オイルマン部隊④
飛びかかってくるモンスターを見上げ、インベントは硬直してしまう。
(し、しまった! 追い込みすぎたか!!)
野生の獣、それもモンスター。
飛びかかってくるスピードも、圧力も凄まじい。
予想外の動きを避けることはできなかった。
「ぐああ!」
モンスターは馬乗り状態になり、インベントは両手が使えない状態になった。
「や、やば!」
「ガアアア!!」
押さえつけられた両手は微動だにできない状態だ。
爪が食い込み激しい痛みが腕に走っているのだが、そんなことはどうでも良かった。
怒りに狂った瞳と、人間を簡単に絶命に追い込める牙がインベントに迫っているからだ。
インベントは冷や汗をかいた。死の恐怖が迫る。
「インベント!!」
どこからかオイルマンの声が聞こえた。
(た、隊長、ま、間に合うか!? くそ……!
やべえ……噛みつかれたら終わりだ!)
「ガアアア!!」
モンスターは少し息を吸い込むような動作をした。
そして口腔内に光が見える。
(なるほどね……ゼロ距離で光の矢とか滅茶苦茶だ……!)
「へ、へへへ」
インベントは両手を封じられている。
つまりゲートシールドは使えない。
もう詰んでいた。オイルマンが間に合わなければ終わりだ。
(負けたァ! 第三部完!!)
インベントはモンブレの世界でメタ的に使われているワードが頭に浮かぶ。
だが――
「……なあ~んちゃって」
(光の矢のタイミングは完璧に掴んでいる。
そして方向は――俺の顔面だ)
発射直前――
「ゲートシールド」
インベントは顔面にゲートシールドを展開した。
(別に腕からしかゲートを展開できないなんて言っていないよ?
まあ、手に比べれば正確に扱うことはできない。
でも光の矢の事前モーションがわかりやす過ぎるよ。
詰めを――誤ったな)
発射された光の矢は全て収納空間に吸い込まれた。
だが全て拒絶される。
ゼロ距離で放たれた光の矢は……全てモンスターに返っていく。
「インベントォォォ!!」
インベントとモンスターが光の中に消えていくように見えていたオイルマンは叫んだ。
インベントが死ぬと信じて疑わなかったのだ。
**
「……ふう」
モンスターの上半身は自身の光の矢で切り刻まれ絶命した。
まるで破裂したかのようだ。
(いやあ、我ながら残酷なことをするよ)
大量にモンスターの返り血を浴びたインベント。
だが何事も無かったかのように立ち上がる。
それを見たオイルマンは、死人が生き返ったかのように感じていた。
「お、おい!」
「あ、隊長」
驚きながら近づいてくるオイルマン。
「ど、どうなったんだこりゃ!?」
「ははは、勝手に自爆してくれましたね。ツイてました。
それよりひどいじゃないですか。全然出てきてくれないし」
「い、いや……お前がいきなりどんどん接近しだすからだな……」
「接近しないとヘイトを集められませんでしたからね」
「へ、ヘイト?」とオイルマンは言う。
(う~む。ヘイトって言葉はこの世界では知られていないのか)
「まあ良かったですね。早くみんなと合流しましょう」
「お、おう」
オイルマンはあっけらかんとしているインベントを見て――
(こ、こいつ……大物だな)
と感じつつ皆の場所に向かった。
**
インベントとオイルマンが隊に合流すると、ドネルとレノアは滅茶苦茶驚いた。
二人が無事帰ってくることを願いつつも、難しいと考えていたからだ。
「オ、オイルマン隊長!! よ、よくぞご無事で」
「お、おう。インベントのおかげで……助かったぜ」
「い、インベントも良かったぜ……。てかお前が行っても足手まといだっただろ!」
ドネルの行き場のない怒りがインベントに向く。
何せ長年の友人であり仲間だったケルバブが戦死しているのだ。
そもそもインベントの行動は、先輩であるドネルの命令を完全に無視した行動だった。
怒られても仕方がないのだ。
だが――
「い、いや。ドネル。インベントのおかげで本当に助かった。
というかあのモンスターを殺ったのは――インベントだ」
「は、はあ? そんなわけ――」
「ま、まあその話は後だ。どうだ? ラホイルの状況は?」
ラホイルは横たわっている。
レノアが【癒】のルーンを存分に使い、治癒は完了していた。
「ラホイルは眠っています。止血も完了しましたし命に別状はありません。
ただ……足は切断されてしまっているので――」
「そう……か」
オイルマンはがっくりとしてしまった。
「あの、レノアさん」
「なあに? インベント」
「昔、指が切断された人が接合されたことがあるって聞いたことがあるんですけど」
「ああ……そうね。【癒】が複数名いれば可能よ。
でも……この子は無理よ。時間が経ちすぎているしなにより……切断された足も無いし」
【癒】のルーンは文字通り癒しのルーン。ある程度の傷なら治せる。
更に周囲のルーンを活性化させる【喜】のルーンや、【癒】のルーンを持つ人が集まれば相乗効果で癒しの力は大きくなる。
肉体の接合や臓器の損傷の回復も可能だ。
「足はありますよ」
「え?」
「インベントリーに足を入れておきましたから」
「……インベントリー?」
聞きなれない単語にレノアは首を傾げた。
モンブレの世界では収納空間の事をインベントリーと呼ぶが、この世界では収納空間が一般的なのでインベントも収納空間と呼ぶことにしている。
「ああ、俺【器】のルーンなんで、収納空間があるんですよ。
一応……状態は良いと思いますよ。足。
出すと血が吹き出ちゃうと思いますし、劣化すると思うんで出しませんけど」
「……そ、そうなのね」
オイルマンが割って入った。
「レノア」
「は、はい」
「ラホイルの足はくっつくのか?」
「……も、もしかすればですけど」
「なら……急いで行動すべきだな」
「そう――ですね」
「それじゃあ俺がラホイルを担ぐか」
ラホイルを担ごうとするオイルマンを、ドネルが差し止めた。
「俺がやりますよ。俺が一番何もしてないっすから」
「そうか……すまねえ」
「隊長は先に戻って、【癒】の奴を集めといてくださいよ」
「おし、わ~った。それじゃあ俺は先に戻るぞ。後はみんな任せた」
「了解!」
**
数時間後――
ラホイルの足は無事接合できた。
【癒】持ち数人が集まり、なんとかくっついたのだ。
インベントが収納空間にラホイルの足を入れていたことや、綺麗に切断されていたことも大きな要因となった。
オイルマンはケルバブを失ってしまったが、新人一人の足が切断される事態を回避でき非常に喜んだ。
咄嗟にラホイルの足を収納空間に入れていたインベントにも大いに感謝していた。
レノアは一日中【癒】のルーンを使用していて非常に疲れていた。
だがインベントにお礼が言いたくて病院の待合室にいるインベントに話しかけた。
「インベントのお陰でどうにかラホイルは助かったわ。ありがとう」
「助かったのはレノアさんのお陰ですよ。
本当に【癒】のルーンを持つレノアさんがいてラッキーでしたね」
「うふふ。
でも……多分後遺症は残るでしょうね」
「そうなんですね……」
後遺症と聞いてインベントは少し暗い顔をした。
それを察したレノアは――
「ま、まあ雨の日に傷が痛んだりするぐらいだと思うわよ!」
「あ、そうなんですね! 良かった良かった~!」
レノアは笑いつつも生あくびをかみ殺した。
「それじゃあ俺はそろそろ帰りますね」
「うん。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
インベントは家に向かった。
すれ違う人は、にこやかなインベントを見て、何か良いことでもあったのだろうと思った。
(いやあ……いい一日だった。
モンスター狩りはやっぱり楽しいなあ~)
ケルバブが死に、ラホイルの足が切断された。
だがインベントにとってそれは些細なことだった。
(ラホイルも足がくっついたみたいで良かったな~)
ニコニコしつつインベントは――
(これで……またモンスター狩りができるもんね。あはは)
彼の思考は、モンスター狩りファーストなのだ。