおお!?」と驚くアイナ。
「はっはっは、【騎乗】は知っておるじゃろう?」
「そ、そりゃあ有名なルーンだし。
馬車の御者とかが持ってるルーンですよね?」
【騎乗】。
【騎乗】のルーンはその名の通り騎乗能力が向上するルーン。
インベントの父、ロイド・リアルトのように【器】は運び屋に適したルーンだ。
同様に運び屋は馬車に乗る機会も多いので【騎乗】も運び屋に適したルーンと言える。
【器】に比べ、【騎乗】のほうがポピュラーなルーンである。
「ま、一般的にはその通りじゃのう」
「【騎乗】ってまあ、よくあるルーンですもんね」
「その通りじゃ。ま、ワシも生まれが生まれなら馬車を乗り回してたかもしれんのう」
クラマは転がっている石を見つけ、石の上に立った。
天狗下駄を履いたまま、それも片足で。
「【騎乗】のルーンは、確かに馬ちゃんに乗るのも上手くなる。
じゃが馬以外にも、船もじゃな。まあイング王国では船なんてほとんど無いじゃろうけどな。
まあとにかく乗ることが上手くなるルーン」
クラマは垂直に飛び跳ねて、再度石の上に着地した。
今度は天狗下駄の歯の端、点で石の上に立っている状態。
「ワシはこう解釈した。【騎乗】は何かに乗るためのルーンにあらず。
【騎乗】とは圧倒的なバランス感覚を授かるルーンじゃとな」
クラマは石から降りた。
「天狗下駄を履いてパワーアップする。本来そんなことはあり得ん。
じゃが天狗下駄はバランスをとるのがひどく難しい。
逆に言えば……バランスを簡単に大きく崩すことができる」
「そ、それが強さの秘密? お、教えちゃっていいんですか?」
クラマは笑う。
「……ワシが天狗下駄を履き始めてまともに動けるまでにかかった期間は――八年」
「は、八!?」
「八年間、全てを【騎乗】のために注ぎ込むやつがいるのならば……やってみればよい。
やれるもんならやってみいって感じじゃのう。
少なくとも八年間を棒に振る覚悟があるのならのう」
クラマの微笑みに、アイナの背筋がざわついた。
八年間を成功するかしないかわからないことに賭けるのは正気の沙汰ではない。
なにかしらの大きな決断か、はたまたなにかに狂ってなければできぬ所業だ。
「ふっふっふ、そんなワシが――ルーンに狂ったように向き合ったワシじゃ」
クラマが指をボキボキと鳴らした。
「ワシ以上にこの、【器】というルーンに憑かれた男を鍛える適任者がおると思うか?
久々に腕がなるのう~!」
アイナは――
(ど、どんな恐ろしい鍛え方をするんだろう……。が、がんばれインベント……)
と思った。
それはそれは北斗の拳のような恐ろしい修業が始まる!
インベントは生き延びることができるか?
この章はちょっとテンポ遅めですが、じっくり進んでいきますので気長に読んでいただければ幸いです!




