3 全能神メイクラマ誕生
9人の視線が自分に注がれるのを感じると、どことなく居心地悪く感じてしまうのは仕方のないことだろう。それも神様と呼ばれる存在から見られているのだから、尚の事。
そんな居心地の悪さを払拭するようにお茶を一口飲むと、芽依はしっかりと9人分の視線に対峙した。
「私の前世の名前は鞍馬芽依です。鞍馬が名字で芽依が名前。前世で洗礼を受けていたから、教会ではジュリアとも呼ばれてました。えーっと・・・これから全能神?として、よろしくお願いします」
生前の癖で目上の人や先輩にはどうしても敬語になってしまうが、挨拶はしっかりするのが礼儀だろう。そう思ってペコリと頭を下げてアルヴィスを見ると、ウンウンと嬉しそうに頷いていた。
「クラマ・メイ。この世界では名前が前、家名が後じゃから、メイ・クラマが正しい呼び名じゃな。お主の名前は全能神メイクラマじゃ」
「え、前世の名前で良いんですか?」
「もちろんですよ。それに、貴女はこれから地上へ降りていくことになりますから、洗礼名のジュリアは地上で名乗ると良いでしょう。新しい世界へ転生したからといって、全てを捨てる必要はありません。彼の神の名前はもう呼ぶことは出来ませんが、彼の神を愛したことまで無かったことにする必要はないのですよ」
フルフトの言葉に、芽依はホッと息をついた。
「ありがとうございます。では、メイクラマ、またの名をジュリアとして全能神の任を御受けします」
「丁寧な挨拶に、こちらからも礼を言う。お前の運命はお前自身のものだ。地上では様々な選択を迫られるだろうが、それがお前自身の運命の力だと忘れずに任を遂行しろ」
シクザールが激励とも忠告とも取れる言葉をくれたが、芽依にとってはその言葉の内容が重要だった。
「あの、私は地上に降りて何をすれば良いの?フルフトがこの世界の見回りと言っていたけど、なんのために神が地上を見回るの?」
言葉使いを素に戻し、芽依はずっと気になっていた自分の役割についてしっかりと質問をした。それに答えてくれたのはシャフェイだ。
「僕たち神はそれぞれの役割で地上の生き物やその他諸々にスキルという力を与えたり、世界を機能させるための力を行使したりしているけど、実際にこの世界の全てに目が行き届いているわけではないんだぁ。この世界を創り出したのは僕だけど、この世界の端から端まで監視しているわけじゃない。それはどの神もみんなそうなんだぁ。力を与えてはいるけど、与えた全ての者を管理できているわけじゃない。だから、君にはこの世界に起こっている出来事や、生きているものたちをその目で見て貰って、様々なことを報告として神の庭に上げて欲しいんだぁ」
なるほど・・・現地視察の神Verてやつか。
ひとり納得していると、更に業務内容が追加される。
「それに加えて、貴女には不安要素の見極めをして欲しいの」
「不安要素?」
マギが真剣な顔で見てくるものだから、芽依の表情も自ずと強張ってしまう。
「大丈夫よ!全能神である貴女に出来ないことはほとんど無いし、危険だって危険じゃないから!」
それは・・・・・・本来なら危険だと言えることがある・・・という意味ですよね?
突然の危険業務に芽依の表情はますます無になっていった。
「心配ないってば!実は地上の生き物には、時々私たち神の力を強く受け継いでしまう者がいるのよ。そういうのが勇者とか賢者とか剣聖って呼ばれたりして、その武勇が伝説になってたりするんだけど、その力を良くないことに使う者もいるのよね」
「世界の営みには善と悪、その両方が無くては発展しないのじゃ。もちろん、平和な世界が一番望ましいのじゃが、善と悪がしっかりと対を成さなくては歴史は生まれぬし、世界の発展も望めない・・・じゃがのぉ、ここ最近は善悪の均衡が崩れつつあってのぉ。悪い方へ力が傾きつつあるのじゃ」
「そういうこと。だから、貴女は善と悪を見極めて、排除しなければいけない力は削ぎ取っていって欲しいのよ」
マギとアルヴィスの言葉に、芽依は少し疑問を感じた。
神がそこまで干渉しても良いものか・・・と。
芽依が生前読んでいた小説や漫画では、神の地上への干渉はタブーなことが多かった。だからそ異世界からの転生者が神から授かったちょっと強い力で世直ししていく・・・そんな内容だったはず。
なのに芽依の役割は、神の力を行使して善と悪の均衡を保つためにその力を削ぎ落すこと。これは、神として地上に干渉し過ぎなのではないだろうか?そもそも、それは勇者や賢者、剣聖と呼ばれる者がやれば良いのでは?とも思ってしまう。
「えーっと・・・神様ってそんなに地上の出来事に干渉して良いものなの?勇者とかがいるなら、その人たちにやらせるのが世の理なんじゃないの?」
芽依がもっともなことを言うと、9人の神たちは全員が口を揃えて「地上への干渉は全然問題ない!」と言い放った。
「え~・・・・・・ダメでしょぉ」
口を揃えた9人に少々呆れた表情を見せた芽依だが、武神のカムフェがいきなり席を立ちあがって、再びドンッとテーブルを叩いた。
もちろん、茶器はカチャンと軽快な音を立ててお茶を溢れさせた。
「地上の多くの生き物たちには我々神に対する感謝の気持ちが全く無いのだっ!!いや、我々神を崇めている者たちも確かにいるが、今は神を偽る者たちまで出てくる始末!!到底許せん!だが、我ら9柱は直接地上のものに干渉出来ない。力を与えた後は、静観するしかないのだ!自然を操ることは出来るが、それでは善良なものたちにまで害が及んでしまう・・・だからこそ、お主に肉体と力を与えて地上へと送り出すのだ!本当の神というものがどういうものかを知らしめてやれ!!」
フンフンと鼻息荒く拳を握るカムフェは、リアルに頭から湯気を立てていた。
「じゃあ、生き物たちに力を・・・スキルを与えるのを止めたら?」
芽依はひとつの提案をしてみたが、それをすることは神の存在を消すことになるとダメ出しを受けた。
「僕は神たちを創る時に、その力を比類なきものにするため、この世界で唯一無二の逆らうことのできない強者にするために色々な制約を課したんだよぉ。そのひとつが、僕たちの力を地上にスキルとして還元することなんだぁ。でも、君は全能神だから、地上のものに力を与えることが役割ではないんだよねぇ。だからこそ、地上へ降りて神の力を自由に行使できるってわけぇ」
「いわゆる、例外ってやつさぁ」と、シャフェイは何でもないことのように言った。
「まあ、そう重く捉えることはないのじゃ。お主が見て、感じて、ダメだと思ったことにはしっかりと制裁を加えてやれば良いだけじゃ。あとは報告を忘れずにして貰うだけじゃから、難しいこともあるまい。楽しく地上の生活を謳歌しながらやってくれればよい」
さらりと制裁などと物騒な言葉を口にしたアルヴィスに少々引いた芽依だが、何を言っても業務内容は変わらなそうなので、適当にあまり目立たず世界均衡を保つために頑張ろう・・・と胸の中でひとり頷いた。
「分かりました。じゃあ、私は世界均衡を保つためにこの異世界を見回ります。で、それはいつからですか?」
いつから業務開始かと聞いた瞬間、芽依の身体が突然白い光に覆われた。
「今からじゃ」
「行ってらっしゃい!」
「どういう場所に降りたいか、ちゃんとイメージしておいてねぇ。イメージした場所に適したところへ降ろすよぉ。あと、好きな人が出来たら子どもも作れるようにしてあるから頑張ってねぇ」
「運命はお前と共に」
「言って分からないヤツは、拳で分からせてやれ!」
「念話できる。心配ない。天はあなたの味方」
「地も、あなたの足場をしっかりと守る」
「海を渡るときは任せろ」
「え、ちょっ、今からってまだ力の使い方とか・・・いやそれより子どもが作れるってどういうこと!?」
「大丈夫じゃ。お主の頭にはすでにワシの力がある、何も心配はない。前世では恋愛も経験しておらんと聞いておる。せっかくじゃから、そっちも楽しんだらよい」
「いや、大きなお世話だし!っていうか、展開が急すぎ・・・・・・」
「あ、忘れてたけど、世界をくまなく回ってもらうために、転移魔法だけは使えないようにしてるからね~。頑張って!メイクラマ神!!」
マギの言葉を最後に、芽依の視界は完全に真っ白になってしまった。そして、神々の声も存在感も何も感じなくなる。
「転移魔法使えないって、超面倒くさいじゃんか~!だったら、移動手段が手に入る場所に降ろして!移動手段がある場所にぃ~・・・・・・」
瞼の裏に光を感じなくなるまで、芽依は必死に移動手段が入る場所!と念じて目を閉じていた。
そのせいで降り立つ場所が、初っ端特殊な場所になってしまうとも知らずに・・・・・・