インベントとクラマ① コイツ白いお薬キメとらん?
クラマは入念に準備運動をしている。
小柄だが引き締まった肉体をグイグイと捻ったり、飛び跳ねたりしている。
やる気満々のクラマを見て、インベントは溜息を吐いた。
「さあやるぞ、インベント!」
「い、嫌なんですけど」
「なんじゃと? この『星天狗』と模擬戦……そっか『星天狗』知らないんじゃったな」
落ち込むクラマ。
ロメロは「自分で言って自分で落ち込むなよ」と呆れている。
「ま、軽くじゃ軽く。命の恩人の言うことは聞くもんじゃ」
「う~ん。わかりましたよ」
渋々了承するインベント。
さて――
クラマは武器を持たず、スーっと腰を落として構えた。
格闘技は素人のインベントでもわかる、熟練の動き。
(は~、素手なんだ。素手で戦う人って見たこと無いかも)
モンブレの世界は何かしらの武器を装備して戦う。
そしてイング王国では素手で戦う文化が無い。
「さあ、こい」
「『こい』と言われてもなあ……」
戸惑いの色を隠せないインベント。
それを察したロメロはインベントに近づき、木剣を手渡した。
「インベント」
「はい?」
ロメロはクラマに聞こえないように小声で――
「思いっきりぶちのめしていいぞ」
「え?」
「どうせ死んでも死なないジジイだから本気でぶちのめしてやれ」
「は、ははは」
インベントは木剣を手に取り――
(そんなこと言われてもなあ)
と思いつつ、やはり気乗りはしていない。
気乗りしないハズだった。
(アレ?)
インベントの鼓動が速くなる。
インベントはモンスター狩りにしか興味が無いのは今も変わらない。
ただロメロという規格外のバケモノのお陰で『人型モンスター』というジャンルがインベントの中に確立された。
対象の人物が『人型モンスター』認定されれば、インベントの中からある二文字が無くなる。
――『殺る気のスイッチ』ON。
――『ぶっころスイッチ』ON。
――システムオールグリーン。
『躊躇』という二文字が。
「さあ~こい!」
クラマが合図を出した。
――インベントの目の色が変わっていることにはまだ気づいていない。
(加速武器・飛龍ノ型)
アドリーに対し、薙刀を飛ばした技。
それを木剣で実行する。
薙刀に比べると木剣は柄が短く真っすぐ飛ばすのが難しい。
だがインベントは多少スピードを落とし正確性を高めた。
更に回転をかけ木剣をまるでブーメランのように飛ばした。
これにはクラマも驚いた。
まさか武器をいきなり飛ばしてきたのだから。
それも高速回転しながら飛来する木剣は、恐ろしい破壊力を秘めている。
「ちょ、ちょいな!」
躱すクラマ。
だが――
(う、うそん? もう間合いにいるじゃと??)
クラマが躱すことを見越してインベントが間合いを詰める。
クラマの死角から巧妙に接近するインベント。
クラマからすれば、まるで瞬間移動したかのように感じている。
(加速武器・剛突ノ型。――槍)
長さ二メートル。収納空間に収まるギリギリの槍を取り出す。
だがクラマから見れば、突如槍が虚空から現れたように見える。
その槍がこれまた恐ろしい速さでクラマの眉間目掛けて飛んでくるのだ。
「ちょ、ちょ、ちょまて!」
槍がクラマの左頭蓋を掠めた。
幽壁が発動し槍は弾かれる。
(こ、コイツ!! さっきまでと全然雰囲気が違うじゃねえか!?
も、模擬戦だってのに……完全に殺りにきとる!?
く、空気読めってからに!)
瞬時に槍を収納し、更に追撃しようとしてくるインベント。
クラマは咄嗟にロメロの後ろに隠れた。
「お、おい! ジジイ!」
「ちょ、ちょっと止めろ! あいつ止めろ!」
「きゅ、急に来るな!」
インベントは止まらない。
ロメロ諸共ぶっ殺す勢いで突っ込んでくる。
――だが。
『インベント!! 止まれ!! ストップ!!
停止!! 急停止!! とにかく止まれー!!
止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ』
アイナがインベントの五メートル以内に侵入し、念話で大量の『止まれ』をインベントの脳にインプットする。
インベントの『ぶっころスイッチ』はOFFになり、インベントは急停止した。
「あ、あれ?」
インベントは正常なインベントに戻ったが、インベント以外は驚いている。
特にクラマからすれば『模擬戦』をしようとしたのに、インベントは完全に殺りに来たのだ。
(こ、怖いよ……なんじゃコイツ……。薬でもキメてんじゃねえのか?
し、しかしまあ……おっそろしい動きをするわい……。
これ……本気でやらねえとワシが死んじまう。
そ、そうじゃ! ワシ本気出してないもんね!)
クラマは思い出したのだ。
クラマは本気を出すにはあるものが足りないことを。
「お、おい! インベントよ!」
「はい」
「下駄をとってくるからちょっと待っとれ!」
「下駄?」
「ワシ、下駄を履くとパワーアップするんじゃ! だから待ってろ!」
クラマは現在革の靴を履いている。
クラマ専用の一本歯の下駄。それも歯が20センチもある下駄は、通称『天狗下駄』と呼ばれている。
イング王国では下駄など誰も履かない。つまり天狗下駄は非常に目立ってしまう。
そもそもクラマの普段着は非常に目立つ。
オセラシアの服装に天狗下駄だからだ。
なのでカイルーンの町では、目立たない服装と、顔に布を巻いて誤魔化している。
「へえ~パワーアップかあ。かっこいいな~」
特別な装備でパワーアップ。
RPGによくある展開である。
そんな展開はインベントの大好物である。
「ちょっと待ってろよー!」
そう言ってクラマは走り去ろうとしたその時――
「ちょっと待ったあ!!」
アイナが叫んだ。
クラマは何事かと思って急停止。
アイナの表情は怒り心頭である。
クラマは先日、アイナに怒られているのでちょっとだけアイナが苦手なのだ。
「クラマさん」
「は、はい」
「この子、今日退院したてです。退院したてのインベントと模擬戦なんてだめでしょ?」
「あ~、それも……そうじゃの」
縮こまるクラマ。
「インベント」
「なに?」
「退院したてのやつがあんなビュンビュン動くんじゃねえ!」
「は~い」
『ぶっころスイッチ』はOFFになっているので素直なインベント。
「そんでもってロメロの旦那!」
「え? 俺も?」
「アンタがインベントとクラマもけしかけたんでしょうが!」
「ハハハ。確かにそうかもな。すまんすまん」
心無い謝罪のロメロ。
「とにかく今日はおしまい! もう日も暮れるっての!!」
模擬戦は明日に持ち越しです。
クラマさんは下駄を履くとパワーアップするそうです。