5 古龍の巣
芽衣が考えていた移動手段は、例えば馬車とか馬とか、そういうものが手に入りやすい場所を想像していた。
街から街へ移動出来るなら生き物でも良いと考えていたのが良くなかったのか、シャフェイが降ろした場所は正にドラゴンの巣。
芽衣が驚いたように、ドラゴンたちの表情も目を丸くして驚いている様子が手に取るように分かる。
ドラゴンが驚いている顔を見るのは初めてだ・・・いや、ドラゴン自体見るのが初めてなのだが、この世界の知識が完全に頭の中にある芽衣は、すでに異世界の状況に馴染みつつあった。
芽衣が立ち尽くしてドラゴンたちを見上げているせいか、ドラゴンたちもピクリとも動く気配がない。ただただ芽衣を見つめているだけだ。
先に動きを見せたのは、大きな溜息をついた芽衣の方だった。
「えーっと、お邪魔してます・・・」
よくよく見てみると、ドラゴンは古龍と呼ばれる種類で、この世界では生き物の中では神に近いものと分類されている種族だった。
言わば、生き物の中の最強種ということだ。
勇者や賢者、魔王であれこの古龍と合間見えることを由とせず、戦おうものならば死屍累々の末、確実に古龍が勝つであろう。それほどまでに力と魔力、そして知力に優れ、かつ数千年の時を生きる伝説級の生物。
そう、ここはドラゴンはドラゴンでもワイバーンや竜と呼ばれる小型種の巣ではない。
古龍の巣。
ワイバーンや他の竜種でも、小型とは言え家一軒分は優にある大きさだが、古龍はその大きさから強さからかなりの規格外だ。
そんな最強生物が、芽衣の「お邪魔してます」の言葉に、小さな目を限界まで見開いた。
「これは・・・驚いた。我々と言葉を交わす度胸があるとは。しかも、そなたがやって来たのは天空の絶壁と呼ばれる、空を飛ぶもの以外には到底辿り着ける場所ではない入口のはず・・・もしや、そなたがこの地に降臨された神・・・か?」
一段高くなった場所に鎮座していた一際大きい金色の古龍が、落ち着いた、だが威厳のある声で芽衣を見据えて問いかけた。
「あれ、シャフェイたちに聞いてるの?」
なんだ、降りた先にちゃんと報連相出来てるじゃん!これなら移動手段としての交渉が楽に出来るかな・・・そして街に着いたら馬に乗り換えよう!と考えていた芽衣だったが、金色の古龍が言うには、どうやらしっかりとした報連相ではなかったらしい。
「いや・・・この地に全能神が降臨するということだけを、神からの念話で聞いただけだ。基本的に神からの念話はあちらから一方的で、ごくたまにしか送られてこん。今回は神の地上降臨という大事だから念話を送ってきたのであろう」
どうやらシャフェイは芽依が降りることだけを伝え、その目的やらなんやらは一切話していないようだった。
「あ~、それは情報不足ですよねぇ・・・実は、この世界の均衡を保つためという名目で、新たに神の地位に就いた私が世界を廻るために降ろされました。今後、世界を廻るにしても移動手段が必要なのでそれが手に入る所へ降ろしてもらったはずなんだけど・・・それがここでして・・・」
「なるほど、我ら古龍を移動手段に使いたいということか」
伝説級の生物を移動手段に使うなど、芽依は到底考えてはいない。勢い良く顔を横に振ると、金色の古龍は首を傾げた。
「違うのか?」
「違います!いや、完全に違うとは言えないんだけど、近くの街まで乗せてもらえれば馬か馬車を当たってみようと思っているから・・・あ、でも街の近くまで古龍が飛んで来たらさすがに大事件になっちゃうか・・・じゃあ、もうこの山を下ろして貰えればそれで良いです。歩いていきますから!」
もういいや、近くの街までは歩いて行こう!と心を決めた芽依だったが、金色の古龍の表情は険しいものに変わり、長い首をゆっくりと横に振った。
「この古龍の巣がある山は、離島にあるのだ。空が飛べねば街のある大陸まで行くことは出来ん。船があっても、潮の流れを魔力で変えているから大陸やこの島へ辿り着くことは不可能だ」
結局は古龍に頼らなければいけない事実に、芽依はガックリと肩を落とした。
「あの・・・お願いできますか?」
上目遣いに古龍たちを見上げて、芽依は申し訳ないという態を身体全体で表す。流石に潮の読めない海を泳いで渡りたくはない。死なない芽依にとっては時間をかれば大陸まで渡れるだろうが、初っ端からそれはかなり精神を削られそうだ。
「構わぬ。神たちがそなたをここへ降ろしたのには、何か意味があるはずだ」
すんなり是の言葉が聞けた芽依はホッと胸を撫で下ろしたが、古龍の言葉に「いや、彼らは特に何も考えずにここに降ろしたと思います」とは言えなかった。
「ありがとうございます!」
「いや、神であるそなたがそこまで畏まって礼を言う必要はない。我らから手助けさせてくれと言うのが筋であろう」
深々と頭を下げて礼を言った芽依に、古龍たちは少し困惑したように顔を見合わせた。
そんな古龍たちの戸惑いをよそに、芽依は何かを思い出したかのように手を叩いた。
「あ!お願いを聞いてもらうのに、私ってば自己紹介もまだでした!改めまして、私は全能神メイクラマです。地上ではジュリアと名乗ることになるので、お願いしますね!」
芽依がスカートの裾を少し摘まんで膝を曲げる淑女の礼をとると、一段高い場所に鎮座していた金色の古龍は、段を降りて長い首を地に侍らし頭を下げた。
「これはご丁寧な挨拶、大変恐縮である。我はこの古龍の巣である天空山を統べる者であり、龍王アウルムと申す。新たに覚醒しこの地に降臨された全能神メイクラマ殿を、我ら古龍は歓迎いたす」
「ありがとう、アウルム」
アウルムと名乗った龍王の挨拶が済むと、待ってましたと言わんばかりに、銀色と黒色と赤色の古龍が体の大きさに似合わない軽快さで、芽依の近くへと寄ってきた。
よくよく見れば、この三匹は他の古龍と比べると小さく、家二軒分ほどの大きさだった。小型の竜種よりは大きいが、恐らく古龍の子供なのだろう。
その六つの瞳は興味津々といったようにキラキラとしており、大きな身体はうずうずしているように少し揺れている。
「えーっと、君たちは?」
芽依の問い掛けに、闇の様に真っ黒な体の古龍が一歩前へ出て頭を下げた。
「わたくしは、黒龍のアーテルなの。地上の生き物はわたくしをダークネスドラゴンと呼んでいますわ。メイクラマ様、どうぞわたくしをメイクラマ様の旅の御供にしてくださいですの」
「え?」
可愛らしい女の子の声で、とんでもないことを聞いたぞ・・・と一瞬自分の耳を疑った芽依だったが、聞き返すよりも前に、今度は銀色の古龍がアーテルと名乗った黒龍の横に並ぶ。
「私は銀龍のアルゲントゥム。地上ではプラチナドラゴンと呼ばれております。メイクラマ様、どうぞ私もアーテルと共に、全能神様の旅の御供としてお連れください」
「はあ?」
男の子の声の銀龍アルゲントゥムは光るようなプラチナの鱗が美しく、幼い声の割には少し背伸びした話し方で真面目そうだなぁという印象を受けるが、そんなことに感心するよりもアルゲントゥムからまたもやとんでもない言葉が聞こえた芽依は、素っ頓狂な声を上げる。
その言葉の真意を聞こうと言葉を紡ぐ前に、アルゲントゥムの反対側に並んだ赤色の古龍に芽依の発言はまたも阻止された。
「僕は赤龍のルーフスだよ!地上ではブラッドドラゴンと呼ばれてるんだ。僕だって、メイクラマ様のお役に立てるよ!だからお願い・・・僕もアーテルやアルゲントゥムと一緒に旅に連れて行って欲しいです!」
「えぇ!?ちょ、ちょっと待って!君たち私に付いてくる気なの!?」
ようやく発言が許された芽依は、遠慮なく驚きの声を上げた。
呼び名の通り血の様に濃い赤色の身体をしたルーフスは、元気そうな男の子の声で「お願い」をすると、芽依の声に反応したように長く太い尾を楽しそうにユラユラと揺らした。
「ふむ・・・神と旅をするなど滅多にない機会だからな。きっと良い成長が出来るであろう・・・許す」
龍王アウルムの言葉に、芽依は「私の意見は!?」と更に声を上げるのだった。