10 ルンダの酒場
時間が遅いですが、連休だったので連投します。
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子猫は先住猫たちと遊ぶようになりました。黒猫の女の子です。
シンと静まり返った酒場の視線は、全てがジュリアに集められている。
居心地が悪すぎる。
思いがけず勢い良く入店してしまった自分を責めたいところだが、やってしまったものはどうしようもない。取り敢えず、夜の挨拶をしてみたが、返事を返してくれる者は誰一人いなかった。
あー・・・出て行こうかな
あまりの居心地悪さに踵を返そうかと後ろ手にノブを握ろうとしたところで、カウンターの奥から元気な声が聞こえてきた。
「なんだいなんだい!急に音が消えたとけど、何かあったのかい!?」
ジュリアが想像していたルンダの酒場の女将はナイスバディの妖艶な美女だったが、実際に奥の扉から出てきた女性は50代ほどの肝っ玉母ちゃんのような人だった。若い頃はさぞかし美しかっただろう容姿は貫禄のあるものになっており、老いを感じさせない身体はジュリアよりも大きく筋肉質だった。
つ・・・強そう
第一印象はこの一言に尽きる。
「おや?なんだいお嬢ちゃん、こんな時間に一人なのかい?」
扉の前で立ち尽くすジュリアを目に留め、ルンダだと思わしき女性が声を掛けると酒場の客がジッとそのやり取りを凝視する。
出て行こうとしていたジュリアはそんな場の空気に溜息をつきながらも、声を掛けられたからには無視は出来ないとカウンターへ近付いていった。
「先ほどこの街に着いたばかりなんです。冒険者登録をしたくてこの街に来たんですけど、門兵の方がここの宿屋を紹介してくれて・・・ルンダさんの宿屋なら安全だって」
「あー、なるほどね!確かに、あんたみたいな綺麗な子、他の宿屋じゃちょっと危ないだろうね!私がこの酒場兼宿屋の女将、ルンダだよ。小竜を連れてるってことは、あんたはテイマーかい?」
腕を組みながら大きく頷き、ジュリアの身体に留まる三頭の龍を見てルンダは目を眇めた。
「はい」
品定めされているような視線だったが、なぜだか嫌な気はしない。
上から下までしっかりと確認したルンダは、不思議そうに首を傾げた。
「さっき着いたってことは、あんた旅をしてきたんだよねぇ?荷物は何も持ってないのかい?」
「あ・・・」
先ほどの門兵とのやり取りを思い出し、ジュリアは同じように眉を下げてルンダからそっと視線を反らした。
「実は、この街に来る間に盗賊に襲われまして・・・なんとか逃げることは出来たんですけど、物資は全て盗られてしまったんです。あ、お金はありますから!ひと部屋空いていませんか?」
言い終わると同時に上目遣いにルンダを見ると、これでもかと目を見開き驚愕している表情がそこにあった。酒場からも大勢の息を飲むような音が聞こえた気がする。
部屋の空きがあるのか返事を聞きけるかと思ったが、ルンダはわなわなと肩を震わせてカウンター越しにジュリアの上半身をギュッと抱きしめてきた。
何事かと驚くジュリアと三頭の龍だったが、やはり嫌な気はしないのでルンダのしたいようにさせてみる。
「あ、あのー・・・ルンダさん?どうしました?」
ジュリアの両肩に手を置いたままルンダが身体を離すと、その目は涙に濡れていた。
「え!ル、ルンダさん!?どうしたんですか!」
初対面の大柄な女性がいきなり涙目で自分を抱き締めるなど、人生でそうないだろう。さすがのジュリアもこの場の状況に思考が追い付かずアワアワと焦るしかなかった。
「どうしたもなにも!あんた!!命があって良かったよ!あんたみたいな若い子が一人で旅をするなんて何を考えてるんだい!いくら小竜を従えてるからって、奇跡に近いよ・・・慰み者にされて殺されなくて本当に良かった。大丈夫、この街にいる間は私の宿に泊まると良いよ。テイマー用の部屋もちゃんと用意してあげるからね」
目尻に溜まった涙を拭って、ルンダは手元の宿泊帳を捲ってジュリアに渡してきたが、ジュリアはルンダの生々しい言葉に顔を引き攣らせていた。
確かに、若い女が盗賊に襲われるとはそういうことだとは分かっているが、前世の平和な国に慣れきってしまったジュリアにとっては、初めて面と向かって掛けられる衝撃的な言葉だったのだ。
「思い出して怖くなっちゃったのかい?大丈夫だよ、この酒場にはそこそこ強い冒険者たちが集まってるからね!私だって元冒険者だから、まだまだ戦えるし心配はないよ。このルンダの酒場で若い娘を襲おうと思う馬鹿はいないからね」
引き攣ったジュリアの表情を見て勘違いしたルンダが、肩をポンポンと優しく叩く。
「そうだぞ!嬢ちゃんを襲おうとするヤツは、俺たちがぶちのめしてやるぜ!」
「その盗賊も探し出して消してやろうぜ!」
「ああ!もし心配なら、俺たちが夜通し宿を警備してやるよ!」
「そうだな、何人か交代で見回りするのが良いかもしれん」
「じゃあ、俺も見回り隊に参加するぜ!」
「俺もだ!俺はCランクだから索敵にも自信あるぜ!!」
「索敵なら剣士のお前よりも、魔導士の俺だろ!!」
「何言ってるのよ!あんたたちの索敵なんてカスよカス!Cランクパーティーである私たち『鋼の乙女』が見回るわ!熱くるしい男たちに任せてたら、うるさくてしょうがないわよ!」
静かだった酒場が突然大きな声でわいわいと賑やかになる。その誰もがジュリアのためにこの宿屋を警備すると申し出ていた。男性だけでなく、女性までも。
その申し出にひとり驚いたまま動きが止まるジュリアだが、その様子を見たルンダが喧騒に負けない大声で酒場へ怒鳴り返した。
「黙りな!あんたたちの警備は必要ないよ!!さっきの言葉はこの子を安心させてやろうと思って言ったことだ。このルンダの酒場には私がいる限り警備なんて必要ないよ。もし本当にあんたたちの力が必要な時はちゃんと言うから、早まった行動をするんじゃないよ!」
ルンダの言葉にそこかしこで残念そうな声が聞こえるが、ここの客はどうやらルンダには逆らうことはないらしい。それほどこの女将は慕われているのだと、その様子を見てジュリアは感心していた。
粗暴で血の気の多い冒険者がルンダに一目置いているのが、今の状況から良く理解出来る。
「こんな奴らばかりだけど、腕は立つし皆いい奴なんだよ。怖がらないでおくれよ」
「いえ、怖がってなんていません。みんながあまりに親切だから驚いて・・・」
「そりゃあ、滅多にお目に掛かれないような綺麗な子に皆良いところを見せたいのさ」
そう言ってルンダがジュリアに向ってウィンクすると、酒場の客たちは皆恥ずかしそうに顔を背け、酒盛りの続きを再開するのだった。
「綺麗だなんて、初めて言われました・・・ありがとうございます」
律儀に頭を下げるジュリアにルンダは目を丸くして驚いていたが、アハハと豪快に笑うと先ほどの宿泊帳とペンを渡してきた。
「ほら、ここに名前を書いとくれ」
言われるがままにジュリアと名前を記帳すると、ルンダはそれを確認して自分の背後に掛けられた鍵を一つ手に取ってジュリアへと渡してきた。
「すぐに部屋へ行くなら案内するが、夕食を食べるならここで食べて行っておくれ」
この世界の地へ降ろされてから数時間、神の庭を最後にジュリアはご飯どころか水すら口にしていないことに、ルンダの言葉で思い出した。
お腹が減ったり喉が渇いたりしないのは、シャフェイの特製ボディのおかげなのだろうが、食事と睡眠を楽しめないのは生きている者にとっては楽しみの半分を奪われているように思う。
神の庭で飲んだお茶は美味しく感じたのだから、味覚はしっかりあるはずだ。ならば、お腹が減らなくとも、喉が渇かなくとも、ちゃんと人間として食事を楽しもうとジュリアは心に決めるのだった。
「じゃあ、夕飯をお願いします!」
嬉しそうに返事を返すジュリアに、ルンダは満足そうに頷いた。
「分かったよ。あと、これが料金表だよ。朝晩の食事付きで中銅貨4枚、朝食だけなら中銅貨3枚、宿泊だけなら中銅貨2枚だよ。朝食は弁当にも出来るし、昼食も必要なら別途料金を頂くが対応するからね。」
渡された料金表を眺めながら、宿の安さに少し驚く。
この世界のお金は全て硬貨だ。
ミニルカという一番小さい硬貨は日本で言うおよそ十円程度のもので、小銅貨は百円、中銅貨は千円、小銀貨は五千円、中銀貨は一万円、小金貨が十万円、中金貨が百万円、大金貨が一千万円、そして白金貨が大体一億円の価値がある。
ルンダが提示た朝夕の食事が付いて四千円程度の宿泊料は、前世の感覚からすると激安だ。
これは朝夕食事付き一択だろう。
「朝夕食事付きでお願いします!あと、何泊するかまだ分からないんですが・・・取り敢えず7日間でお願いします」
この世界で言う暦には、一週間という単位が無い。なので、日曜日や祝日というものもなく、皆好きな時に休みを取るのだ。
ただし、一ヶ月は40日、一年は10ヶ月と決められており、前世に似た四季がある。
四季に関しては天・地・海を司るヒルメンとエアーダ、そしてメーアが創り出していた。
「はいよ、料金は前払いだ。延長の時は、最終日前日には声を掛けとくれ。あと、従魔代であるテイマー料金はおまけしといてあげるよ。あんたの従魔はかなり利口なようだしね」
どうやらテイマーは従魔の分も宿泊費がいくらか掛かるらしかったが、ルンダの好意でそちらは無料にして貰えた。
「三頭もいるのに・・・なんだかすみません」
申し訳なさそうに眉を下げるジュリアに「そういう時はお礼を言うもんだよ!」とルンダは明るく言う。その言葉に従って、ジュリアは頭を下げて「ありがとうございます」と心からお礼を言った。
「よし、じゃあ食事が出来たら運んであげるから、むさ苦しいだろうけど空いてる席に座ってておくれ」
顎でしゃくるルンダに促されジュリアが酒場へ顔を向けると、満員御礼だった各テーブルが無理やり一席だけ空けられて、期待を込めた沢山の目がこちらを見ていた。
どのテーブルの男も女も、ここへ座れと目で訴えかけてくる。
居心地悪い視線には気付いたジュリアだが、彼らが投げかけてくる熱い視線には全く気付かずに「どのテーブルも一席だけ空いてて面白いな」と少しズレたことを考えていた。
そのせいか、特に吟味することもなくカウンターから一番近いテーブルに空いた席へと腰を掛けた。
「相席ありがとうございます。お邪魔しますね」
「い、いや全然!この席でゆっくり食べると良いよ!あ、果実酒飲むかい?俺たちそこそこ良い酒を飲んでたんだ。良かったらご馳走するよ」
「わあ!ありがとうございます!頂きます!」
丁寧に頭を下げてお礼を言うジュリアに、運の良かったテーブルの男たちはガッツポーズで静かに喜び、選ばれなかったその他多くのテーブルでは肩を落とした者たちが喜ぶ男たちへの呪詛を唱えるのだった。
この世界の成人は16歳だから、ギリギリお酒が飲める歳なのはラッキーだったな~。前世では一度も飲んだこと無かったし、興味あったんだよね~
男たちの下心には全く気付かないジュリアと、周りの男たちに威嚇の表情を見せる三頭の龍とで少々カオスな空間と化してはいるが、さすがは冒険者、子ども竜の威嚇など気にはならないらしい。
「美味しい!」
この世界の果実酒に舌鼓を打ち、食事が出てくるのを楽しみに待つジュリアは、誰から見ても美しく可憐で、か弱い少女そのものだった。
実際には誰よりも剣技と体術、魔法に優れているのだが、それを正しく見抜ける者はここには誰一人いない。
そして、三頭が古龍だと気付く者もいなかった。
※※※
食事を済ませ部屋へと案内されていくジュリアを、酒場の者たちはずっと目で追っていた。
突然勢い良く入ってきた少女は、この世の者とは思えない美しさと可憐さを持ち合わせ、その場にいた男たちだけでなく女性をも虜にしてみせた。
誰をも惹きつける容姿を持ちながら、行儀が良く低姿勢であるその立ち居振る舞いは嫌味が無く、皆が好感を持つのは必然だった。
そして、小竜三頭を従えるその魔力量も、パーティーメンバーとして欲しい逸材だ。
今は子ども竜だが、成竜になれば小竜三頭はかなり大きな戦力である。小さく見積もっても王国の兵士千人を超える戦力にはなるだろう。
英雄級の冒険者も夢じゃない。
そんなことを皆がみな胸中に収めながら、ジュリアの一挙一動を観察していた。
「あんな可愛い子が冒険者になるのか・・・」
「何か訳ありなんだろうな。一人で旅をして来たっていうのを考えても、町や村を追われたか・・・」
「ちょっと!冒険者に過去の詮索と能力の詮索は禁忌のはずでしょ!」
「だが、あの子はまだ冒険者じゃないし・・・」
「それでも、あの子は冒険者になるんだから詮索なんてナンセンスよ!それ以上あの子の過去を知ろうとするなら、私たち『鋼の乙女』があの子の後見として守るわよ!」
「いや、お前たちだって今日初めて会ったくせに何言ってるんだよ・・・」
一言もジュリアと言葉を交わしていない『鋼の乙女』のメンバーの発言に、周りの男たちは呆れた声を出した。
「同じ女性として、私たちはあの子を守るわ!」
「女って、そういうとこズルイよな~」
ジュリアが去った酒場では、彼女の話で持ち切りだった。
そこへ、再びバターンと勢い良く酒場の扉が開き皆がそちらへ視線を向ける。
「三頭の竜を連れた、ジュリアって言う綺麗な子、来たか!?」
門兵として顔見知りの二人が、息を切らして酒場の中を見渡す。
「おう、来たぞ!夕飯食って部屋に行ったところだ!」
「お、遅かったか・・・」
閉まった扉の前で崩れ落ちて膝を着いた門兵の二人に、一人の冒険者が手を貸しながら声を掛けた。
「もしかして、この宿を紹介した門兵ってお前らか?」
「ああ、そうだ」
「少しくらい話せると思ったのに・・・」
肩を落として悔しがる門兵二人に、酒場の全員が「良くやった!」と歓声を上げ、そこかしこから酒を驕ると言う声が上がる。
そんな歓迎に悪い気がしない門兵二人は、ジュリアに会えなかったことは非常に残念だったが、どこか何かをやり遂げたような満足感を感じて、タダ酒に溺れていくのだった。
そんな酒盛りが開始されているのを露とも知らず、ジュリアはテイマー用客室に満足して三頭と共に眠りについた。
全能神としての神の庭への報告も、すっかり忘れているジュリアであった・・・
「何か忘れてる気がするけど・・・まぁいいか」




