4 移動手段の解釈違い
明るかった瞼の裏が薄暗くなったのを確認して、芽衣はゆっくりと目を開けた。
肌に感じる空気は、ヒヤリと冷たい。降ろされた場所を確認するためキョロキョロと周りを見てみるが、どこからどう見ても自分がいる場所はどこかの洞窟の入口だった。しかも、洞窟の反対は絶壁で、その下には雲がかかり高さがどれだけあるか予想もつかない。
芽衣は今、雲より高い場所にある洞窟の入口で立ち尽くしていた。
「ここにどんな移動手段があるって言うのよ・・・しかも、こんな高い場所・・・後ろは絶壁だし、洞窟の中へ入っていくしかないじゃんかぁ」
何も分からない場所で、明るいとは言えない薄暗い洞窟を行くのはさすがに抵抗がある。
だが、行くしかない。転移魔法が使えないなら、目の前の洞窟を探索するしかないのだから。
「それにしても、暗い・・・」
奥に行けばきっと真っ暗だろう。
「何でも良いから、何か明かりになるものがあれば良いのに」
そう呟いた瞬間、芽衣の頭にはありとあらゆる魔法の情報が流れ込んでくる。
突然のことに一瞬パニックになるが、これが全知神アルヴィスの力なのだと理解出来てからは、落ち着いて状況を受け入れることができた。
魔法以外の情報も一気に流れ込んできたため、その情報量の多さに芽衣は内心驚いていた。
この世界のほぼ全ての知識なのだから、情報量が多くて当たり前なのだが、自分の頭がパンパンになって沸騰してしまわないか少し心配になる。
痛みも違和感もない知識の流入は、体感にして数秒でその全てを芽衣の頭の中に納めた。
「お、おぉ・・・!魔法の使い方が分かる・・・凄い」
魔法の発動にはイメージが重要だということは、前世の小説から得た情報と何ら変わりない。なるほどと一人頷いて、周囲を照らす明かりをイメージしながら、右手をかざしてみた。
すると、どこからともなく自分がイメージした明かりがかざした手の先に現れ、暗かった洞窟の先をしっかりと照らし出した。
かざした手を下ろしても、光は消えることなく芽衣の少し前上方を浮遊している。
「お〜!!初魔法だ〜・・・あれだね、ライト!っていうヤツだね。全く詠唱してないけど」
予想と違ったのは、イメージしただけでその魔法が使えたという点だ。魔法イコール詠唱という頭があった芽衣にとっては、少し拍子抜けでもある。
「でも、中二病みたいな詠唱をしなくて良いっていうのは、精神衛生上助かったかもしれない・・・」
相手に手の内バレバレな精霊にお願いするような長い詠唱や、技名を声高らかに言い放つ・・・なんていうのを想像して少しブルーな気分になっていたので、無詠唱での魔法は願ったり叶ったりだった。
だが、それに際してひとつ気をつけなくてはいけないのが、無詠唱で魔法が発動するならば、不安要素と言われる者たちや魔物や魔獣からの攻撃には十分注意を払わなくていけないということだ。
いくら芽衣の身体が頑丈に出来ていて死ぬことはないと分かっていても、攻撃に当たれば痛そうだし出来るだけ御免被りたいと思う。
戦い慣れしていない芽衣にとって、この世界の戦闘がどういうものか想像がつかない分、警戒心が増幅される。
「ま、考えても仕方ないし、移動手段を探して洞窟に入ってみるしかないか」
どの程度光が持続するか分からないが取り敢えず洞窟内へ足を踏み入れた芽依は、10分程進んだところで周りの壁が青白く光を放っていることに気づいた。魔法で照らしていたライトを消しても視界に問題ないほど明るく、ヒカリゴケの様なものだろうか・・・と考えながら更に奥を目指していった。
数十分歩くと一本道だった通路が二股に分かれ、左の開けた空間に10メートル四方ほどの泉を見つけ立ち止まった。
泉は底が見えるほどの透明度だったが、底や壁に綺麗に生えた苔の影響で水面がまるで鏡のようにも見えた。
今の容姿を一度も確認していなかった芽依は、ちょうど良いと泉の縁まで移動し水面を覗き込んでみる。と、そこには自分のリクエスト通りのロングの黒髪に黒い瞳の「僕の最高傑作」と言うシャフェイの言葉通りの色白の美少女が映ってた。
「んー、髪も目も染めたみたいに真っ黒だなぁ。前世の色より真っ黒で違和感が少しあるけど・・・そのうち慣れるか」
当の本人である芽依は、前世から自分の容姿に全く興味がない。今回もシャフェイの「最高傑作」の言葉はただ単に肉体の強度やその性能を言っているのだと思っている。そういった性格が、驕らず謙虚な芽依を作り出しているのだが、この芽依の頓着の無さにはさすがのシャフェイも肩を落として「僕は創造の限界を知ってしまったのかもしれない・・・」と落胆していたと後にアルヴィスは語った。
容姿を確認した芽依は自分の身体の全体像も見ておこうと、立ち上がって泉に向って手をかざす。
うーん・・・ウォーターウォール・・・・・・かな
前世の異世界小説の記憶を頼りに、頭の中で水の壁をイメージしながら泉へ意識を向けると、すぐさま水面が波立ち姿見程の水の壁が出来上がった。
「魔力の調節や操作も思いのままか・・・さすが神様の力だねぇ」
まだあまり全能神としての実感が湧かない芽依だったが、力を使う際のストレスの無さはきっと神の力だろうと結論付けて納得していた。
目の前の姿見、もとい水の壁に映し出された彼女の姿は生前の18歳というには少し幼く見えた。
腰まである黒髪はなんの飾り気もなく、ただ無造作に下ろされているだけだが、サラサラでキューティクルが美しく天使の輪っかを作っている。
着ている服装は中世ヨーロッパで良く見そうな町娘風のドレスだったが、スカートの裾は膝上の長さで黒いタイツに茶色のロングブーツを履いていた。
「世界を回れっていう割には、初期装備が布の服レベルじゃない?イチから自分で用意していかなきゃいけないのかぁ・・・あ!私この世界のお金なんて持ってないよ・・・モンスター倒せばお金が手に入るのかな?」
前世のゲームを思い出しながら、モンスターと戦うには武器が必要じゃん!と自分の腰回りを見てみたが、武器と言えるものは何ひとつ所持していなかった。勿論、お金も持っていない。
「スキルだけ強くてニューゲームか・・・結構スパルタだね、アルヴィスたち。お金を稼ぐということがどれだけ大変か知らないんだろうなぁ・・・神様だから」
自分の姿の確認が終わり満足すると、水の壁は何事もなかったかのように静かな水面に戻っていく。
「は~・・・取り敢えず、絶壁以外の出口を探そう」
移動手段が見つからないまま、芽依は泉を後にして二股道に戻ると、泉とは反対の道である洞窟の奥へと更に進んで行った。
二股道から30分程真っ直ぐと歩いていると、ふと風が頬を撫でていくのを感じる。風があるということは、外へ繋がっているということだと確信し、芽依は嬉しくなって駆け足気味に広い一本道を進むと、視界の先が広く開けているのを見つけて「やっと外かな~」と走る速度を上げていった。
開けた空間からは冷たい風が春一番のような強さで吹いていたが、それこそが外への出口だと信じていた芽依は、開けた空間へ一歩入った瞬間に目の前の光景に驚きのあまり口を開けたまま思考を停止してしまった。
「・・・・・・は?」
青白い光に照らされた広い空間には、前世で言えば戸建て4軒を足したほどの大きさがある8頭のドラゴンが翼を休めるように伏せており、芽依を見て驚きの表情を見せていた。
「もしかして・・・移動手段って・・・ドラゴン?」
いくら強くてニューゲームでも、初めて出会う生き物がドラゴンて、初見殺しでしょうが!!!
シャフェイと自分との移動手段の解釈違いに、芽依はこれから先の冒険に不安の二文字が消えることはないだろうと、異世界降臨初の大きな溜め息を吐くのだった。