初めての共同作業
正門を潜り、武家家屋へ向かう。雪をかぶった飛び石に沿って、庭に到着した。
暗く群青色に沈んで行く中、布団を家屋に運ぶ込むかな、となんとなしにとつぶやく。
「お、お手伝いしやすか?」
と、ズイっと小さな顔を寄せてくる。
白無垢を来た美女に距離を計りかねていた俺は後ずさってしまった。
思わず考える。
白無垢をきた女性に手伝わせていいのだろうか?
それより、得体のしれない人物に何もさせずにおくことの方が怖くない?
決まりだ。
夜まで時間がないのも事実。
いまさら追い返しても良心が痛むので、より冷え込むだろう夜に備えるため手伝ってもらおう。
追い返したところで当てもないのだ。
たぶん戻ってくるだろうし後が怖い。
「あ~、ではお願いできますか?」
「はい!えらい寒うおなりおすさかい、うちにできるこはなんでもいっておくれやす!」
白無垢は気さくな笑顔で頷くと、袖を小脇にあげ、やる気を滲ませる。
白無垢の言葉が真実なら、彼女は寒さを感じないはずなので純粋に俺を気遣っているらしい。
怖いとかいってごめんなさい。笑顔が眩しい……。
得体のしれないのは変わりないのだが。
といっても、白無垢の女性に嵩張るようなものはもたせられない。小物類を運んでもらおう。
必要なものを指折り数えながら思いめぐらす。
明かりはランタン型ライトがあるから一時は大丈夫だろ。
ここが別の世……?
異界であるなら電気、ガス、水道等。
生活インフラが使えないんだろうしな・・・・・・。
なぜか家屋ごと異世界にあるからといって、そこまで期待できない。
居、食、住をとりあえず確保できてるのは奇跡だな。
打開策がないので、この状況が続くなら食の問題が怖い。
とりあえず毛布や布団類なんかを運んでしまうか。
あと灯油ストーブがあったはずだ。
・・・・・・てか、寝るのかな?
俺の中で白無垢は既に人外認定してしまっている。
しかも客人としてもてなさければならない。
家主不在の現在、俺が家人として応接するしかないのだ。
人外だろうが、なんだろうが一個の人格をもっているのは確実。
今のところ気安く接してくれいるので、特別なもてなしをしなくても問題なはず。多分。
思案から覚めると白無垢を見る。
どうやら、独り言を垂れ流していたらしい。
袖口から除く繊細でしなやか指。
白無垢も指を折り数えているようだった。
きょとん、とした表情と目が合うと、あわあわし始めた。
そうだった、目が合うとテンパる人?だった。
親近感沸くなぁ。
後半の独り言は駄々洩れていない様子。
よかった。よかった。
あとは、趣味の釣りで使うアウトドア用のミニガスバーナーと燃料のカセットガスだ。
調理のための火も問題ない。
そうだ、親父の買いだめしたカップ麺があったっけ?
駅からの道中に俺も買ったけど、あれも運んでしまおう。
ライトを掲げる。
カップ麺の入った段ボールを探しだし、
食器やガスバーナーを載せていく。
「これを運べばええんやっしゃろうか?」
目をパチクりさせ聞いてくる。
「ええ、そうです。ちょっとまってください」
圧縮袋から保護された布団を取り出し二人分重ねる。
掛け布団、毛布を同時には無理。もやしの限界を超えている。
「ライトお願いできますか?」
ランタン型ライトを手渡すと、段ボールへ屈みこむ白無垢。
「行燈どすか? かまへんどす。この箱も軽そうでどすし、難儀はせんでしょうさかい」
上目づかいで、微笑みながら請け負ってくれた。
「でわ、先お願いします。ついていくんで」
段ボールを「よいしょ」と、可愛い掛け声で持ち上げる。
「あんじょうお運びやす、おきばりやっしゃ」
おきばり? 京言葉はたまにわからない。
といってもニュアンスを読んでいるだけだけど。
多分、労われている。んだと思う。
たしかに雪で足がとられそうだ。
そういうと、踵を返し玄関へ足を向ける白無垢。
玄関前につくと、荷物を置きライトをはんなりと胸元に掲げ持つ。
せり出した屋根のしたをぼんやりと照らし出す。
礼を告げ、框に布団を置き、残りの掛け布団や毛布を運び込むと、
「お手伝いしやす」
そう言って、白無垢は足元の段ボールにライトを置き、荷運びを手伝ってくれた。
終始ニコニコとしており、疲れたとは言い出せない雰囲気。
せっせと、少ない荷物を運び終わる。
寒いのか、疲労なのか。おそらく両方の理由で、帰宅部の腕はプルプルしている。
万歩計計測ゲームをするなら今だな。
ようやく必要なものを玄関に運び込み、框に腰掛け呼気を整えると、白い息をはく。
労働で火照った体から蒸気が上がってるみたいだ。まぁ、外は寒いってことなんだけどね。
「はばかりさんどす。入り用のもんは運び終わりまっしゃろか?」
「ええ、大方は。白無垢さんの寝間に案内ついでに布団運んじゃうんで付いて来てもらえますか?」
「おおきにどす」
体が温まり、幾分、饒舌な口調で答える。
そして、何度目か。いつのまにか傍に立たれることに毎回驚く。
これは心臓に悪い。ビクッとなる。
もう外に用はないと伝えると、カラカラと格子戸をしめてくれる白無垢。
よっこらしょ、と枕が乗った布団を2人分、箒と塵取りも一緒に持ち上げる。
自然と白無垢がライトを掲げ先導をしてくれるらしい。
反対の手で袖が落ちない様、肘辺りに添えている。
大和撫子然とした立ち居振る舞いにちょっと、ドキドキする。
「でわ、付いて来て下さい」
白無垢を伴い空き部屋の前につく。
間取りなんか全然、把握していないが俺が寝る予定の部屋からなるたけ遠い部屋に案内した。
よっこらしょ、と廊下に布団を置き、襖を開ける。
「取り敢えず、ここが寝間になります……」
「まだはようおす……」とか「今日が…しょゃ…」とかごにょごにょ言っている。
ヨシュア? 何だ何だ、どうした?
取り合えず、背後で呟くのをやめてほしい。
呪詛じゃないだろうな?
白無垢に振り返ると、何事もなく姿勢よくたたずみ、微笑み返される。
なぜか、顔がほんのり染まっている。
「……ほんとに寒くありません?」
「へぇ、寒うへんおす」
そういうので、さっさと部屋を履いていく。
入口でいつの間にか塵取りを持って待機してくれていた白無垢。
塵取りをパタパタさせ、赤らんだ顔を仰いでいたのは見なかったことにしつつ。
二人で掃除したので割かし早く、布団を運び込めた。
念の為、寒くないのか、再々に訪ねると、平気だというので大丈夫だろう。
「自分の布団敷くついでに、と…厠の場所教えるんでっ」
と、微妙な気遣いをみせつつ、自分の布団を持ちあげる。
とたんにシュン、となる白無垢さん。
ころころ、表情が変わるので見ていて分かりやすい人だと思う。
あ、人じゃないかもしれないけど。
「いけずおすなぁ」と唇を尖らせる。
美人なのでなにやっても可愛い。いや、危ない、危ない。
得体のしれないことには変わりないし。
人の姿をして近づいてきた……、疑惑が浮上するも、
道中、トイレの場所を教え、大広間の傍の部屋に白無垢を案内した。
自分の布団はさらに隣の、似た間取りの部屋に敷いてある。
あとは、石油ストーブかな。
クッションを渡し、待つように言いつけると、
「ふふ、一緒にやった方がはかどるさかいに」
と、クッションを抱っこしたまま結局ライトを持ってついてきたくれた。
武家屋敷を一人で闊歩するのは怖かったのでありがたい。
がきんちょ捜索にSAN値がだいぶすり減っていたし。
これ以上狂気度の上昇は勘弁してほしい。
世界が一変して、ひとまずの落ち着きを取り戻せそうだ。
やったことは必要最低限の荷物を一緒に運んだだけ。
だけど、この状況でも笑顔でいられる白無垢に、若干の信頼を覚える。
良いことなのか、悪いことなのか・・・・・・。
白無垢が先に部屋に入り、部屋を照らし出す。
俺はストーブを部屋に運びこみ、点火の準備をしよとすると、
白無垢は隣に屈みこみ手元を照らしてくれた。
自然と気遣いを回してくれる白無垢。
興味津々といった様子でストーブをしげしげ、と眺めだす。
「これは、なんでやっしゃろか?」
口元に袖を運び、驚嘆を表している。
「これですか? これは、ストーブですよ。暖房器具です」
「そうどうすか。なにやら寸胴で可愛いおすなぁ」
と、相好を和らげる。
可愛い?ストーブに突き動かされる感性が白無垢にはあるらしい。
部屋の邪魔にならない場所にストーブを置き、点火させる。
一度、運び込む際見ているので、気になっていたのだろう。
寒さ、というか寒暖に耐性を持つらしい白無垢。
春先とはいえ。
おそらく礼装のまま徒歩で来たのに疲れ一つ見せずに庭先にいたからな。
俺はへばってしまったけど。
そんな彼女にとって、不必要なもだろうし知らないのかもしれない。
人外鑑定が冴えわたる。
ぼっ、ぼっ、と空気を求め息を蒸かすストーブ。
青い瞬きから次第に火口を覆う金具が赤熱発光する。
「随分、明かるうおますなぁ」
「光源がこれだけですからね…」
しげしげとストーブ眺める白無垢。
いつの間にか正座した膝上に消沈したランタン型のライトを抱いてる。
じじんする指先に熱気を放つストーブに手をかざす。
白無垢も俺にならい、手をかざしていた。
ニコニコしているが、たぶん何も感じていなんだろうな。
俺は鼻がズビズビになるほど、かじかむし。
コートも着てる。靴下も手に履いてるのに。
凍えることも、冷えた手が火照っていくこともない。
のかもしれない。
俺からみて、そう見えるってだけだし。
白無垢の言葉を鵜のみにするならって話。
本人みてると、まぁ、そうなんだろうけど。
そんなに広くないし、部屋も暖まってきたな。
がきんちょに貸していたクッションもある。
ストーブから距離をおいても大丈夫だろう
部屋の中央付近に移動し、クッションに腰を降ろした。
すると、ポンポンと畳を軽く叩く音がする。
ストーブの前で今だに、正座する白無垢。
ニコニコと自分の隣をポンポンしていた。
まだ、隣に座っていろって事かな?
いや、近すぎて話しずらくないですか?
「もう、十分部屋も暖まりましたから」
「むぅ」と、頬を染めながら膨らませ、無言の抗議を向けてくる。
「お隣はんならほっこりおすのに……」とむくれてしまった。
たまぁに、積極的な一面というか、こどもっぽいというか。
もともと、こんな感じの人なのかな?
そっぽを向く白無垢を見やり、ためしに腰を上げてみた。
「はぅっ…」と、こちらに気づき、小さく慌て始めた。
あわあわ、している。
あ、変わんないみたいですね。この、奥ゆかしさが白無垢だと思う。
そのまま、腰をもとの場所に卸す。
露骨にしゅん、となり腰を丸めてしまった。
「いけずおす……」
袖越しに呟いた。
ストーブだけが光源の部屋に、暖かい光がぼんやりと拡散し、四隅に闇を作る。
その二層系にあらためて、この家に完全な夜が訪れたのを実感する。
体感的にはまだ夕方の日暮れ前な感じだけど。
もうすっかり暗夜になってしまった。
スマホをみると、16時過ぎを指している。
かねがね体感通りなんだけど……。
やはり、がきんちょが気がかりだし、心残りだ。
白無垢を信じるしかないというのが、心もとない。
うむ、さて何と切り出そうか。
聞きたい事は山程あるが、いざ聞き出そうとすると、中々に恥ずいぞ。
ここはあの世なんですか?
白無垢さんは人間何ですか?
何故、俺の嫁になりたいんですか?
等々・・・・・・。
コミュ障の俺には踏み込み辛い質問ばかりだ。
とうの白無垢は、ストーブの傍で火口を眺め、楽しそうに体を揺らしながらニコニコとして居るだけだった。
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