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全能神が報告します!  作者: 合田うり
―ファザム王国編―
9/15

9 はじまりの街

この回から下界の旅が始まるので、芽依の呼び名が本文中でも洗礼名の「ジュリア」に変わっています。


読んでくださっている皆様、有難うございます。

暇つぶしにでもなれば幸いです。

子猫は元気です。650gから800gになりました。

 出口の様に開いた洞窟の天井の一部から、ジュリアとアーテル、そして二頭の龍たちが飛び去って行くのを、大人龍たちはその姿が消えるまで見送っていた。


 すっかり暗くなった空には満天の星が煌めき、三つの月が神々しい光を放っていた。

 アーテルの背中で風を感じながら、古龍の巣がある山を見下ろすと、その裾は雲の下で見ることが出来なかった。

 その情景から、古龍の巣はかなりの高さであることが分かる。確かに、空を飛べるものでなければ、巣には到底辿り着けないだろう。

 ジュリアはこの山を一人で下りることにならなくて良かった・・・と心底古龍たちに感謝していた。

 例え徒歩で下山したとしても、どれだけの時間が掛かるか分からない。


 神であるジュリアにとっては、山を下りることも海を渡って大陸へ行くことも実は簡単に出来てしまうのだが、どうにもまだ神である実感が薄い彼女は、自分の力の強さと使い方を全く理解していないがために、今後も多少の苦労をすることになる。

 だが、神であることを隠して『普通』の冒険者として世界を廻ることを望んでいるジュリアにとっては、これが都合の良い『知識不足』と言えた。


 少し飛んだところで雲の下へと降下していくと、背後に『天空の絶壁』と呼ばれる古龍の巣である山肌と、その山を頂く『死の島』の全貌が見て取れた。

 ジュリアの知識には『死の島』と『天空の絶壁』に関しては無難に納められていたが、その大きさまでは知り得なかったので、意外に小さな島であったことに少し驚いてもいた。


「死の島は、結構小さいんだね」


 思ったことを口にしてみると、右を飛んでいたアルが視線を一瞬後方の島へと走らせる。


「あの島は、我々古龍が住まう山を置くためだけに、創造神様がお創りになったと聞いています。空を飛ぶ私たちには陸はほとんど必要としませんでしたから、巣さえあれば山を置く島はそれほど大きい必要はないのです。それでも、山の麓にいる魔物や魔獣は並大抵の者では傷を付けることも出来ないものばかりですよ。そのため、高ランクの魔物や魔獣たちが謀らずも巣の護衛の役割をしているような形になっていますが」


 優秀アドバイザーのアルが、ジュリアの知識を補うように島の説明をしてくれた。


「山の麓に高ランクの魔物や魔獣がいなくても、あの島へ辿り着くことはかなり難しいんでしょ?」

「そうですね。ですが勇者や賢者、魔王といった者たちならばあの島へ辿り着くことも不可能ではありません。実際、過去には何人かあの島へ辿り着き、龍王の元へ辿り着いた強者もいましたから」

「おお~・・・辿り着いた後のことは聞かないでおくね」

「ははは」


 元は生き物であったであろう肉の山を思い出し、ジュリアは眉間に皺を寄せる。

 その様子をみて左を飛んでいたルーが楽しそうに笑っていた。


 雲の下へ出たが、目の前は黒い海が見えるばかりで、陸を視認することは出来ない。海面は月の光を反射して薄ぼんやりと光り、幻想的な光景を映し出しており、ジュリアは感嘆の息を吐く。

 上空は気温がかなり低いらしくその口からは白い息が出てきたが、ジュリアは全く寒さを感じていなかった。

 旅立つ直前にアルに追加された黒いローブが風除けになってくれているからとも考えたが、シャフェイ特製のこの身体自体が環境に適応し、寒暖を感じさせていないのかもしれないと思い直した。


 30分程他愛もない話を三頭としながら飛んでいると、やっと視認できる距離に陸地を確認し、ジュリアの期待感が一気に大きくなった。

 

 大陸だ!やっと旅の始まりって感じがする~!!


 忙しなく始まった万能神としての旅だが、前世で異世界や魔法の世界に憧れがあったジュリアは、実はかなりこの異世界転生をワクワクした気持ちで迎えていたのだ。

 もちろん、ジュリアの異世界転生を認めた前世の神様への感謝も忘れてはいない。今は同格の『神』となった身ではあるが、前世の神様への信心はきっとジュリアの心から今後も消えることはないだろう。


 大陸の上空へ入る前にジュリアは一応、三頭を含める自分たちへ隠蔽魔法を施した。無詠唱で掛けたため、一瞬三頭は警戒したように驚いていたが、すぐにジュリアの魔法だと気付いてその警戒を解いていた。


「ごめん、掛ける前に言うべきだったね」


 申し訳なさそうに謝るジュリアに、アーテルが顔だけ振り向いてニコリと微笑む。


「お気になさらず!ですわ。確かに、闇に紛れているとはいえ今宵の月光は大分地上を明るく照らしておりますから、隠蔽魔法を掛けておくのが得策ですわ」

「うん、僕もちょっと今日は明るいな~って思ってたから、ジュリア様の判断は間違っていないと思うよ!」


 アーテルとルーの言葉に、ジュリアは満足気に頷いた。


「ジュリア様、もう少しで一番近い街が見えてきます。あ、ほらあの街ですよ!」


 アルが視線で指す先には、暗闇に煌々と浮かび上がる光の列が見えていた。ゆらゆらと動いて見えるそれは恐らく、家々の光や街灯の光なのであろう。

 そして一際明るく光る、大きな建物も遠くに確認できる。

 無意識に視力に強化魔法を掛けたジュリアの眼には、かなりの距離があるもののそれが立派な城であることが見て取れた。


「あの街、お城があるよ」


 アルが首を縦に動かし頷いた。


「ジュリア様の知識に、ファザム王国という国がありますか?」

「うん、あるよ」

「あの街が、ファザム王国です。人間たちが言うところの王都というものでしょうか」


 ファザム王国。強化された視覚には、街と言うには大きすぎるその国が映っている。

 ジュリアの知識には、グウェン・ディ・コルディア=ファザムと言う名の国王が治めている国だという情報があった。その他にも王妃や側妃、宰相などの情報もあったが興味のないジュリアは、すぐに情報を引き出す作業を止めてしまった。


 王族と関わる気は一切無いしね


 この心の呟きがフラグになるとも知らずに、ジュリアは森の一か所を指さしてアーテルに声を掛けた。


「あの辺で下りて、街まで歩こう。街の門で入国許可を取る必要があるでしょ?」

「ハイですの!」


 素直に頷いたアーテルは、ジュリアが指した森の空き地にゆっくりと降下していった。

 しっかりと地に足を着けると、アーテルは背を低くしてジュリアが降りやすいようにしてくれる。

 ふわふわの産毛に名残惜しさを感じながらも、ジュリアはその背から地へと降り立ち、胸いっぱいに森の空気を吸い込んだ。


「んー・・・緑の匂い!魔物とか魔獣が出るかな?」


 心配そうに聞いているが、その顔はどこか期待に満ちたように輝いている。

 そんなジュリアの言動と表情に、アルが苦笑したように顔をくしゃりとした。


「この辺りは街からそれほど離れていませんから、魔物や魔獣は冒険者たちに間引きされていると思いますよ。ですが、夜間は魔のものが活発になりやすい時間帯ですから、一応気を引き締めて行きましょうね」


 子どもとはいえ、生物界の最強種である古龍三頭と、何故か神の中で最強と言われている万能神メイクラマが魔物や魔獣に気を付けながら森を歩くということ自体おかしな話であることに、この場にいる一人と三頭は全く気付いていない。

 自分たちの能力や強さをいまいち理解していない弊害が、既に少しずつ出てきているのであった。


 隠蔽の魔法を解き、トイプーサイズに戻ったアーテルと他二頭を肩と頭に乗せて、ジュリアは街のある方へと歩き出した。

 空き地から森の中へ入ると動物のような鳴き声や遠吠えが聞こえるが、無意識に索敵をしているジュリアのサーチには、魔物や魔獣といった類のものは引っかからない。鳴き声は全て()()()()()であった。


 無意識の索敵を当たり前に受け入れているジュリアは、自分が常識からかけ離れつつあることに気付いていない。そして古龍の三頭も気付いていない。

 そんなことはお構いなしに、森を抜け簡単に整備された街道へ出ると、街の門は目と鼻の先だった。


「思ったよりかなり近い場所に降りたみたいだね。そんなに歩かずに済んでラッキーだったかな」


『そうですね。ジュリア様、ここからは人目があるので念話で失礼します』


 門兵の姿が見えると、アルたちは喋ることを止めて直接頭に言葉を送ってくる。

 前世で言うと、イヤホンやヘッドホンから聞こえてくるような感覚に近い。頭に響くのに、耳から聞こえてくるような、何とも言えない感覚だ。


「慣れるまで、つい返事しちゃいそうだわ・・・」


 念話に返事をしていたら、ただの独り言だ。

 念話では念話で返さないと面倒なことになりそうだと、気を付けるためにジュリアは気を引き締めた。


 そうこうしているうちに、門兵の顔が確認出来る所まで近づく。行商の馬車が2台ほどジュリアたちの前を並んでいたが、順番は直ぐに来た。

 平静を装っているが、この世界の初めての街にジュリアはドキドキとワクワクで小躍りしたい気分だった。


「ん?若い娘がこんな時間まで外にいたのか?」


 門兵の言葉に、ジュリアはこの街の住人だと勘違いされていることに気付いた。


「あ、いえ、私は旅の途中で・・・やっとこの街に辿り着いたところなんです」


 門兵が手に持っていた松明でジュリアを照らし、一瞬その表情が驚いたように固まる。

 ジュリアはその門兵の表情で、旅の途中と言いながら自分が手ぶらなことに気付いて「しまった」と胸中で天を仰いだ。


『アル!どうしよう!!旅の途中なのに、私手ぶらなんだけど!』

『仕方ありません、盗賊に襲われて物資は奪われたことにしましょう』

『アル、あなた天才だわ!!』


 慣れない念話でアルの知恵を借り、ジュリアは眉を下げて悲しそうな演技をしてみる。


「実は、ここまで来る道中で盗賊に襲われまして・・・物資を全て取られてしまったんです。なんとか逃げて来れましたが、本当に大変でした」


 まるで襲われた瞬間を思い出しましたと言わんばかりに身体を少し震わせて見せると、固まっていた門兵がハッと意識を取り戻し慰めるような眼差しを向けてきた。


「そ、そうか、それは大変だったな。だが、命があって良かった・・・その小竜はまだ子どもか?冒険者ならば登録証を見せてくれ。君は・・・テイマーだろう?」


 逆側にいる門兵は未だに固まったままジュリアを見ていたが、松明を照らしている門兵は三頭の竜を見てジュリアがテイマーの冒険者だとあたりをつけたようだ。


「あー、実はテイマーとして冒険者登録をするためにこの街へ来たので、まだ登録証を持っていないんです」


 申し訳なさそうに上目遣いで門兵を見ると、その顔が微かに赤くなったがジュリアはそんなことには気付かない。


「そ、そうか。ならばすまんが、罪人ではない証明に『審判の魔玉』に手を置いてもらうぞ。あと、名簿へ名前の記帳も頼む」

「分かりました」


 固まっていた逆側の門兵が慌てたように、台座に乗った乳白色の丸い玉を持ってきた。これが『審判の魔玉』なのだろう。

 ジュリアの知識には、この魔玉の情報は無かった。


 本当に・・・全知神仕事してよ・・・


 ()()()()のが正しいのか分からないが、ジュリアはこの玉に手を置くしかない。

 そもそも覚醒してから罪を犯す間などなかったのだから大丈夫だと思うが、もし古龍の巣で手に入れた防具類が窃盗になるのなら・・・と考えてから、ジュリアは「あれは貰っただけ」と自分を言い聞かせた。


 三頭の竜たちがジッとジュリアの行動を観察しているのが分かる。

 念話で何も言ってこないところを見ると、きっと大丈夫なのだろう。

 ジュリアはそっと魔玉に手を置いた。

 すると、魔玉の色はたちまち綺麗な緑色へと変化していく。


「うむ、大丈夫だな。では、この帳面に名前を頼む。あと、君が連れている小竜の頭数とその名前もな。虫系統の従魔以外は、頭数と名前を明記する決まりなのだ。面倒だとは思うが・・・」

「あ、はい、大丈夫です」


 どうやら、魔玉の色は緑色で正解だったらしい。そして、古龍の巣で手に入れた防具類は窃盗には入らなかったようで、ジュリアは胸を撫で下ろした。


 言われた通りに記帳し、帳面を門兵に返すついでにジュリアはひとつ情報を貰おうと質問をしてみた。


「あの、この近くに良い宿屋ありませんか?」


 すでに時間は8の刻を過ぎているだろう。前世で言えば夜の8時過ぎだ。宿屋を決めなければ路上で寝ることになってしまう。

 この街の門兵なのだからきっと詳しいだろうと思い聞いてみたが、やはり、門兵は自信ありげにひとつの宿屋の名前を教えてくれた。


「ならば、ルンダの酒場に行くと良い。酒場と名前が付いているが、二階が宿屋になっていて女将がとても気前の良い人だ。君みたいな若い娘なら、ルンダのところが安全だと思うぞ」


 ルンダの酒場・・・なんだかどこかで似たような酒場の名前を聞いたことのあるような・・・妖艶な女将が居そうな・・・そしてパーティー仲間が見つかりそうな・・・いやいや、考えちゃダメだ


 ジュリアは門兵のてを握ってニッコリと笑いかけ「ありがとうございます!」と礼を言ってから、門を潜って街へと入って行った。


 手を握られ微笑みかけられた門兵は小一時間微動だにせず、握られた手は何日か洗わなかったとかなんとか・・・・・・・



 ユラユラと揺れる街灯を眺めながら、門兵が教えてくれた酒場までの道順を辿っていく。

 夜であるにも関わらず街中はまだ人が多く歩いていたが、女一人で夜間出歩いているのが珍しいのか、ジュリアを振り返り見たり、二度見したり、失礼にもガン見と言えるほど見つめてくる者たちが後を絶たなかった。

 だが、初めての異世界の街に「やっぱり街並みはヨーロッパ系なんだ~」と感動して興奮しているジュリアには、そんな男たちの視線は全くもって眼中になかった。

 むしろ、アーテルたちが近付いてくる周りの男たちにシャーシャーと威嚇していたのだが、それすらもジュリアは気付いていない。きっとアーテルたちがいなければ即座に声を掛けられていたであろうが、三頭の古龍たちはしっかりとジュリアの護衛を務めていた。


 ほどなくして木製の看板に『ルンダの酒場・宿屋』と書かれた建物を見つけた。

 迷いなく酒場へ足を向け、楽しみのあまり小走りになったジュリアは扉の前で躓き、思いがけず勢い良く扉を開いて店内へと入ってしまった。

 バタンッ!と勢い良く開いた扉に、酒場に居た客たちの視線が一斉にジュリアへと集まり、賑やかだった店内は水を打ったように静まり返った。


「あ・・・こんばんは・・・?」


 前世の名残か、お礼と挨拶は欠かさないジュリアであった。




※※※




「おい・・・あの娘見たか?」

 

 聞かなくても分かる同僚の顔を見ながら、ジュリアの入国手続きをした門兵が聞かずにはいられない・・・と言葉をかける。


「ああ・・・凄い綺麗な子だった。同じ人間か・・・?いや、人間族ではなくハイエルフとかかもしれない・・・」

「いや、あの子の耳は普通の人間のものだったぞ。仮にハーフだったとしても、ハイエルフとのハーフだったら耳は長いはずだ」

「それにしたって、あんな綺麗な子は初めて見るぞ。貴族や王族でもあんな綺麗な顔は見たことがない・・・」

「お前、不敬罪になるようなこと口にするなよ。今は俺たちしかいないから良いものの・・・」


 ジュリアを見て固まっていた門兵の二人は、その人間離れした美しさに言葉を失っていたのだが、当の本人は全く気付いていなかった。


「ありゃあ、盗賊にも襲われるわな・・・逃げて来れたのは奇跡だぜ」


 ジュリアの容姿に、盗賊に襲われたとついた嘘が信憑性のあるものになっていた。

 『審判の魔玉』では言葉の嘘は反応しないようになっている。誰しも小さな嘘はついたことがあるだろうそれに、一々反応していたらほぼ全ての人間が罪人となってしまうからだ。


 『審判の魔玉』は画期的な魔道具として今ではほとんどの国や街で入国する際に用いられているが、冒険者のように登録証があるものや商人や貴族のように通行証を持っている者には使うことはない。


 盗賊に襲われたと言っていたジュリアは、汚れた様子は一切無く、三頭の小竜の子どもを連れて手ぶらの状態はどうあっても異質だったが、その容姿のおかげでその辺が有耶無耶になっていた。


「子どもとはいえ、三頭も小竜を連れてるんだ。竜たちに助けられながら逃げて来たんじゃないか?」

「まだ冒険者に登録してないって言ってたけど、小竜三頭と契約してるってことはかなり魔力量があるってことだよな」

「いや、子どもの小竜だったらそれほど魔力も要らないのかもしれん・・・」


 ジュリアが去って行ったルンダの酒場の方へ、門兵の二人は無意識に視線を向けていた。


「いずれにしても、彼女に会いたければルンダのところに行けば会えるんだし、仕事が終わったら酒場に行ってみようぜ」

「気が合うな、俺もそう思ってたところだ」


 仕事が終わる10の刻まであと1刻半、二人の門兵は早く時間が過ぎろと心の中で唱えるのだった。


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