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伯爵令嬢は悪役令嬢の物語に触れる 2

 少女の嘘に気が付いたラクスボルンはカンナ・コピエーネに見切りをつけた。そしてその代わりに1年前に追放したシルフ・ビーベルを求めた。

 騙され嵌められ、国を追放された哀れな公爵令嬢と、国一つ混乱に落とし入れた大法螺吹き。


 ラクスボルンはこの失態を決して国民に知られてはいけない。秘密裏にすべてを処理し、何事もなかったように過ごさなくてはいけない。

 だから考えたのだ。

 ”カンナ・コピエーネ”と呼ばれる王子の婚約者を処さず、大法螺吹きを処する方法を。

 ”シルフ・ビーベル”と呼ばれる大罪人の罪を否定せず、王子の婚約者の席に座らせる方法を。

 

 その大法螺吹きの語ったある物語がある。



 「痘痕の姫」


 あるところにそれはそれは美しい娘がいた。その美貌は他国まで知れ渡るほどで、ある日大国の王子から結婚を申し込まれた。娘の家は貧しい家で、家族は大いに喜んだ。けれど輿入れの前夜、娘はさめざめと泣いていた。話を聞けば彼女は牛飼いの青年と恋人同士だったのだと。たとえ王子がお金持ちだろうと、どれだけ顔が美しかろうと、決して結婚を喜べない。すると見かねた妹がこう言いだした。


 「じゃあ私が姉さんの代わりに王子様と結婚するわ」


 それを聞いて家族は大慌て。上の娘は大層美しかったが、下の娘はしばらく前に天然痘に罹ってその顔には痘痕が残されていたのだ。もし美しいものが好きな王子が怒ったりしたら自分たちはひとたまりもない。けれど妹は眦を釣り上げて両親に言う。


 「怒るかもしれない。でももし姉さんが王子様と結婚して、そのあと姉さんが私みたいに病気になって、美しさが失われたらどうなるかしら。”美しいもの”が好きなだけの王子様に私の姉さんはやれないわ」

 「だがそれならお前はどうするんだ。お前がひどい目に遭うかもしれないじゃないか」

 「私なら大丈夫。目元だけなら姉さんとも似てるし、いつものフェイスベールをしていればしばらくは誤魔化せるわ。その間にみんなは逃げてしまえばいいの。私も半年したらお城から逃げ出すわ」


 両親も姉も止めるが、頑固な妹は一度決めたら聞こうとせず、とうとう美しい姉の代わりに痘痕のある妹が王子の下へと嫁いでしまうこととなった。

 王子は大層美しいと噂の娘を心待ちにしていたが、現れた娘は顔の半分以上を布で覆っていた。


 「君は誰よりも美しいと聞いている。どうかその布をとって顔を見せてはくれないか」

 「いけません、結婚してから半年は、直接顔を見せてはいけないと言いつけられているのです」


 王子は大層がっかりしたが、それでも半年も待てばその美しい容貌を見られると思い我慢することにした。それに娘はとても美しい目の色をしていたからそれを見つめるだけで溜飲を下げた。

 一方娘はお城に来てからせっせと抜け道を探し、半年後顔を見せるときのための逃げ道の確保に奔走していた。お城の中でも人目につかない廊下、巡回する兵士の少ない時間帯、自分でも乗ることができそうな馬に目星をつけていた。


 2か月経って、やはり王子は娘の顔が見たくなった。


 「2か月我慢したけれど、やはり君の顔が見てみたい。どうか少しでいいから顔を見せてはくれないか」

 「いけません、結婚してから半年は、直接顔を見せてはいけないと言いつけられているのです。どうかあと4か月お待ちください」


 王子は大層がっかりしたが、娘はとても美しい声をしていたから、あと4か月は我慢することにした。その代わり、王子は娘とたくさんの話をした。

 一方娘はせっせと兵士や給仕たちから情報を集め、お城の構造を頭に叩き込み、小さいけれど走るのが早い馬の世話をしては餌付けをしていた。


 4か月経って、やはり王子はどうしても娘の顔が見たくなった。


 「4か月我慢したけれど、やはり君の顔が見てみたい。どうか一目でいいから顔を見せてはくれないか」

 「いけません、結婚してから半年は、直接顔を見せてはいけないと言いつけられているのです。どうかあと2か月お待ちください」


 王子は大層がっかりしたが、娘の話す田舎の情景がとても美しかったから、あと2か月くらいならと、我慢することにした。

 一方娘は2か月後に向けて一度飲んだら一晩起きないワインを街で手に入れたり、こっそり兵士に頼み込んで乗馬の練習をしていた。


 そしてとうとう、王子と結婚して半年がたった。

 娘は王子に聞く。


 「まだ私の顔が見たいのですか?」


 王子が見たいと答えたら、ワインを飲ませ、寝ているうちに逃げ出すことにしていた。足の速い小さな馬はとても娘に懐いていたし、夕方になると裏門の警備が甘くなることも娘は知っていた。

 けれど王子は首を横に振った。


 「いいや、良いよ。君は僕に顔を見せたくないんだろう。けれど顔を見るまでもなく、君が美しいのを僕は知っている。君の青い目は空の青を閉じ込めたみたいだし、君の声は鈴が鳴るようだ。それに君にはとても教養がある。美しくてもそうでなくても、それだけで僕は君と結婚してよかったと思うよ」


 娘は王子の言葉に耐えかねて自分からフェイスベールを外して謝った。


 「申し訳ありません。私はあなたの求めていた美しい娘ではありません。私は彼女の妹です。痘痕の顔で美しくなく、そのうえあなたのことを騙していました」


 娘は騙したまま逃げ出そうとしていたことを恥じて、もうここで殺されても仕方がないと覚悟を決めた。

 けれど王子は怒ることなく笑って娘に言った。


 「本当のことを言ってくれてありがとう。痘痕があったとしても、君は美しい。その目が、声が、話す言葉が、そして誤魔化すことだってできたのに事実を告白したその良心が美しいよ。”美しい君”の顔を見ることができてうれしいよ」


 美しいものが好きな王子は娘の”美しさ”を愛し、嘘も何もかもを許し、逃げてしまった家族も罰することはないと伝えた。

 その後も娘はフェイスベールを常につけていたけれど、王子の前でだけはその布を外して見せた。

 そうして痘痕の娘は美しいものが好きな王子と幸せに暮らしたとさ。



 外側の美しさばかりを愛した王子が本質的な美しさに気づき、偏見の目で王子を見て家族を助けるために王子を騙し逃げ出そうとしていた不誠実さに娘が気が付く、そんな話である。


 けれどこの物語で重要なのは、顔さえ隠してしまえばどの娘も見分けなどつかない、ということ。そのうえ名前を騙ってしまえば誰も疑おうともしない、ということ。そして痘痕のある者が顔を隠すのは決して珍しいことではない、ということである。


 つまり痘痕を隠すという名分をもとに、顔を隠すことは可能であり、よほど近づかない限り疑いすら抱かない。

 天然痘を患ったカンナ・コピエーネという皮を被り、既に亡き者となっているシルフ・ビーベルが成り済ませば、近くにいる者以外は憐みの目以外で見ることはなく、疑念を抱く者はいない、ということである。


 そのラクスボルンの計画は決して荒唐無稽なものではなかった。故に、天然痘を患ったカンナ・コピエーネという役を別の娘に演じさせればきっとうまくいっただろう。

 けれどラクスボルンは中途半端な罪悪感を騙され、追放された公爵令嬢に抱いてしまった。

 カンナ・コピエーネの代わりに、王子の婚約者として呼び戻そうなどと考えてしまった。


 彼らは運が悪かったのだ。


 運悪く少女の虚言を暴くことができなかった。

 運悪く森に置き去りにした少女が生き残ってしまった。

 運悪く、その少女が隣国の王にいたく気に入られてしまった。

 運悪く、その王は人の王ではなく、人の道など知らない怪物であった。


 そしてまったく運の悪いことに、その怪物は自分の所有物に手を出されることを、ひどくひどく、嫌悪していた。



 「なぜ……なぜこんなことに……」



 蚊の鳴くような声で呟いた男に返す言葉があるとすれば「運が悪かった」ただそれだけだ。

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