インベントとクラマ③ 死刑宣告
三時間。
クラマとインベントが模擬戦を続けた時間だ。
天狗下駄を装備したクラマは、本当にパワーアップしていた。
どう考えても動きにくくバランスが悪くなるはずの天狗下駄を履いているのに、なぜか迅い。
倒れそうなぐらいに傾いてもなぜか倒れない。
そして長年培ってきたであろう武術の経験からくる無駄のない一連の動き。
天狗下駄を履いたことによる特殊な動きと、経験から来る熟練の動き。
二つの動きが相まってインベントのお株を奪うような、スピードと意外性のある戦い方をするクラマ。
だがインベントも負けじと応戦する。
収納空間から何が出てくるかわからないのは、クラマにとっても脅威であり、丸太が目の前に現れた際には「おおう!?」と声を上げた。
更に縮地や疾風迅雷の術を使ったインベントの速さ――特にトップスピードだけならインベントのほうが速い。
スペックだけならインベントとクラマはほぼ互角と言ったところだろう。
だがインベントは思うように攻めきれない状況が続いた。
観戦するロメロ。そしてその横にはフラウ。
「さすがクラマ様っすね」
「……まあな」
認めたくないが認めるロメロ。
「インベントのほうが速く見えるっすけど、クラマ様は余裕があるように見えますね」
「――視野の広さだな」
「視野っすか?」
「あのジジイは尋常じゃなく視野が広い。
前を見ながら真横も見てる感じだな」
「そりゃあ凄いっすね。でも視野だけで……」
「視野ってのはインベント相手だと非常に重要だ。
なにせインベントは相手の死角に入るのが得意だからな。
俺は死角に入られたとしても幽結界に入ってから対応できる確信がある。
だがジジイの場合、幽結界に入る前から事前準備を整えてる感じだな」
フラウは「へえ~」と言いつつ――
「え? クラマ様って幽結界使えるんですか!?」
「ん? 知らなかったのか?」
「し、知らなかったっす!」
「ま、あのジジイは幽結界に頼るのを嫌っているからな。
『格闘家は相手の動きを読んでナンボ』らしい。まったく古臭いことだ」
「へ、へえ~」
**
(縮地で振り切れない)
左右にどれだけ速く動いてもクラマの死角に入ることはできない。
視野が広いことは、インベントも薄々気づいていた。
だが単に視野が広いだけではない。
(陽動が……効かない)
盾を投げ視線を盾に集中させ、その隙に縮地で相手の死角に移動する。
インベントの得意とする戦い方だ。
だがクラマには効き目がいま一つ。
格闘家であるクラマは、どんな時でも視野狭窄に陥らないように訓練を積んでいる。
人間は凝視しなくてもある程度の対処は可能だからだ。
インベントの陽動は初見では対応が難しいものの、二度目以降はクラマは容易に対応する。
(動きが速いから不可視の刃も狙いが定まらない)
収納空間からナイフなどを発射する不可視の刃。
ゲートをインベントから離れた場所に開けば、クラマの周辺視野の外から攻撃することは可能だ。
だが不可視の刃は発射スピードはそれほど速くない。
そしてそこまで正確ではない。
クラマのように高速移動する相手には使えない。
結果――
(高速移動しかない!)
インベントはハイスピード戦闘を選択した。
反発移動や縮地や疾風迅雷の術の多用。
天狗下駄を履いたクラマよりも速く動くにはかなりの無理をしなければならない。
更に、予想外の動きをするクラマに対応するためには、疾風迅雷の術を酷使せざるを得ない。
まるでピンボールのように上下左右に飛び回るインベント。
戦闘経験の多いクラマでも経験したことのない戦い方。
(こりゃあ……凄いわい)
クラマはインベントに感心している。
クラマは空を飛べるが、インベントほど自在に移動できるわけではない。
と同時に――
(危うい。この子は危うすぎる)
インベントは際限無くスピードを上げてくる。
クラマがスピードを上げれば、インベントも上げてくる。
だがクラマがスピードを落としてもインベントは下げない。
ブレーキが壊れたおもちゃ。そんな印象をインベントから受けた。
(ハア~ア。こりゃあ骨が折れるわい)
クラマは一本足で立った。
そして倒れていく。
インベントは警戒する。
倒れるような動きから、クラマは異常なスピードを出す。
原理はわからないが、倒れるような動きは要注意なのだ。
急接近するクラマ。
(縮地三連!!)
インベントは縮地でクラマの攻撃を回避しつつ、死角を狙う。
いつもなら死角に辿り着くことはできない。
だが――
(ほ? こっちが見えてない?)
クラマはインベントを視野に捉えられていない。
チャンス到来。
再度縮地を使いクラマの背後に接近する。
だが何かを思い出すインベント。
背中の傷がチクリと痛む。アドリーにやられた傷だ。
同じような展開でアドリーから背面を刺された記憶が甦る。
インベントはクラマの天狗下駄が少し浮き、地面から土煙が登ったのを見た。
ひらりと舞うクラマ。インベントを眼下に捉える。
「掌…………底!!」
クラマは空中で急降下し、インベントの背中に掌底を喰らわせた。
「痛ってえ!」
大地に伏せるインベント。
インベントを見降ろしながら大きく溜息を吐くクラマ。
「……ちょっと休憩するぞ。小僧」
**
休憩をとることにした二人。
だが――
「おいインベントよ」
「なんですか?」
「ちょっと……そこに寝そべれ」
「ほ?」
「いいから寝っ転がれ」
「は、はい」
横たわるインベント。
クラマはインベントの手首を手に取った。
そして掌を反り返らせる。
「いててて、いてえ」
「固ったいのう」
クラマは手首をグイグイと弄る。
手首から始まり、肘、肩、首。
そして肩甲骨、腰、脇腹、股関節、膝、足首、足先と順々に触っていく。
曲げたり捩ったり押したり。
入念にインベントの身体をチェックするクラマ。
痛い箇所もあるものの気持ちよく、インベントはうとうとし始める。
そんな様子を他の面々は静かに見守った。
そして……事を終えたクラマは渋い顔をして立ち上がった。
「ふむ……インベントよ」
横たわっていたインベントはうとうとしていたが、ゆっくりと体を起こす。
「は~い」
「悪いことは言わん。お前ちょっと休め。休息じゃ」
「……え?」
「お前の動きじゃが、凄まじいは凄まじいんじゃが、体の負担を無視して動いとるな。
特に肩回りがガチガチに張っておる。痛くないのか?」
「い、痛くないです……よ?」
「本当かのう? まあ痛くないならそれはそれで問題じゃ。
お前さんの動きは、おそらく収納空間から発生する力を利用してるんじゃろ?
発生する力はかなり強力じゃのう。なにせお前さんの身体を移動させるぐらいなんじゃから」
クラマはインベントの手首を掴んだ。
「発生した力を無駄なく移動に使うために、手首、肘、肩を固定させとるんじゃのう。
一番ダメージが出そうなのは……肘かと思ったんじゃが一番は……」
クラマは肘を触り、肩に触れた。そして――
「ここじゃな」
クラマが触れたのは、胸だ。
「肩から胸にかけての筋肉と腱にかなり負担がかかっとる。
痛みは感じにくい部分なのかもしれんのう。じゃが確実に傷んできておる。
今の戦いを続けておれば……遠からずの未来。お前さん戦えなくなるぞ」