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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2018 応募作品群 和ホラー

水患い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 うわっ、臭い! 水気臭い!

 おいお前、洗濯機に洗剤を入れるのを忘れやがったな。どうすんだよ、これから泊りで作業しようって矢先に。外は荒れ模様だし、室内干しだぞ、今日は。

 この、いかにもかびるんるん一歩手前の香りで、部屋の空気を満たせってか? かび胞子が部屋に漂って、身体の穴という穴から入り込んじまうぞ。鼻とか口とか肺の中に根付いちまうぞ。いいのか、それえ?

 何はなくとも臭いだけは……消臭剤を手放せない一日になりそうだぜ。

 

 ああ、良かった。午後から晴れてくれるとか、ついてたぜ。乾く、乾かないなんざ二の次だな。外に隔離できるってのが、何より重大事だ。頼むから、次はちゃんと洗剤を入れておけよな?

 それにしても、一家に一台洗濯機がまかり通る時代って、ある意味すごいよなあ。俺、一人暮らしを始めて、コインランドリーを使ったことがないのよねえ。仕上がり具合が違うと言われても、前に使っていた人が、ペットの毛がついた毛布とか、介護で使ったシーツとかが入っていたものに、自分のデリケートな部分を託せるかっつーと、ちょっとなあ。

 かといって、家の洗濯でも気は抜けないぜ。知らず知らずの間に、ことが進んでいることもあるんだからな。

 俺がちょっと昔に体験した話でもしようか。

 

 今のように夏の暑い盛りのことだった。当時は俺たちの間で水鉄砲の打ち合いが流行っていてさ。家の内外を問わず、蛇口をひねっては水を補充して、友達とサバイバルゲームっぽいプレイをしていたっけな。

 本格的にやる時には、ハチマキに金魚すくいの「ポイ」を挟んでさ、それが破れたら負けってルールを採用していた。でも、実際は細かいルールなんぞどこ吹く風で、俺たちはシャワーを浴びるような気分で、がんがん濡れに行ったな。だが、その天国に文字通り、水を差される事態が起きた。

 断水だ。俺の住んでいる地域の各家庭に、数日後から断水することを伝える手紙がやってきた。給水場所や入浴場所の案内も書いてあったが、このあたりで最近、水道管にダメージを与えるような、地震などが起きた覚えはない。

 水道局とか、浄水場で何かしらのトラブルがあったかと、邪推する俺たちだが、通知には復旧予定日も書かれている。文句なら、向こうが約束破りをしてからでも構わないだろう。そう思っていた。

 

 断水は通知した期間通りに終了した。みんなも久しくご無沙汰状態だった、各家庭でのゆったりとした入浴、ここ数日溜まっていた洗濯物を詰め込んだ洗濯機を回し、大わらわだったんだが、やや気になる点があった。

 若干。本当にわずかなのだけど、洗濯物の色が薄くなっているような気がする。

 色落ちとは少し違う。何というかな、閉め切っていたカーテンがわずかに開いて、そこから差し込んでくる朝日が、生地の一部を照らしている。そんな淡い、膜のような白さなんだ。

 俺の目が良かったせいか、他の家族に聞いても「よく分からない」って返されたよ。うちは男所帯だったからなのか、服装に頓着しないことも珍しくなかった。

 それでも気になった俺は、乾いたばかりの服を着こむ家族を尻目に、タンスにしまってあった衣服の中から、別の服を自分で選んだよ。

 

 学校に行った時、クラスのみんなにも尋ねてみたところ、気になった人はそこそこいるみたいだったが、大した問題にはならなかったよ。

 結局、俺が話題を振った朝の時間に、これらの件は自然消滅。俺自身も早速、今日の水鉄砲合戦の算段に入ったわけさ。会場は近所の公園をローテーションしながら廻っている。

 その日は友達の家のすぐ近くの公園。家から道路を挟んで向かい側は、すぐに公園という立地だ。

 友達自身は、夏バテ気味のウェルシュ・コーギーを連れてきた。友達の家の最前線に設置された犬小屋にいるのを、何度か目にしたことがある。少しくらい水をかけてやりたいのだとは、友達の談。

 俺たちはいつも通り、ポイを頭上にセット。互いに存分、冷水のシャワーを浴びた。木につながれたコーギーにも、定期的に水鉄砲で何発か注いでやる。バケツとかでもろに浴びせると、水中毒を起こすかも知れなかったからだ。

 俺たちは何ラウンドもこなし、帰る時間になると、公園の木々に止まっているセミたちにも盛大に行水を敢行した。まあ、おしっこして逃げていくくらいだったから、かなり迷惑だったのは確かだが。

 

 しかし、この晩。俺は急激な腹痛に見舞われた。晩飯のそうめんを食べすぎていたし、昼間は濡れた格好のまま、何時間も戦っている。腹の調子もおかしくなるのもおかしくない。

 それでも、ある程度籠城して、出るものが出たら落ち着くだろう。そう、たかをくくっていた。

 だが、俺の感覚にして数十分。便座に腰かけ、そうっとそうっと、さすったお腹から出てきたのは……砂だったんだ。いや、俺が見た感じでの判断だ。本当に砂なのかは分からん。

 ドバッとじゃなかった。まるで料理で扱う塩などと同じ、ひとつかみ分出ては止まり、しばらく置いて、またひとつかみ分出る……その繰り返し。おさまった時には、一時間ほどが経っていた。家にトイレが二つなかったら、無理やりにでもドアを開けられ、引きずり出されていたかもな。

 

 その夜から、俺は,便意を催すのが怖くなったよ。お通じと一緒にな、混ざるんだよ砂が。一日にせいぜい一、二回のこととはいえ、気味が悪かったぜ。

 本来なら、すぐに病院に駆け込むところだったんだが、己の下半身に関することだぜ。健康よりプライドを重んじがちながきんちょには、「恥」の一文字があまりに重すぎた。俺は俺以外の誰もが知らない間に、勝手に事態が鎮静化することを祈りつつ、数日間を送る。だが、「砂」はちょろちょろと、しかし止まることなく、便座の水に混じり続けた。

 

 どうにか周りに気づかれまいと、平静を装っていた俺は、その日も水鉄砲合戦に参加したが、どうしても便意を我慢できず、ところどころ中座。しまいには休んでろと、戦力外通告されるほどだった。

 この水鉄砲合戦をした日の夜は、砂の流れだす量が、若干増している気がした。同時に腹の痛さも。

 この水遊びに原因があるのか、と俺は疲れたのを理由に、みんなが帰るまで公園のベンチに腰かけてボーっとしていた。俺はどうなってしまうんだろうって。


 ふと、コンと俺が座っているベンチの脇に、何かが当たったような音。見るとセミが腹を上に向けて、ベンチの上であえいでいる。命の限界が訪れようとしていた。

 死に際くらい静かにさせてあげよう。そう思って、俺がベンチから立ち上がろうとした時、セミに予想外のことが起こった。

 苦しそうにうごめいていた、セミの足の一本が取れて、ベンチに転がる。だが、ベンチに着いたとたん、足はまるで崩れた砂糖菓子のように、粒となって散乱した。

 息を呑んだよ。その粒、俺が身体から出している砂に、色も形も瓜二つなんだ。あっけに取られている間に、残りの足も、二つの羽も、一つしかない首も胴体も、お互いに別れを告げた後、改めて姿を変えて、同じものへとなっていく。

 こいつがいつぞや、俺たちの水を浴びた奴と同じか分からない。けれども、俺の不安を煽り立てるには、十分すぎる最期だった。

 

 また便意がやってくるが、ギリギリまで耐えて、部屋に籠る俺。

 仮にあの時の水が原因だとして、みんなは異常がないのだろうか。少なくとも俺のように症状が表面化している様子はなさそうだ。

 症状の進行が遅い、もしくは個人差がある? いや、そんな諦観交じりの観測じゃ、何の手も打てない。俺がやるべきは、どうにかこの流れを止めることだ。そのために何をするか。

 家族も俺が知る限り、トイレに長時間籠っている様子はない。そもそも水鉄砲合戦をしていないが、突き詰めれば、水鉄砲もシャワーや風呂も、どちらも蛇口から出た水を浴びているという点では、同じはずだ。何かが俺と彼らでは違っている……。

 そこまで考えて、俺ははっとした。断水が終わり、給水開始された日の翌日。家族全員が洗濯したばかりの衣服を着ている中、俺は違う服を引っ張り出して、着た。あの「白さ」が気になって。学校のみんなも、さほど気にしていなかったから、洗濯したてを着るのに抵抗はなかっただろう。

 俺に分かる違いは、そこしか考えられない。俺は記憶を頼りに、あの日、洗濯されていた俺の服を探り当てる。それはいまだ変わらぬ「白さ」をたたえていた。

 

 ダメ元で臨んだ俺の苦肉の策は、結論からいえば成功したよ。その日からじょじょに、俺の身体が砂を排泄することはなくなった。ただ、食を細めたわけでもないのに、体重は数キロほど落ちていた。

 俺はしばらくミネラルウォーターばかりを口にし、友達との水鉄砲遊びにも参加はしなかったよ。また何かの拍子に復活しては困るからだ。他のみんなも見たところは大丈夫そうだったが、例外が一匹。

 あの日のウェルシュ・コーギーだ。セミが散ってから二週間くらいして、友達の家の軒先からあいつの姿が消えた。俺の以外の気づいた友達が理由を尋ねたら「察してくれ」と、顔をうつむけながら答える。みんなと一緒にお悔やみの言葉を告げたが、はっきりと「天国に行った」と話さない辺り、あのセミの姿の末路が浮かんでしまった俺は、おかしい奴だったのだろうか。

 

 あの断水と、復帰した給水。そして、俺の症状と改善に関しては、結局、謎だらけだったよ。

 だが、社会人になって胃に穴が開いて手術をした時、お医者さんに気になることを言われた。

 俺の胃袋は、穴が開いているのもそうだが、中途半端に切り取られ、腸とつながった状態になっている、とな。自然発生するとは考えづらい代物で、ずいぶんと首を傾げられたよ。


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