2 神々の自己紹介
促されるまま、ゆっくりと花畑をテーブルに向って歩いていく。
身体を見下ろすと、白く薄い布が身体を巻いており、まるでギリシャ時代の様相に似ているな・・・と思いながら、芽依は薄布を少し引っ張ってみた。
決して小さくはない、ちょうど良い大きさの胸のふくらみを見るあたり、身体は女性で作ってあるらしいことにホッとした。そもそも声からして女性の声だったのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、異世界の常識が分からない今、それが当たり前ではないかもしれないという不安も少なからずあったのだ。
それも杞憂に終わり、芽依は目の前の光景に視線を戻した。
用意された10脚の椅子のうち、6脚には既に人が座っていた。遠目からでは人が居たようには見えなかったので、自分が一瞬目を離した間に6人は姿を現したことになる。
「もしかして・・・みんな神様なんですか?」
先ほどまで素で話していた言葉使いを少し改め、隣に立つ老人に話しかけると、白く長い髭を撫でながら老人は優しく微笑んで頷いた。
「まずは自己紹介からじゃな。この世界には今、9柱の神がおる。そなたは10柱目の神になるわけじゃが、神にはそれぞれ役割があっての。まぁ、同僚と思って貰えれば良いじゃろ」
「・・・同僚」
「さあ、椅子に座ってください。今日誕生した貴女は、お誕生日席にしましょうね」
軽く背中を押されて勧められるまま、芽依はゆっくりと椅子へ腰掛けた。
その一挙一動を6人の男女がジッと見ている。嫌な視線ではなく、どこか家族を見るような温かい視線だ。
一緒にテーブルまで来た老人と男の子、女神が残りの3席に着くと、白い湯気を上げた香りの良いお茶と、美味しそうなお菓子がどこからともなくテーブルに現れた。
その現象に、驚きのあまり芽依の口が開いてしまう。
「あ・・・これって、魔法・・・ですか?」
「そうだよぉ。僕が出したお茶とお菓子だから、安心して召し上がれぇ」
男の子がニッコリと笑って自分のお茶に口を付ける。きっと、危険は無いと自分が初めに飲んで見せたのだろう。その行為に芽依も安心して、白磁のティーカップを持ち上げてひとくち飲んでみた。
「美味しい・・・です」
花のような香りと甘みに、ホッと一息つく。すると何が可笑しいのか、女神がクスクスと笑い出した。
「無理して言葉使いを正さなくても良いですよ。私たちはもう家族も同然なのですから、遠慮など必要ありません」
「・・・はい」
その言葉に、無理はやめようと芽依は思った。
「さてさて、みんなお待ちかねじゃ。自己紹介とこれからのことを話し合おうじゃないか」
ここでは老人が進行を行うのか、パンパンと手を打つと一人ずつ手で指して紹介を始めた。
「まずはこの世界を創りそして我ら8柱の神を創り出した始まりの神、創造神シャフェイじゃ」
「よろしくねぇ~。始まりの神とか言われてるけど、別に僕が一番偉いとかじゃないからねぇ~。僕はただ創り出すだけなんだぁ。僕ら神には、上下関係は無いからねぇ。あ、あと最高傑作の君を創り出したのは僕だよぉ」
創造神と呼ばれた神は、初めから一緒にいた可愛い男の子だった。こんな小さな子が始まりの神で、この世界を創り、芽依の身体を創り出した張本人・・・外見とのギャップが激しくちょっと頭が追い付かないが、そう納得するしかないと、芽依は引きつった笑みで「よろしく・・・」と一言挨拶をした。
「先も一緒におった女神は豊穣の神フルフトじゃ。主に我らの世界の植物を司り、この神の庭の管理人でもある」
「ふふふ、よろしくお願いしますね。貴女が了承してくれてとても嬉しいわ。可愛い妹が出来たみたい」
本当に嬉しそう微笑んだ彼女・・・フルフトは、神々しさが増したようだった。
「その隣の男神は運命神シクザール。名前の通り、生きとし生けるものの運命を司っておる」
「と言っても、大まかな運命しか決めないがな。生き物一匹ずつに細かく運命を割り振るのは面倒だし見ていてつまらんだろう。大まかな運命から自分で道を切り開いていくのが見ていて楽しいんだ」
なんとも適当なシクザールの言葉に、芽依は微妙な返事しか返せなかった。すらりと細身な体で長い髪を横に束ねたその顔貌は美しく、真面目そうな男神だったがその中身は違うらしい。
「ほっほっほ、相変わらずじゃな。その隣に座っておる女神は魔法神マギじゃ。先も話した通り、この世界には魔法が存在する。その魔法を行使するために必要なの魔力や魔素を司り生きとし生けるものに与えているのが彼女じゃ」
「彼の神の世界の人間は、魔法についても詳しいと聞いているわ。魔法の無い世界にも関わらず、尽きることのない想像力で魔法を理解しているとか・・・貴女もきっと、この世界で本当の魔法を使いこなせるはずよ。楽しみにしているわね」
燃えるような赤毛をふわりと靡かせて、マギは可愛らしく笑った。
確かに、前世でのゲームや小説で魔法のイメージは自分の中に既にあるが、それを実際に使うとなると、上手く出来るのか不安はある。
その不安が顔に出ていたのか、マギは「私が付いてるんだから大丈夫よ!」とサムズアップをして見せた。
「マギの隣の男神は武神カムフェ。剣技や闘技、ありとあらゆる戦闘術を司り、魔法と同じようにスキルとして生きとし生けるものにその力を与えている豪傑じゃ」
「マギと同じように、お主に武神としての力を惜しみなく与えてやる!地上の者たちにその武勇を示してやるのだ!!」
ドンッとテーブルを拳で叩くと、茶器がカチャンと軽快な音を立てた。
短髪で武神の名に相応しい筋肉隆々の身体は、他の男神たちと比べても大分大きい。男らしく勇ましい顔つきは格好いいという言葉がピッタリだった。ただ、性格は少々熱過ぎるようではあるが・・・
「カムフェ、お茶がこぼれたぞい。向かいの席に座っておる女神と男神は、天・地・海を司る神じゃ。女神である天神ヒルメン、地神エアーダ、そして男神の海神メーア。この3柱はこの世界の気候も司っておる」
どこか似通った15歳ほどに見える3人の神たちは、ニコリともしない無表情を崩さずに、こくりと頭を下げた。
あれ、これは歓迎されてないのかな・・・と芽依は思ったが、それを察したのか地神エアーダが口を開いた。
「誤解しないで欲しい・・・私たち3柱はあまり感情を表に出せない。私たちの感情が、地上の天候や環境にモロに影響してしまうから・・・・・・この前マギが可笑しなことを言って3柱でお腹を抱えて笑った時は、空には虹が5重に掛かり、海は大漁、地上は広い範囲が農作物に最高な地質になってしまった・・・その日は、地上では神の祝日と言われて大きな祭りをする日に決まってしまったんだ・・・」
「す・・・凄いですね・・・・・・」
笑っただけで祝日になる力・・・さすが神様だ・・・と、大きな力の前に芽依は感嘆の息を吐いた。
「さて、そして最後にワシじゃが、ワシは全知神アルヴィスじゃ。この世界のワールドディクショナリーと言っても良い。この世界の全てをワシは知識として持っておる。ただ、生き物一人一匹の事柄に関しては、全てを知っているわけではない。運命神シクザールがあの通りでな、生き物の運命は知識として捉えにくいのじゃ」
頬をカリカリと掻いて苦笑したアルヴィスは、お茶に口を付けて一息落ち着くと「今度はお主の番じゃな」と好々爺然と微笑んだ。