インベントとクラマ②
強いジジイが好きです。
模擬戦。
実際の戦いを想定した擬似的な戦闘。
イング王国ではあまり行われない。
森林警備隊では対人戦を行う必要性が無いからだ。
あくまでも戦う相手はモンスターである。
それに比べてオセラシアでは格闘技が盛んであり、模擬戦が多く行われている。
オセラシアではイング王国に比べ、モンスターの発生率が低いのも理由の一つである。
さて――
「さ~てとやるぞ~」
クラマとの模擬戦を行った翌日。
再度模擬戦を実施する運びとなった。
クラマは、天狗下駄を履いてやる気満々である。
付き添うアイナは渋い顔をしている。
退院後すぐに模擬戦をやろうとする非常識な人たちに呆れているのだ。
変人たちには常識は通じない? うるせえ馬鹿野郎! なんて気分である。
『ハア。やる気だしてんじゃねえよ』
昨日はやる気の無い状態から、急に『ぶっころスイッチ』が入ったインベント。
ゼロから――いや、嫌々状態だったのでマイナスから一気にトップギアになったので皆を驚かせた。
それに比べ、今日は楽しそうなのだ。
遠足を楽しみにしていた少年のような印象を受けるアイナ。
「だってパワーアップするんだよ? 楽しみじゃん」
『別に楽しみじゃねえし。
でもなんで下駄を履いてパワーアップするんだろうな?』
「楽しみだよね~」
『まあいいけど、あんまり無茶な動きすんなよ?』
「わかった~」
(絶対わかってねえな……まあいいけどさ。かったる~)
インベントに『無茶』なんて領域は無いのだ。
**
「副隊長」
「ん? どうしたフラウ」
「なんか……楽しそうっすね」
模擬戦の開始を待つロメロ。
自分が戦うわけでもないのに楽しそうなロメロを見て、フラウは不思議に思った。
観戦するよりもプレイヤーであることを望むロメロだからだ。
「まあな。これほど面白いカードはなかなか無いと思うぞ」
「そうっすよね。どっちも空を飛べますし」
「それもそうだな~ふふふ」
ロメロの願いは一つだけ。
クラマとインベントが戦うことで、よりインベントが強くなることだ。
(もっと俺を楽しませる存在になるかもしれんからなあ~ぐふふ)
**
「インベントよ」
ゆったりと構えたクラマが語りかける。
「なんでしょう?」
何も持たず佇むインベントが首を傾げる。
「昨日、少しだけ手合わせしてワシは驚いた。
15歳の少年がこれほど強いのかとな」
クラマの発言を聞いてロメロはニヤニヤする。
(当たり前だ。俺が鍛えてるんだからな)
と鼻で笑う。
「それにな……お前の強さはワシに似ておる。
戦闘向きでは無いルーンを、知恵と発想力でそこまで高め上げた。
15歳でその領域まで到達したのは信じられんことだ。
【器】の使い方を教える師匠もいなかったのであろう?」
「まあそうですね」
「長生きはしてみるもんじゃ。
面白いのう。その戦い方……実に面白い」
クラマは小さく跳ねる。
そして続けて跳ねる。跳ねる高さは少しづつ高くなっていく。
その様子を見てインベントとアイナは同じことを思っていた。
(下駄を履いているのにあんなに高く飛べるんだ)
インベントはぼーっと見ている。
「……今日は普通じゃのう」
「え?」
「まあええわ。それじゃあ模擬戦をやってみようかのう」
クラマが模擬戦用のギアを入れる。
それに反応し「おい」とロメロがインベントに向けて叫ぶ。
「本気でやっていいぞ! そのジジイは俺よりちょっと弱いが強いから」
クラマは「ぬかせ」と呟きつつ――
着地する。それも片足で。
天狗下駄の歯は一本。
クラマの全体重が下駄を通して地面に伝わる。地面に波紋が走ったかのような錯覚を覚えたインベント。
そして――地面に向けて倒れていくクラマ。
クラマの真っ白な髪で覆われた頭頂部が見えた、――刹那。
(ぐ!?)
声も出ないインベント。
クラマの頭が突如、眼前に現れたのだ。
反射的に疾風迅雷の術を使い、右に飛ぶインベント。
「ほ! 今のを避けるか」
クラマは身体を傾けつつ、足を交差させる。
窮屈な恰好。姿勢制御することさえ難しく見える。
だが、たった一歩。
たった一歩でインベントの懐に潜り込む。
(疾風迅雷の――!?)
緊急回避しようと収納空間に入れようとした右手。
だがクラマはその右手を掴み、捻る。
インベントの視界は急旋回し、空を見上げていた。
倒されたことに気付いたのは、その後だった。
「ほっほっほ、優しく倒してやれんかったが、これで面目躍如といったところかのう」
「お、お、おおお~!」
これまでに体験したことのない感覚にインベントは歓声をあげた。
クラマは喜ぶインベントを引き起こし距離をとった。
「ま、今のは不意打ちじゃ。もう一回やるとするかのう」
「はい!」
インベントはロメロチャレンジを始めたころのような感覚になる。
絶対的な強さを誇る人型モンスターであるロメロ・バトオ。
本気で殺しにいっても殺せないモンスター。
そんなモンスターに何度もコンティニューして遊べる状況。
クラマ・ハイテングウ。
伝説の名に恥じない、圧倒的な強さ。
それもロメロとは全く違う方向性の強さだ。
「ホレ。第二回戦じゃ」
クラマは手招きする。
インベントは笑う。嗤う。哂う。
あえてゆっくりと薙刀を頭上から引き抜くように取り出した。
そして――アイナに目線を向けた。
(え? な、なんだよ?)
気色悪く笑うインベントが見つめてくる。
だが目が笑っていない。目が笑っていない男が笑顔で見つめてくる。
恐怖でしかない。
そんなことはインベントにとってどうでもいい。
目的はクラマの視線を逸らすことなのだから。
そう――これはアドリーとの戦いで、加速武器・飛龍ノ型で薙刀を飛ばした時と同じ作戦なのだ。
(いっけえええー!)
薙刀が恐ろしい速さで飛んでいく。
その場にいるロメロ、フラウ、アイナ、そしてクラマ。
誰も薙刀が発射されたことを認識できなかった。
クラマの頭蓋に迫る薙刀。
だが――
「ほい」
クラマは簡単に避けた。
クラマを通過した薙刀は、背後の木に深く刺さりこんだ。
「ほほっほ……狡いのう~。15歳のやることじゃねえのう」
インベントは期待通りのクラマの強さに笑った。
クラマとインベント。
二人が戦う様子を見て、ロメロは遠い日のことを思い出すような目をしていることにフラウだけが気付いた。
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