表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/25

伯爵令嬢は普通の幸せを望まない 2

 プロスパシア領に戻って3日、見合いの日がやってきた。

 本来であれば辺境伯子息との見合いともあればあらゆる準備が必要となるが、今回は事情が事情。伯爵令嬢である私もドレスの用意すらせず、騎士団の礼服を着るに留まっている。ドレスではないが正装は正装。さらに言えば辺境伯子息殿は「騎士団に在籍する私」に会いに来るのだ。ならばそれなりの格好をすべきだろう。

 そもそも見合いというのはあくまで家同士の話、当事者たるバイオネッタ・スクード自身に結婚する意志があるかも怪しいだろう。騎士団の後輩を見に来た、くらいのつもりもあり得る。そうであればこの上なく気が軽いのだが。




*************************




 黒髪黒目、精悍な顔立ちをしたバイオネッタ・スクード。スクード辺境伯の三男にして元王国騎士で私軍の将軍も勤める武闘派。体格もよく顔立ちも整っているとあれば婚約者の一人二人、引く手数多というものだろう。

 目の前に座る男は、ひどく居心地が悪そうで、困惑と苛立ちを綯交ぜにした顔をしていた。



 「それで、その、プロスパシア嬢には申し訳ないが、今回見合いという話は今の今まで、聞いていなかった。ただ私は騎士団の後輩と会う機会を設けられたとしか聞いて無くてな……」



 とんでもない地雷をスクード伯から丸投げされた気分だ。深く深くため息をついた。

 バイオネッタ・スクードは見合いということをプロスパシア領に来るまでの馬車の中で初めて聞かされたらしい。バイオネッタは今特に結婚するつもりはなく、仕事に専念することを希望しており、もし結婚するとしても、嫁入りして自領で支えてくれる人がいいとのこと。つまり万が一結婚したとしても王都から離れる気も騎士をやめる気もさらさらない私は最初から完全に彼の対象外になる。

 まともに説明せず馬車に乗せて連れてきたのであろう彼の部下は壁際に立ち目を逸らしている。



 「いえ、私も結婚する気も退職する気もなく、見合いの話は聞いていましたがお断りするつもりでしたので、私としてもそう言っていただけるとありがたいです」



 ただまあ不本意なのは結構だが苛立ちを相手に見せるその無礼さはいただけない。家柄としてはスクード辺境伯の方が上だがこちらも腐っても伯爵家。いい年して感情もまともに隠すことができないならほかの見合いの話とてまとまらないだろう、と心中で毒づく。きっと辺境伯も手を焼いているのだろう、だから何も説明せず馬車に突っ込むこととなった。そしてその不出来な息子の処理をなぜ私がしなくてはならないのか。



 「どうぞ気を楽にしてください、スクード殿。あなたもかつては王国騎士団に所属していたと父からうかがっています。見合いという話は置いておいて、騎士団の後輩である私とお話ししていただけませんか?」

 「ああ! 気を遣わせてしまってすまない。それはそれとして、君に会ってみたいとは思っていたんだ。騎士団始まって以来初の女性騎士。しかも尋常じゃなく強い聞いている。あと少しスクード領に戻るのが遅ければ君の活躍を見ることができたのにと歯噛みしていたんだ」



 水を得た魚のように生き生きと話し出すバイオネッタに後ろの部下がうなだれた。なんともまあ演技もできなければ腹芸もできないとは。愚直すぎるその様子はなるほどまごうことない脳筋である。

 自分の家が陛下から割と冷遇されているという自覚は果たしてないのだろうか。私の話は彼の元同僚から聞いているはず。要する私の使いようによっては現在の待遇の改善の糸口にもなる可能性はあるにも関わらず、完全無視してただお話を楽しみに来てしまっている。

 まともに説明をしなかったスクード辺境伯のミスか、それとも演技などできるはずないと見限った上での英断か。

 ただお互いに毒にも薬にもならない平穏な時間を過ごしそうな予感がした。





 「陛下の忠実な猟犬とまで呼ばれるその腕、ぜひ一度見てみたい」



 目を輝かせる男はさながら人懐こい大型犬だ。一応見合いという話だったが、もはや歴代の私に勝負を申し込んできた男たちと変わらない。



 「ええ、構いませんよ。私もこの国の国防の一端を担う辺境伯将軍殿の腕には興味があります。……幸いというべきか否か、この辺りでは腕試しをしたがる者が多い。そういった時のスペースは私兵がなくとも確保されています」

 「それはありがたい! 現騎士団の隊長格の力、拝見しよう!」



 脳筋と脳筋なのだ、後ろで半ば放心している彼の部下には悪いが、うまいこと話しがまとまるはずもない。バイオネッタ・スクード殿には一戦したのち速やかにお帰り願おう。

 もちろん手を抜くつもりはない。相手は何年も前に騎士団を脱退したとは言え重要拠点を抑える辺境伯の将軍を勤めているのだ。伯爵家の三男であるということを差し引いてもその地位に就くだけの実力はあるはず。そしてこちらは仮にも騎士団の名を背負う者。負ける気はないがうっかり膝でもつこうものなら王国騎士の名折れだ。


 それにスクード辺境伯含め、ダーゲンヘルム王国内で私兵を持っている家は少ない。私兵を持っている家は他国との戦争になった際に協力を申し出たり、どこも国境に位置しているため他国からの侵攻を防ぎ牽制するという役割がある。

 けれどその一方で王国に反旗を翻す可能性もゼロではないのだ。

 なにより今ダーゲンヘルム王国内の情勢は落ち着いており、ダーゲンヘルムの怪物の噂のおかげで他国も近づいたりはしない。それこそラクスボルンが異例なのだ。そしてそのラクスボルンの侵攻は王国騎士団のみで静かに行い、あとは自然崩壊に任せている。つまり王国に恩を売るだけの成果も挙げられていない。今や私兵を持つ家々にとっては私兵たちは金を食うばかりの無用の長物なのだ。長年私兵を養ってきた以上、手放すという選択肢は取れない。

 万に一つ、最悪の事態だが反逆に走ったのなら、一切の希望なく打ち砕いてしまえるよう、情報を集めておくのは有用だ。

 今日はきっちり相手を負かし、騎士団としての誇りを守り、お帰り願おうではないか。


部屋から出てきた私とバイオネッタの姿を見て廊下に控えていた使用人が「おっ」という顔をして、それから苦笑いをした。大方何をするか察したのだろう。



 「少し遊ぶ。刃を潰したものを倉庫から持ってきてくれるか」



 使用人を見送り庭へと向かう。



 「無礼を承知で聞くが、私兵を持っているわけでもなく、騎士を輩出しているわけでもないプロスパシアで、なぜ君は剣を持ったんだ?」



 よくある質問、というより当然の疑問だろうと笑う。



 「私は剣を持ったわけではありません。最も得意とするのは弓。弓も槍も剣も、私にとっては誇りだなんだというものではなく、害獣を狩る道具です。プロスパシアは農耕地帯であると同時に多くの動物が生息する地域。鹿、猪、熊に狼、それらを狩り、領民の安寧を守るために必要なんですよ」



 私だけではない、プロスパシアでは平民が武器を持つことも一切禁止していない。要するに、鍬や鋤を持つのと同じように農地や家畜を守るのに必要なのだ。



 「守るために手を出して、そして思った以上に私はそれが性に合っていた。だから手放したくなかったんですよ。女だと舐められたとしても、諫められたとしても、手放すことが我慢できなかった。それで実家プロスパシアを飛び出して王国の騎士にまでなりました」

 「なるほど、肝が据わっているというか、清々しいな。……男女問わず君のように、手にあるものを生かすことができればいいのに、と思わないではいられないよ」



 諫めるでもなく、褒めるでもないバイオネッタの言葉に口を開こうとして、やめた。何を思っての発言か、それを今私が掘り下げる必要はない。少なくとも、何を思っての発言か、それはきっとスクード領の中のことだろう。

 どうすれば叶うかなんて、場所とタイミングと人によって異なる。



 「……環境、じゃないですか。プロスパシアうちは兄も姉もいますし、私自身に求められる役割もあまりありませんでした。だからこそ女騎士なんて絵空事みたいなこと言って王都まで飛び出せました。もし私が一人娘だったなら、こうはいかなかったでしょう」



 私は恵まれていた。

 女だからと軽んじられる社会であるが、両親は私を軽んじたりはしなかった。

 結婚して子供を産み、有力な貴族との橋渡しとなることを求められるの常識だが、私には姉たちがいた。

 夢見がちな子供なんて食いつぶされるのが関の山の世の中で、私は陛下に拾ってもらった。

 ただただ、運がよかったのだ。



 「けれどもし、私のように女でありながら武を持って乗り込んでいきたいと思う人がいるなら、私がいるだけで多少の助力になれていると思いたいですね。絵空事だと笑われても、なした人間がいるならそれは地に足のついた現実になる」



 自分勝手に動き続けてきた。

 誰かが我慢しているから、自分も我慢すべきなんて思えない子供だった。むしろ今もそれは変わっていない。結果を出せばいいのだろうと喧嘩を売り続けている。折れそうになりながら、逸れそうになりながら。

 けれど結果を出したからにはもう、だれにも絵空事だなんて言わせない。



 「私の憧れは本の中でした。けれど今から私と同じ立場になりたいと願う人がいるなら、それは現実に即した憧れになるでしょう。そう思うと、好き勝手やってきた自分を少しだけ許せる気がします」

 「君は、好き勝手やったことを許せていないのか」

 「ええまあ。見合いをと親に言われれば仕事を休んでプロスパシアに戻ってくるくらいには」



 少しだけ困ったような顔をするバイオネッタにフォローを入れてやることはしない。あまりにも無礼な態度と訪問についてはどうか反省してほしい。多少なりとも状況と立場と振る舞いを学ばなければやっていけないだろう。



 「それでも後悔だけはしてません。私は私にできることをするだけです」



 今後も何も変わらない。プロスパシアに戻ってくることも、騎士をやめることもない。

 庭へ出ようと扉に手をかけようとしたところで、それは外から開けられた。



 「アコニート……!」



 なぜかそこには息を切らせたレオナルドが立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ