6 契約・証紋・旅は道連れ
「あの・・・あのね、私には君たちのお腹を満たすほどの食料を与えてあげられないと思うの。えーっと、私無一文なのね、それで・・・」
「大丈夫ですわ!わたくしたちのご飯は、大気に漂う魔素や魔力ですの!」
あー・・・知ってた。君たちのご飯にお金が掛からないことは知ってた。知ってたけど・・・言ってみただけ。だって・・・
巨体である古龍の子供三頭を連れて旅など、到底無理な話だ・・・と、芽依はどうにか旅の同行の話を無しにしようと考えを巡らすが、アーテルの言葉に遮られてしまう。
「いや~、いくら子供だといっても古龍だし、大気中の魔素だけじゃ足りないでしょ?仮に私が三頭分の魔力を与えるのはかなり無理な話なんじゃないかな~・・・ほら、君たち成長期だし!」
「大丈夫です!私たちから見ても、メイクラマ様の魔力は膨大な量過ぎて測定すら出来ませんから!それだけの無尽蔵な魔力量があれば、父上や母上から得ていた糧以上の量になるでしょう!まさに私たちの成長期にうってつけです!」
「それに、メイクラマ様は美味しそうな香りがしますの」
ここで神であるが故のチート設定が仇になってしまった芽依だが、それでもこの巨体の三頭は連れて歩けない・・・とアルゲントゥムの言葉に負けずに、芽依は続ける。
後から続いたアーテルの不穏な言葉は取り敢えずスルーだ。
「で、でもさすがに君たちのような大きな子を三頭も連れて歩けないよ!目立っちゃうし!!私は出来れば地上では神であることを隠して世界を廻りたいの・・・ね、だから・・・」
目立ちたくない!それが最も大事なことだと拳を作って力説してみる。が、今度はルーフスの援護射撃で芽依の意見は撃ち抜かれてしまった。
「あー!大丈夫だよ!僕たちね、小さくなれるよ!ほんと、とーっても小さくなれる!」
「え・・・そ、そうなの?」
おかしいな・・・アルヴィスの辞書に古龍が小さくなるなんて無いんだけど・・・
自分に植え付けられたアルヴィスの知識を巡ってみるが、芽依の頭には古龍の縮小化という文字は見つからなかった。それが故にあまり信じていなかったが、これで小さくなられてしまっては次の断る言葉が見つからない。
嘘だろ・・・という気持ちと共にルーフスに問い返してみると「うん!」という元気な肯定が返ってきた。
その返答と同時に、翼を広げた三頭の身体が一瞬カッと光輝き姿が掻き消える。そうして目の前に現れたのは小型犬ほどの大きさの古龍たちだった。
「あ・・・ははは。ほんとだ、トイプーくらいの大きさだねぇ・・・」
「トイプー?」
トイプーが何を意味する言葉なのか分からない三頭は可愛く首を傾げているが、芽依の視線はどこか遠くを見るように目の前の現実から逃げ出そうと抗っている。
そんな芽依の心境などお構いなしに、三頭は小さくなった翼をはためかせて芽依の方へ飛んで来ると、右肩にアーテル、左肩にアルゲントゥム、そして頭上にルーフスがとまった。
ふふふ・・・知ってる。これ、某海外ドラマにあったもん・・・ドラゴン三頭従えるやつ・・・
遠い目で自分の今の状態を受け入れていると、ピロンと小さな音が鳴った。
その音と共に芽依の目の前に半透明の文字が浮かび上がる。
―古龍の縮小化について知識が追加されました―
今追加されたんかい!と一人で目の前の文字に突っ込みを入れる。すると、文字は芽依が読み終わったのを認識したかのようにパッと消えてしまった。
全知と言っても、本当に細かい部分までは知識が追い付いていないようだ・・・と、今回の追加で思い知った芽依だった。
全知神とは・・・
考えてはいけないことが頭を巡った気がして、芽依はフルフルと首を横に振った。
三頭のトイプーサイズの古龍のおかげでズッシリとした重量が両肩と頭にかかるが、今の芽依の身体にはそのくらいの重量では何の影響も無い。そのことが三頭にも分かったのか、嬉しそうに肩と頭にとまったまま降りる様子は全くなかった。
「あの、これはこれで物凄く目立つよね・・・?」
「大丈夫ですわ。テイマーだって言えばこのくらい当たり前ですの。目立つなんてことはありませんの」
「全くアーテルの言う通りです、メイクラマ様」
「全然目立たないよ!」
「え~・・・ホントかなぁ~」
半分諦め・・・いや、ほとんど諦めた芽依は、仕方なく肩と頭に乗った古龍たちを順に撫でていった。
「しょうがないなぁ。じゃあ、地上ではテイマーとして冒険者ギルドに登録してから世界を廻ろうか。旅は道連れって言うしね」
溜め息をつきつつも、芽依は可愛らしくなった古龍たちにふわりと笑いかけた。
ドラゴンを三頭も連れ歩くならばテイマーとして冒険者ギルドへ登録しておかないと、後々面倒なことになりそうだと思ったのだが、実際世界を廻るなら冒険者という立場は悪くないのでは・・・と芽依は思っていた。
行く先々で依頼を熟せばお金も手に入り、何より情報が得られやすい場所が冒険者ギルドなのだから、冒険者になることは必然かもしれない。
ここで運命神のシクザールが言っていた言葉を思い出し、「これが自分の進む道なんだ」と芽依は少し気持ちを引き締めるのだった。
「ではメイクラマ様、わたくしたちと契約しますの」
「契約って、テイマーがする主従契約?」
正直これだけ意思疎通が出来ているのだから契約など必要ないと思っていたが、古龍たちはそれでは納得しないようだった。
「メイクラマ様、契約をしなければ証紋が御身体に現れません。それではテイマーとして証明してみせろと言われた際に、少々面倒なことになるかもしれませんよ」
アルゲントゥムの言うことは最もで、芽依はその賢さに感嘆した。
「確かにそうだね。じゃあ、君たち三頭と契約すれば良いかな?」
「ですの!」
幸い、契約の仕方は知識にあったので、芽依は指先で飴玉ほどの小さな魔法陣を作り出し、そこへ自分の魔力を込められるだけ込めていく。
魔力がパンパンに詰まった小さな魔法陣を、古龍たちが体内へ取り込むことで契約は終了する。
小さな魔法陣にはそれほどの魔力は込められなかったように芽依は感じていたが、本来のテイマーたちが込める魔力の数百倍の量であるということは、本人の知る所ではない。
だが、三頭の古龍だけでなく、他の親龍やアウルムですら驚いたようにその小さな魔法陣を見つめていた。
「え、どうかした?魔法陣間違えてる?」
古龍たちの反応がおかしいと気付き、芽依は首を傾げた。
「いや、小さな契約の魔法陣にそれだけの魔力が込められたのを見たのは初めてでな・・・しかも無詠唱とは・・・・・・いやはや」
「無詠唱って、ダメなの?」
魔力云々よりも、無詠唱の可否が気になる芽依は、自分に乗る古龍たちが涎を垂らしていることに気付いていない。
「無詠唱で魔法を使える者を、我は未だ見たことがない」
数千年生きているアウルムが見たことが無いと言うのだから、無詠唱はダメなんだと芽依は肩を落とした。
あぁ・・・これで魔法を使うたびに精神が削られていく・・・いや、誰も見ていなかったら良いか。そうか、そういうことだ。誰かの前で使う時だけ短く詠唱すれば良いのよ!
前向きに考え直し、芽依は一人ウンウンと首を縦に振っていたが、とうとう我慢出来なくなったアーテルが耳元で叫んだ。
「メイクラマ様!早く!早くその魔法陣をくださいなのー!!!」
「え、あ、はいはい。うわ、アーテル涎が・・・え、アルゲントウムとルーフスまで涎が!肩と頭がビショビショ!?」
冷たい感触に驚きながら眉を顰めたが、三頭の目が爛々と見開かれているのを目の当たりにし、芽依は急いで三つの魔法陣をそれぞれの口元に指先で誘導した。
ふよふよと浮いて三頭の口元までいった魔法陣は、待ちきれないとばかりに噛み付くように三頭に飲み込まれる。
魔法陣を飲み込んだ瞬間、三頭の身体は金色の光に包まれ、そして芽依の身体には鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
痛みを感じたのは胸元と腹と背中の三か所で、痛いと思った瞬間には何事もなかったかのようにそれは引いて、三頭の身体を包んでいた金色の光も消えていた。
「なんの痛みだったんだろう?」
「契約紋がそなたの身体に刻み込まれた痛みであろう。本来我ら古龍ほどの生き物と契約した際は、その契約紋が刻まれる痛みでテイマーは死ぬと言われているのだが・・・さすが神ということか」
アウルムの言葉に、なるほどなと思い胸元を捲って覗いてみると、銀色の文様が鎖骨の下から胸骨にかけて現れていた。
「結構派手だね・・・てことは、お腹と背中にも文様が現れてるのか。今度ちゃんと確認しておこう」
胸元の布を元に戻してから右肩のアーテルを見ると、目をトロンとさせて恍惚状態になっている。もう涎は垂らしていなかったが、まるでアルコールでも飲んだかのような酩酊ぶりだ。
「ど、どうしたの!?」
契約は無事に済んだと思っていたが何か魔法陣に不備があって具合が悪くなったのか!?と焦った芽依だが、アーテルの言葉に先ほどの不穏な言葉の意味を理解した。
「こ、この魔力・・・美味しぃぃぃぃ!!!!」
ハァハァと息遣いの荒くなった三頭は、喉の奥から微かに炎が出ている。芽依の魔力は余程美味しいらしい。
「あ、ちょっ、髪の毛燃えちゃうからそんなに興奮しないで!」
今にも口から放たれそうな炎の揺らぎを見て、芽依が慌てて注意をすると、今度は三頭は口を閉じてゴロゴロと喉を鳴らして芽依の顔にスリスリと擦り寄り始めた。
うーん・・・ネコだな、これ。
見た目は爬虫類でも、中身は猫だ・・・と芽依は心の中で思うのだった。