8 ジュリアの旅立ち
台風前に子猫を保護したりして、少し遅い投稿になってしまいました。
読んでくれている皆様、有難うございます。
子猫は元気です。
「ここですの」と皆が居た広い空間の隣からトンネルで続く新たな空間へと、三頭の古龍が案内してくれる。小さくなった三頭の背中を追って隣の間へ入ると、まず目に入ったのは乱雑に置かれた装備の山だった。高そうな防具や大剣に槍、杖もゴロゴロしている。良く見ると短剣や弓といった、ありとあらゆる武器が転がっていた。
更にその先に目を向けると、薄布の上に金貨・銀貨・銅貨が丁寧に積まれており、光モノを大事に扱っているのが良く分かった。
大きな魔石が付いた防具や杖、魔道具なども光モノだからか特別感を出して綺麗に並べられている。
これ、お金はともかく魔石の付いた装備品を貰ったら、すごく悲しそうな顔をされそう・・・
布の服を装備している芽依は防具と武器も一緒に貰うつもりでいたが、それは乱雑に置かれた方から選ぼうとそっと心の中で決め、先ずはお金の回収に向った。
そこら辺に放り投げられたように落ちていた比較的綺麗な革袋を拾い、金貨・銀貨・銅貨を多めに詰めていく。多めに詰めたつもりだが、積まれた硬貨はまだまだ沢山残っていた。
これなら古龍たちも悲しい顔はしないだろうと一人納得し、次に芽依はゴロゴロ転がっている防具を見繕う。
布の服はシャフェイたちが用意してくれたものなので、何かが付与されている可能性もあるため変更無しの一択だ。違う服に着替えるのは、後でステータスを確認してからでも遅くない。最初の街で買っても良い。
取り敢えず、胸当てと籠手、そして膝から装備できる脛当を探してみる。
すると、少し離れた場所に白い胸当てと籠手、脛当がひと塊に置いてあるのが見え、近づいて確認してみると女性用なのか他よりも少し小さめで芽依に合いそうなサイズだった。
錆や汚れもなくかなり綺麗に保たれていることから、この防具一式は何か特殊な材料で出来ているのだろう。
ここで魔法によってこの防具一式を鑑定しておけば、芽依は絶対にこの防具を装備しなかったに違いない。
そんなことは全く頭に無い芽依は、サイズが合って綺麗というだけで自分の装備としてさっさと身に付けてしまった。
全身オリハルコン製防具装備の初心者冒険者の出来上がりである。
目立つこと間違いない。
さらに、放ってあった近くの短剣を手に取り、黒色の鞘の中から抜き出して刀身を確認する。
淡く青色に輝く不思議な刀身は、芽依が指先で撫でるとその輝きを増し、紺色へと変化していく。
良く分からないが手に馴染むし面白いのでこれで良いか・・・と短剣を決めた芽依は、またしてもこの武器を鑑定しておけばよかったと、後に後悔することになる。
精霊王の魔剣『森羅万象を切り、全てを弾く、この世界で最強の短剣』を腰元に装備した初心者テイマーの出来上がりである。
装備のレア度が初心者とは言えなくなっており、もはや絵空事で語られる伝説の英雄のそれとなっていた。
芽依は全能神であるため、もちろん運命神の力も持っている。
そう、運が最強に良いのだ。強運どころの話ではない。
だが、それを当の本人が知るのは大分後になってからだった。
概ね自分に必要だと思えるものがタダで全て手に入り、芽依は少しご満悦だった。
ちょっと離れた場所に白骨っぽいものや色の変わった人型の何かが、異臭を放ってうず高く積まれているのは見なかったことにする。
幸いなのは、元が腐る前に防具などを剥いであったことだろう。防具にはそういった臭いは染み付いていなかったし、肉片が付いていることも無かった。
多少血糊と思わしき黒い染みが付いたものはあったが・・・
装備を万全にして隣の大広間に戻る。良く考えてみると、傷を負うことのないシャフェイ特製のボディなのだから防具は必要なかったかも知れないが、アルゲントゥムに「防具も身に付けてない冒険者なんていませんよ?しかもこれから冒険者登録する初心者なのですから、見た目は重要だと思います」と言われ、それもそうかと芽依は頷いた。
「おお、似合うではないか。立派な冒険者に見えるぞ」
「ありがとう」
防具と武器を装備した「冒険者」の芽依を目を眇めて嬉しそうに褒めるアウルムは、その眼差しが孫を可愛がるお爺ちゃんになっている。
王の威厳があったり、少年のような無邪気さがあったり、好々爺のような優しさがあったり・・・龍王とはなんとも変わった生き物である。
「それとな、失礼かもしれんがそなたのステータスは他人に見せない方が良いと思うぞ。神であることを隠したいのなら、ステータスの称号などは特に・・・」
「あー、なるほど。ステータスって称号とかもあるのね。ちょっと今確認してみるわ」
アウルムに最もな忠告を受け、芽依はやっと自分のステータスの確認を始めた。
本来ならアルヴィス達が説明すべき内容を古龍たちから教えてもらっていることに、この古龍の巣はチュートリアルだわ・・・と心の中で呟く芽依だったが、本当に最初が此処で良かったと胸を撫で下ろしていた。
えーっと・・・ステータスオープンとか言うのかな・・・
そう考えながら声に出そうとした瞬間には、芽依の目の前には半透明のステータスウィンドウが開かれていた。
無詠唱魔法・・・ほんと便利
現れたウィンドウを上から確認すると
レベル:-
種族:神
名前:メイクラマ
年齢:-
職業:全能神
称号:全能神/神々の希望の星/古龍の主
体力:-
魔力:-
状態:最強
と表示されている。
称号の神々の希望の星って何なんだ・・・て言うか、全能神って職業なのね。状態が最強って・・・それ状態って言わないのでは・・・
出だしから突っ込みどころ満載なステータスに、芽依は大きな息を吐いた。レベルや体力、魔力に関しては表示さえされておらず、更にその下にあるスキルのレベルも表示がない。
正確には表示できないということなのだろうと想像がつくが、これでは何かあったときにステータスを開示することは絶対に出来ない。
どうしたものかと思案していると、ウィンドウの左上に『偽装可能』と表示があった。
何の気なしにその表示を指でなぞると、『適正なステータスに偽装しますか?』と文言が変わる。即イエスの意思をウィンドウに送ると、元々開いていたウィンドウの上にレイヤーを重ねるように偽装されたステータスウィンドウが現れ、ピタリとくっつく。
元のものと区別のつかない正真正銘のステータスウィンドウが新たに出来上がった。
「おお・・・ステータスが偽装?できたみたい」
レベル:18
種族:人間
名前:ジュリア
年齢:16歳
職業:テイマー
称号:竜の主
体力:530
魔力:1200
状態:健康
芽依の知識では大体、人間の中堅冒険者のレベルが50程度、体力が2000程度、中堅魔導士の魔力量が3000程度となっているので、初心者の冒険者のステータスとしては体力は少し少なく、魔力量は少し多めだが問題なさそうだった。
年齢が16歳と前世よりも若い設定になっているのは見た目のこともあるのだろうが、ちょっと得をした気分である。
他の戦闘系スキルに関しても標準より少し低いレベルに偽装されており、どう見てもか弱い少女を演出している。
竜を三頭連れている時点でか弱いとは程遠いのだが、そんなことは芽依には知ったことではない。
これで一安心・・・とホッと息を吐いた芽依だが、やはりここでも装備の確認を怠り、その性能を全く理解しないのであった。
「うん、これで大丈夫そう!あとは街の近くまでの移動だけど、アーテルたちが乗せてくれるんだよね?」
「ハイですの!!メイクラマ様は、わたくしの背に乗せますの!」
「今回は譲りますが、交代ですからね」
「そうだよ~!僕だって乗せたい!!」
元気に翼を広げたアーテルは、アルゲントゥムとルーフスの言葉に大きく頷いた。
「仕方ないですの。その意見を飲みますわ!」
「もう7の刻になります。外は暗いから身体の黒いアーテルが最適です。闇に紛れるので龍に乗っていてもおいそれと視認できないでしょう」
アルゲントゥムは本当にできた龍である。
子供と言えど頭の回転は速く、芽依にとって有益なことを教えてくれる頼もしいアドバイザーだった。
そう、この優秀な生き知識である三頭の古龍のおかげで、芽依は神々と念話が出来るということをすっかり忘れていくのだ。
「7の刻って言うと、7時くらいだね」
「7時?神の世界では7時と言うのですか?」
芽依の言葉にアルゲントゥムが首を傾げる。芽依は「うーん、そんなところかな・・・」と言葉を濁し、自分の言動にも少し気を付けなくてはと考えを改めた。
「そうだ、ステータスも偽装したし、私の事はこれからはジュリアって呼んでね!」
洗礼名であるジュリアをやっと使う時が来たと嬉しそうに言う芽依に、三頭は可愛く首を縦に振り返事をした。
「ですが、私たちは人前でジュリア様のお名前を呼ぶことは殆んどありませんよ。喋れる小竜などいませんし、会話が出来るのは古龍だけですから私たちが喋ればバレてしまいます。なので、人前でジュリア様と話す時は常に念話で会話することになります」
「な・・・なるほど」
現状ジュリアと呼んでくれるのは古龍たちだけなので、なんとも寂しい内容だ。
「わたくしたちだけの時は、ジュリア様とお呼びしますわ!」
「うん、ジュリア様って呼ぶよ!」
しょんぼりした芽依を気遣ってか、アーテルとルーフスがスリスリと頭を摺り寄せてくる。
可愛い・・・・・・
「わ、私だってジュリア様とお呼びします!!」
焦ったようにアルゲントゥムも頭を摺り寄せて来たので、芽依は三頭の頭を順に撫でてやった。
「あ、あとアルゲントゥムだけど、名前が長すぎて呼びにくいからアルって呼ぶね」
「!!!あ、有難うございます!私の愛称は今からアルです!!」
ただ呼びにくいから付けた愛称だったが、アルゲントゥムの喜びようはその顔を見れば一目瞭然で、身体全体でも「嬉しい」を縦揺れで表現していた。
その見た目はインコのようである・・・
そう言えば、鳥って恐竜だったもんね・・・
ヨシヨシと再びその頭を掻いてやると、残りの二頭が驚愕の表情でこちらを見ていた。
「・・・君たちは、愛称要らないでしょ?名前、呼びやすいし」
芽依の言葉に、二頭は更に驚愕の色を濃くし、その両の翼を広げながら「ズルイ!ズルイ!ズルイ!」と呪文を唱えながら芽依の周りをぐるぐる回り始めた。
まだ幼児体系なのか、お腹がポッコリしたトイプーサイズの龍が二頭、身体を上下に揺らしながらぐるぐる回る様はとても可愛い。
ニヤけそうになる顔にグッと力を入れて「ズルイズルイダンス」が終わるのを待っていると、二頭は芽依の顔を見て第二段階「うるうるチワワ攻撃」に移ったようだ。
さすがに可哀想になり、芽依は降参と両手を上げて二頭にも愛称を付けることにした。
「分かった!分かったから!ルーフスはルーで良い?」
「うん!僕、ルーで良いよ!」
「やった~」と可愛く走り回るルーフスから目を離しアーテルを見ると、とても期待のこもった顔をしていた。
「アーテルはさ、略しちゃうとアルと一緒になっちゃうから・・・」
要らなくない?と言おうとしたが、キレイな涙がその目に溜まっていく様を見て、芽依は口をキュッと結んだ。
「ん、んん!アーテルは・・・姫って呼ぶ!三頭の中で紅一点だし、姫って呼ぼう!ね!!」
そう、女の子は姫呼びに限る。
根拠のない自信ではあったが、アーテルには効果てきめんだった。
「わ、わたくしが・・・姫!?よ、よろしいんですの!?」
「うんうん、アーテルは私にとってはお姫様だよ。可愛くて上品で、アーテルにピッタリな愛称だね」
喜び過ぎたアーテルの口からは、ホロホロと炎が漏れ出ていた。
とりあえず三頭のご機嫌が良くなったところで、芽依はやっと旅立つ準備が整ったと小さく息を吐いたのだった。
「じゃあ、私の可愛いお姫様、街の近くまで宜しくね!」
愛称を呼ばれたアーテルは意気揚々と翼を広げて馬ほどの大きさに変化すると、身体を低く侍らした。
芽依はその背中に跨るように乗り、子ども龍の背中に生えた産毛の柔らかさと手触りに感動の声を上げた。
「何この産毛~!気持ちいい!!姫の背中、乗り心地最高だよ!」
「ふふふ、良かったですの~!」
嬉しそうに笑ったアーテルの顔は自信に満ち溢れ、本当に龍のお姫さまのようだ。
「じゃあアウルム、色々ありがとう。お金や装備まで貰っちゃってごめんね」
「何を言う!神の祝福を貰った我らの方が、まだ恩を返しきれていないのだ。礼を言う必要などない。どうか、メイクラマ神の旅が良きものであることを祈る」
「うん、ありがとう。三頭と一緒に頑張るよ」
アウルムとの挨拶が終わると、アーテルが翼を羽ばたかせゆっくりと上昇していく。それを追いかけるようにトイプーサイズの二頭も上昇を開始した。
「アウルム、また戻ってくるから!あなたの子供に会いに!三頭と一緒に帰ってくるからね!!」
片手をアーテルの産毛から離し、その手を大きく振る。
「待っておるぞ!」
芽依の振った手に応えるように、アウルムも片方の翼を大きく広げるのだった。