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伯爵令嬢は王国の騎士になりたかった 4

 「どうだ、うまいか?」



 明日からの仕事どころか今日泊まる宿すら決まっていないのになぜか私はファルという男と早めの夕食をとっていた。

 大きな肉団子の入ったスープをすすりつつ、行儀が悪いと思いながらきめの粗いパンを浸しながら食べる。こういう料理は雑ながら問答無用なおいしさがある。肉汁でスープは程よく甘く、細切りにされた野菜たちも期待以上においしかった。



 「ふふん、良いだろう。いいとこの令嬢ならこんな食べ方せんかもしれんが、だからこそ背徳的なうまさがある」

 「言わんとすることはわかるよ。パンがひたひたしてておいしい。あとたぶんこれお米そのままぶち込んでも絶対おいしい奴」

 「わかっているな! 口うるさい奴の前ではできんが適当にスープに突っ込んで椀からかき込むのがうまい」



 スープにパンをつけるだとか、米を混ぜるだとか、実家にいては絶対できないことだがおいしいに違いない。貧乏な実家は出されるものもなかなかに貧相だったが、礼儀やマナーについては厳しかった。理由などわかりきっていたが。

 ふと料理とともに置かれたシードルが目に入り質問する間もなかった疑問が浮上する。



 「ところでファル。あんたなんで私が飲まされそうになったシードルに何か入ってるって気づいたのよ」

 「ああ、一部の薬はシードルに混ぜると変色して沈殿する。初見じゃ粗悪なものにしか見えないが、ただ蒸留が足りていなかったり漉し切れてなくても、本来はああはならん。そうでなくても王都で売るものでそんな粗悪なものは本来売れない。それを大通りで経営できているならただの安酒ではないだろう。であれば混入されていたのは依存性の高い何か、とまあ想像できる」



 まあ正直確信半分カマかけ半分だったがな、と笑うファルに目を瞠った。なんの疑いも持たず初対面の人間からもらったものを口にしようとしたことを情けなく思う。つい気が緩んでしまっていた、というより初対面の人間に一服盛ろうとする人間がいるという治安の悪さに頭が痛くなる。



 「……そうやって都に出てきた警戒心の薄い田舎者をひっかけてたのね。観光客らしい人に声を掛ければ新規顧客をすぐに確保できる」

 「ああ、目の前であれを受け取ってくれて助かった。清々しいレベルの現行犯だったろ。明日には営業停止、良い立地だから来週には次の店が入る。余罪がありそうだから、あの場で引っ張れたのはよかったぞ」



 きっと私は体のいいカモだったのだろう。いくら腕っぷしに自信があっても、こんなあっさり薬を盛られそうになるのは恥ずかしい限りだ。ここで勉強すべきことは多そうだ。何も入っていないだろうおいしいシードルさえなんだか憎々しく映る。


 ファルもファルだ。笑い事ではない。おそらく私のような観光客以外には普通の飲み物を出していたのだろう。だから王都の人間がいくら調べても不審な酒は出てこない。カモになりそうな人間がいなければ摘発できなかったのだろう。


 細い指が少し冷めたポテトをつまむのを見る。きっと彼は上から俯瞰して指示を出すような人間なのだろう。貴族か、医者、学者かなにかだろうか。なんにせよ、本来なら気が合わなそうな人間に見えた。

 ふいに近くにいた客の内の一人がファルの肩に腕を回した。



 「お、ファル今日は一人じゃねえのか」

 「いつも私が一人のような言い方はやめろ。今日余所から都に来たんだよ。王都を案内してやってんだ」

 「そいつはご苦労さん。……お、姉ちゃんも良い食いっぷりだなあ! こっちのベーコンも食ってみろ、うまいぞ!」



 口いっぱいに頬張っていたら返事すらできず、あれよあれよと新しい料理がさらに乗って現れる。慌てて飲み込んで礼を言おうにも料理を頼んでくれた男はすでに他のテーブルで歓談しており、完全に礼を言いそびれていた。



 「気にするな。あの酔っぱらいは金があると人に食べさせたがるんだ。特に若い奴がいっぱい食ってるのを見るのがおっさんてのは好きなんだよ」



 それでふとファルの皿を見て眉をしかめる。

 彼の皿には私の食べている者の半量程度しかなく、そのうえ食べるのも遅かった。これでは連れである私が早食いの大食いのようではないか。



 「あんたはもっと食べなさい。そんなんだから体力がないのよ。肉を食べなさい肉を」

 「さすが巨猪を狩った女だな。狩人は言うことが違う」

 「王国騎士志望の伯爵令嬢よ」



 運ばれてきた皿から塩味の強いベーコンの一枚を奴の皿の上へと移す。

 もっとも狩人と言われるのはまんざらではない。令嬢だの、お嬢さんなどと言われるより、はるかに気分が良い。女の身で弓を持ち、槍や剣を持つことが肯定されているようで。



 「……それより真面目に仕事と住処を探さなきゃいけないんだけど」

 「まあ日没までもう少し時間がある」

 「日没してたら遅いんだけど」



 そう言いながら彼と夕食をとっているのは、幼馴染の住居を探し当て転がりこむというあてがあるからだ。なんだかんだで文句を言いつつ小言を言いつつ、外に放り出したりはしないはずだ。もしくはこの羽振りがよく身なりの良い男に集ろうかとも思っている。なにより最悪、野宿でも大丈夫か、くらいには腹をくくっているからだ。



 「で、まあここからは世間話なんだが」

 「なによ改まって。ここからも何も何から何まで世間話でしょ」

 「名前と年齢は?」

 「……さっきもの名乗ったけど、アコニート・プロスパシア。プロスパシア伯爵家の第7子、4女。年は15よ」

 「……発育が良いな」

 「そういうあなたはモヤシみたいね」



 じと、と私を見る目はどう見ても妬みで、愛らしく見えた。運動せず、食べもしないから成長しないのだ。もっとも王都に生きる人間に野山を駆け回ることを要求するのはお門違いというものだが。



 「腕に自信は……まああるんだな。腕っぷしに関しては自信にあふれてる」

 「そうじゃなきゃ単身で王都に乗り込んだりしない」

 「王国の騎士になるための伝手は昔馴染みだったか?」

 「コネみたいに言われるのは嫌だけど、レオナルド・ラフヴァル。彼の実家の伯爵領はうちと隣りあってるの。可能であれば今晩は彼とこに転がり込んでしまいたい」

 「できるのか、今から押しかけていって」

 「できるわきっと。彼は私の我が儘に甘いもの」



 昔からレオナルドはそうだ。私が我が儘や無茶を言うと常識的に良識的に止めたり忠告をするが、最終的にいつもついてきてくれる。ため息をついて文句を垂れながら付き合ってくれる。彼はそういう奴なのだ。



 「なぜ王国の騎士になりたい。騎士になって、お前は何を望む」



 ファルに聞かれ、騎士になって、その先はあまり考えていなかったことに気が付いた。

 とにかく、家を出たかった。

 伯爵令嬢の娘以外の何かになりたかった。自分のしたいこと、好きなことをすることを許されたかった。

 剣や槍を振るうことを許される地位につきたかった。それが騎士だったというだけの話。



 「……許されたい」

 「許し?」

 「……騎士になって、好きなことを選ぶ私が存在することを許されたい。誰からも認められるほど、私は望む私になりたい」



 口に出して、それから後悔した。

 私のしたいことは、あまりにも身勝手だ。私は私のことしか見えてない。志もなければ、他人のために尽くしたいという誠意もない。



 「身勝手だな」

 「本当に、笑えるくらい返す言葉がないわ」

 「だがそういう奴こそ強くなる。身勝手な奴ほど、力を持てる。好き勝手やるが自然得るものは減る。遠慮や気遣いをする奴ほど割を食うんだ」



 それが今回お前の昔馴染になるわけだが、と笑うファルに目を瞠った。

 そうだ私は身勝手だ。今まで好き勝手やってきた。

 普通の貴族の娘のようになりたくなくて、勝手に領地へ出かけ、森へ行き、狩人のまねごとをしてきた。槍や剣を振るい、あえて結婚というルートを潰した。それが自分の最大にして唯一の価値だと分かっていたのに、その道を自分で塞いだ。


 自分勝手な行いで、私は凡夫に負けない力を手に入れた。普通の貴族の娘では得られない自由を得た。その代わりに両親に対し諦めを与え、政略結婚の手札を一つ失わせてしまった。我慢をしてきた、夢を諦めてきた姉たちを置き去りにしてきてしまった。

 出奔した先が今なのだ。私は自由に生きられる。

 けれどそれに伴う責任を負うことになる。



 「……訂正するわ。私は勝手に許されるに値する人間になる」

 「ほう?」

 「それで私は割を食ってきた人たちに還元する。お上品な娘を諦めた家族には素晴らしい騎士としての名誉と評価を勝ち取って還元する。そして私を採用してくれるこの国には命を捧げ、安全と利益をもたらすわ」



 我が儘上等。私にとって一番大事なのは私だ。私の自由だ。私らしく生きれられる人生だ。

 認められる人となろう。自由を享受するに値する人間となろう。

 その代わり、その環境のすべてに感謝し還元しよう。このアコニート・プロスパシアを認めざるを得ないと思わせられるほどに。



 「くっはははは! そうかそうか、男勝りのお転婆、などでは到底言葉が足りんな。勇猛果敢な女騎士。まるでお伽噺か何かのようだ」

 「絵空事を現実に落とし込むのは嫌いかしら?」

 「なにを、そんなもの大好きに決まっているだろう! この国で物語を現実にする輩が好まれないはずがない!」



 バシバシと背中を叩かれるとなんだか楽しくなって薄い背中を叩き返した。

 この男は私の話を聞いても嗤わない、眉を顰めない。そのことがとても、うれしくて、言葉にできない感情が胸をせり上がっていた。



 「ふふふ、ではまずお前のその夢を叶えるためには王国騎士団に入らねばならないなあ?」

 「入るわ絶対、決めたもの。ここで口にしたから、ここであなたが聞いたから。私は必ず実現しなきゃいけない。自分勝手な行動の代償として、みんなに還元するための最初の段差でしかないわ」

 「はっはっは、大口叩くなあ、うん! 飲め飲め! 昼間シードルを飲み損ねただろう。ここは私が出す。好きなだけ飲め、食え! 武術など私にはわからんがそういうのは精をつけねばならんのだろう!」



 シードルを瓶ごと注文し、また笑う。

 大盤振る舞いと言った具合だがこの男はいったい何者なのだろうか。今日一日一緒にいて彼に関する情報がほとんどといっていいほどにない。せいぜい物語が好きで、この街が好きでこの国が好き。それくらいしかわからない。初対面の人間に対しこうも無警戒に食事を奢るこの男の仕事はいったいなんだろうか。身なりが良いことからしても遊び人ではないだろう。だが食事の仕方や仕草に高貴さはない。もしかしたら大店をもつ商人なのかもしれない。


 にしても、と思う。これだけ私たちが騒いでいるがこの酒場ではほとんど浮かない。というよりこの男が飛んでもなく地味なのだ。顔つきも服装もどこかに紛れてしまいそうな、どこにでもいそうな見た目。目が赤いということ以外で個性がない。その目も暖色の明かりの下では全く目立たなかった。



 「奢ってもらう私が言うことじゃないけど、会計大丈夫なの?」

 「この程度なんでもない。何よりこの国のために剣を振るい働こうという奇特な伯爵令嬢がいるというのだ。こんなものは先行投資だ先行投資!」



 地元にいるやたらと若者に奢りたがるおじさんの姿が同い年くらいの青年に重なった。どこか年より臭い青年だ。

 ふと扉についた大きなベルが鳴るのが聞こえた。そしてそれと合わせてファルがニヤアと笑う。

 つられて扉の方を振り返れば目に入る騎士団の軍服。そして見覚えの顔だった。



 「あなたはどうして一人でそうフラフラと……!」

 「やあ、久しぶりねレオン」



 肩を怒らせながら店に入ってきたレオナルド・ラフヴァルは私の顔を見てあっけに取られた。久しぶりに見た間抜けな顔だ。私が一人で森に入って鹿を狩ってきたときや、三対一で受けた剣の勝負に圧勝したときに見た顔と一緒だ。この状況がどういう状況がわからない、という情報処理が追い付いてないときの顔だ。



 「アッアコニートなんでお前が王都に!?」

 「騎士になりに来たの。前に手紙を送ったでしょ」

 「はあ!? 本気だったのかあれ!」

 「あと宿とか取れてないから、住処が確定するまでちょっとレオンの家においてくれない?」

 「はあああ!? 久しぶりに会ったと思ったらなんなんだお前!? 無計画すぎるぞ!?」



 相変わらず口うるさい幼馴染だ。常識人過ぎて先ほどの話に出てきた割を食う代表だと改めて思わずにはいられない。

 がつがつとブーツを鳴らし近づいてきてかがんだレオナルドに近づいてからのお説教コースかと思えば、彼の視線は私を通り越した。

 小声でしかしいらだった様子で彼は隣にいたファルを叱りつけた。



 「あんたはこいつと何してんですか!? 馬鹿なこと言ってる猪女を諫めてくださいよ陛下……!」

 「固いことを言うな”レオン”」

 「愛称で呼ばないでもらえます!?」



 小声で怒り狂うレオナルドだが、もう私にはそんなことはどうでもよかった。

 彼はさっきファルに何と呼びかけた?



 「……陛下?」

 「なんだ?」



 この国の最上の地位に就く人間の敬称を口にすれば、なぜか隣に座っている青年が返事をした。

 レオナルドに引きずられるようにして私とファルは店の外へ連れていかれた。そして人気のない通りまで出てきて、私はレオナルドにつかみかかった。



 「ちょ、陛下って!? 陛下って何!? どういうこと!?」

 「どうもこうもお前が今日一日連れまわしてたのこの国の王、ファーベル・ダーゲンヘルム様だよっ! 昼間っから逃げ出しやがって……!」



 そこで日中ファルを追い回していたのがレオナルドを含む王国騎士団だったということに気が付いた。

 一日中観光地を案内するのが趣味のように街の人と話していたが、よもやそれがこの国のトップであるはずがない。それもこんななんのオーラもないどこにでもいそうな青年が。

 昨年前王が崩御されたという話はもちろん田舎である自領にも届いており、父が葬儀に参列した。そしてその王の座を一人息子が継いだ、という話は確かに把握していた。



 「こんっな平凡そうなのが陛下!?」

 「本人の前で口が過ぎるぞこの馬鹿女っ!」



 湯沸し器のようにまた怒るレオナルドを横目に、ファル、もとい陛下はゲラゲラと心底愉快と言わんばかりに腹を抱えていた。

 そして彼は今まで一度も王であるということを否定していない。

 代替わりしていたのは知っていた。だがこの凡庸な見た目、初対面で気づけるはずがない。



 「さて、いまだ信じ切れないプロスパシア伯爵領末娘、アコニート・プロスパシアよ。改めて自己紹介をしてやろう」



 いつの間にやら周囲に騎士団の団服をまとった男たちが集まってきていた。

 日没間際の赤い光を一身に背負って、この国の国家元首は恭しくしかし傲慢に私を見た。



 「私は第28代国王、ファーベル・ダーゲンヘルムだ。”前王の放蕩息子”にして”前代未聞のうつけ”宰相に随うしか能のない”宰相の傀儡”好きなように呼ぶといい」



 あぁ、と思い当たる。噂には聞いていた。

 前王が病に身罷られた後即位した嫡子は遊びまわるばかりの放蕩息子。まともな政は行わず、ほとんどをきな臭い宰相に任せている有様。そのおかげで宰相は政を好き勝手に執り、前王の忠臣であったはすの者たちを次々と中枢から遠ざけ、よりこの国を自身がほしいままにしようとしている。そんな噂を。


 次の王は頼りない。

 まだ子供でできることなどない。

 早く正しく導ける者を陛下に宛がわなければ。


 

 「アコニート・プロスパシア。プロスパシア伯爵令嬢、巨猪殺しの娘、高貴な狩人、諦念を踏みつける者、勇猛果敢な女騎士になる者よ」



 そんなはずがない。これが頼りないだと? 傀儡だと? そうであるはずがない。



 「王都はお前を歓迎しよう。この国のために振るう力、身勝手に貪欲に功を求める姿勢。期待しているぞ」



 考えなしの傀儡が、遊んでばかりのうつけが、こんな顔で笑うものか。

 こんな凄絶な顔をするものか。

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