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伯爵令嬢は王国の騎士になりたかった

 ダーゲンヘルム王国といえば、諸国から「怪物の住まう国」として恐れられてきた。

 ある娘は語る。



 「暗い森に囲まれたダーゲンヘルム王国は、死にもっとも近い場所。カラスが啼き、狼が走る。入った者は二度と戻ることはない。そんなダーゲンヘルム王国の王は何千年も生き続ける怪物にございます。夜な夜な城から抜け出しては、国に迷い込んだ者を喰らう。頭の先から足の先まで、臓腑から血の一滴、骨のかけらも余すことなく、ダーゲンヘルム王は喰らい尽くします」



 語り手によって物語は捻じ曲がり、尾が生えひれが生え、小さな物語の種は悍ましい怪物への恐怖へと変わる。

 そんな諸国より恐れられるダーゲンヘルム王国だがその実、恐ろしい国でもなんでもない。国民は穏やかな気質で物語や文学を愛する国だ。

 諸国から恐れられているおかげで戦争などとは基本皆無。大々的に貿易を行うことはできないが幸い資源は国民の生活に足るほどにはある。もっとも、それは国全体での話だ。ミクロレベルでは貧富の差はあるし、貴族であろうと食うに困る者もいる。



 「アコニート、お前はいいとこの男を捕まえるんだよ」



 それが母の口癖だった。

 プロスパシア家は地方貴族だ。伯爵家でありながらここ数代の領民の流出は多く税収は悪い。そのうえこれといった売りも名物もないせいで回復の見込みもない。ものすごく優秀な人間を輩出しているわけでもない。ぎりぎり貴族という体面は取れているが、寄れば張りぼてのようなものとすぐわかる。


 私、アコニート・プロスパシアはそんなプロスパシア家の7人兄弟の末子だった。


 2人の兄と4人の姉。

 没落貴族には多すぎる子供だった。それゆえに姉たちも含めて私たちは政略結婚の道具でしかなかった。少しでも上流の貴族と結婚して家を回復させたいという事情を両親は特に隠そうともしなかった。

 兄も姉もそれに致し方ないと納得していた。家のため家族のため領地のため。


 けれど私は納得できなかった。

 結婚なんてしたくないし、好きなことをしていたい。

 その身を着飾る美しいドレスより、木の上から見た夕日の方が美しい。

 どこぞの令嬢たちと陰湿な話をするよりも、弾き語り屋の物語を聞いていたい。

 馬車に乗るより馬に乗りたい。

 誰かの後ろを歩くより、一人胸を張って歩いていたい。

 誰かに庇護されるよりも、誰かを守れる人でありたい。


 かつて絵本で見た騎士の少女がいた。

 彼女は誰より努力して、認められるほど強くなった。国のあちこちを見て回り、困った人々に手を貸した。そして彼女は国王となり、国民から愛される賢王となった。

 清廉で実直で、そして強い少女に私は幼心に憧れた。

 今更物語の主人公になれるなんて思ってない。

 自分は特別じゃないことくらいずっと前から気づいてた。

 それでも7人いる子供たちの内、一人くらいいなくなってもいいじゃないか。



 「私、王都に行って騎士になるから」



 両親や姉たちにそう宣言し、夢見がちな子、と微笑まれた5歳のころ。


 そして領地の外れで農作物を食い漁っていた巨大な猪を仕留めた15歳。



 「……あんたの結婚相手を見つけるのは無理ね」



 とうとう母に諦められた。

 そのころには周辺領地にプロスパシアの末娘の名前は知れ渡っていて、それどころかとんでもないじゃじゃ馬がいると剣や弓の勝負ををさせられることも度々あった。


 その度私は嬉しかった。没落貴族の末娘でも、年頃の令嬢としてでもない、自分の能力に興味を持って訪れる人は私のことを誰も対等に見ていた。それこそ最初は私のことを馬鹿にしていた者もいたが勝負が終われば対等か、それ以上に見てくれた。


 母や姉たちはもったいないだとか、器量は良いのに残念だとか好き勝手言っていた。

 けれど私は知ってる。


 一番上の姉は絵本を書くのが好きだ。子供たちも好き。領地の子たちに読み聞かせをしていた。でも結婚するから、令嬢に相応しく、と絵筆をとるのをやめてしまった。


 二番の姉は歌を歌うのが好き。伸びやかな声は木々のさざめきや風の囁きに負けないほどに綺麗だった。けれどはしたないから、と歌うのをやめてしまった。


 三番の姉は動物が好き。動物たちも姉のことが好きで、馬もヤギも犬たちも、みんな姉の言うことをよく聞いた。けれど動物の世話は使用人の仕事だから、と動物たちの世話をやめてしまった。


 四番の姉は植物を育てるのが好き。庭のバラもラベンダーも姉が植えたもので、美しい花を咲かせていた。けれど土仕事は令嬢のすることじゃないからと、土に触れるのをやめてしまった。


 4人とも、やめることを嫌がっていたわけではなかった。でもみんな、それは仕方のないこと、と寂し気に手放した。姉たちはそれぞれ婚約者持ち、仲良くしている。それはもしかしたら「貴族の令嬢らしく」していたからかもしれない。でもそれは本当に好きなことをやめてまで手に入れなければならなかったものなのだろうか。


 私にはずっとわからなかった。



 「いいことアコニート。あなたにもきっとわかる日が来るわ」

 「いつ?いつになったら好きなことを手放してもいいって思えるの?」

 「あなたが大人になったらよ」



 15歳の春。私は馬も、剣も、弓も手放さないまま大人になった。

 それを持っていることを邪魔と思ったことはない。

 馬に乗れるから、私はずっと遠くのものを見に行ける。

 弓が扱えるから領地を荒らす害獣を退治できる。

 剣を扱えるからプロスパシア伯爵領を訪れる人がいる。



 「私は十分幸せだ」


 

 何も手放さなくたって、私は幸せになれる。



 「王都であんまり馬鹿なことしないでよ?」

 「いいアコニート? 街には猪も鹿もいないから食料の調達は文明人らしくするのよ?」

 「知らない人にはついていかないこと! 単純な暴力で解決しない問題の方が街には多いんだからな」



 そうして呆れ半分心配半分の家族に見送られ、私は幼いころ夢に見た王都へと旅立った。

 何もなく貧しい領地から華やかで活気ある街へ行ける。それだけで胸がざわざわした。


 最悪どうにもならなければ昔馴染みに仕事を紹介してもらえばいい、と一つ手紙を出してから、私は愛馬で走り出した。




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