カクリヨにおるようどす
白無垢はまじまじと、コーラの注がれたコップを眼前に掲げ持つ。
「お醤油さん?」
と、コテンっと小首を傾げる。
目を細めたり、炭酸の弾ける音に耳を傾けて見たりと、一向に口にしない。
わざとなんですよね?
コーラを知らないなんてないですよね?
そんな様子をみながら、恐る恐るコーラに口をつける。
口に運ばれていくコーラを白無垢は興味深げに見ており、
赤いカラコンが傾いていくコップを追っている。
若干、気まずさを感じつつも、
ゴクゴクッと飲み干してしまった。
存外、喉が渇いて居たらしい。
俺の様子をみて安心したのか、白無垢も茶道の如き所作でガラスのコップを口元に運ぶ。
コップの縁を紅の載った唇で優しく食むと、コップをかたむけ、可愛らしく喉を鳴らしている。
別にコーラを飲むのに作法なんて無い。
俺は喉が渇いていただけで、真似る必要はないんだけど……。
一気にコーラを飲み干す。
涙目で口元を押さえ「くぅ…」と呻く。
それでも白無垢は気に入ったらしい。
潤んだ瞳で「しゅわしゅわさんどすっ!」とはにかむ。
指をそろえて口元に揃え照れていた。
炭酸を我慢していたのが、恥ずかしかったようだ。
すんごい潤んだ瞳で、眉を寄せていたからね。
コーラを出されたことに怒ったのか?
と一瞬、戸惑うくらいには。
きつかったようにみえた。
やっぱ、コーラ知らないのかな?
そう言う、設定なのだろう。
キイィィィ……ン。と耳鳴りがする。
天気でも変わるのか?
耳にフタされたみたいな感じに、眉をしかめる。
ふと、突然の浮遊感と振動が波紋のように体を駆け抜けた。
得体のしれない感覚。眩暈と頭痛に目柱を抑える。
(ッ…な、なんだ……?すっごい不快な感覚が……)
差し込む日差しが陰り、辺りが一段と暗くなる。
先ほどまでの長閑な庭園はどこにもない。
頭痛が引いていくのを感じながら、
ふと白無垢を見ると鋭い視線で辺りを見回している。
彷徨っていた視線が俺の顔を捉えると、ハッ、と目を見開く。
とたんに袖口で口元を覆い、あわあわし始める。よくテンパる人らしい。
「あ、あの、はぅ…なんといえばええのか……。」
目を細め訝しむ俺。
熱を帯び赤面している事に気づくと全貌をついにはおおってしまった。
「あ、ああ、相変わらずの御身へ拝謁でき…嬉しゅうございます」
顔を覆ったまま、わけのわからない事を言う。
先程から上はティーシャツ、下は中学のジャージだ。
荷運びにラフな格好に着替えてから服装は変えていない。
白無垢も見ているはずなのに、ここに来てこの発言だ。
ますます、訳がわからない。
チラチラと目配せしては、紅く染まった貌を袖口に隠してしまう。
真っ赤な小さい耳が、ちょこんと見えているので隠す意味はあんまりないかもしれない。
田舎だからかなぁ……。
山のふもとにある村落だし、天候が急転したのかもしれない。
雨天なら白無垢のまま帰させるのは、ちょっと忍びない気もする。
しかし、あの浮遊感と眩暈。
風邪かな? 熱でもあるのかもしれない。
卒業式に引っ越しと最近イベント事が立て続けにあったし。
相応のストレスが祟ったのかもな。
体調不良での応対に気を使わせてもしょうもないし。
雨が降るようなら曇りの内に帰り支度してもらったほうがいいだろう。
お帰り頂く口実を策謀し、やんわりと話を振ってみた。
「天気が悪くなりそうですね。雨具など用意されてないでしょう?」
「お気遣いおおきにどす……」
と、俯いてしまう。
ここで話が途切れると、雨が降っても雨具を貸せるので大丈夫ですよ。的な空気になってしまう!
「……そうですか」
「……」
ぼっちのコミュ力では持続力のある話題を提供できないッ!
話が続かないので強引にいこう。
「ちょっと雨具の用意してきますね。」
「……」
袖口が降り、僅かにのぞく貌をコクコク頷かせている。
せいいっぱいだった。
只でさえ異性に耐性がないのに、白無垢の女性にてんてこまいになる。
追い返すといっても、常識で考えれば無理な話だしな。
それと、雨宿りするなら縁側はない。
部屋に通すなら軽く掃ける、掃除道具もいるか。
赤面し目を伏せたままの白無垢。
ガチガチでなけらば、さぞ可憐だろうなぁ、とぼんやり思う。
がきんちょがいなくなってから、最初の時みたいに大変奥ゆかしくなってしまった。
うーん。しばらくこのままかな? 放置でいいだろう。
踏み石から、俺の靴と白無垢の草履も確認をとり拾い上げ、玄関へと向かう。
白無垢が袖で口元をおおったまま視線で追って来るのを背にしつつ後にした。
「……寒ッ!!(なんだこれは!?)」
しんしん、と粉雪が降っている。
格子戸をあけ放つと、事態が一変していた。
辺りを霧雪が覆い隠し、肌を刺すような空気が玄関に流れ込み全身を包む。
玄関に来るまでに何があったというのか。
縁側にいた所までは、ただ日が陰っていただけなのに……。
半袖で無防備な二の腕を組むように摩りながら、庭に鎮座するダンボールにいそぎ向う。
指がかじかむし、ズビズビ鼻水を啜りながら荷物をあさっているのだが。
……歯がなり始めるって。
鼻先も自分の鼻じゃないみたいにジンジンするし。
それより何でないんだよ。コート以外冬着がッ!
こっちのダンボールは……?ないな。
やっぱない。
無駄に体温が奪われただけ。
コートあるのにマフラーがない。手袋もない。
とりあえずコートは着込むとして。
しかたない。
靴下を手にはめとこ。しかも2重ねの。
端っこクルクルしとけば手袋の完成だ。
ないよりマシ。
あとは、フード被っとけ。
鏡を見れば唇が青くなってるだろうな。
くつし……手袋に、白い息を拭きかける。
一緒に取り出した箱ティッシュで鼻をかみながら周囲に視線をめぐらす。
「…一体何なんだ? …靄ってるけど曇ってるわけじゃない…霧かな? 夕方みたいに昏いし。もう、夜に差し掛かってる? さっきまで昼過ぎぐらいだったのに……」
ボッチ生活が長いと、こういう独り言が自然とでてしまう。
わずかの間に日没にせまり。急激な気候、いや季節の逆行。
事態に追いつかない体を労わる。
白無垢も寒いだろうし、なんか暖を取れるものを用意しよう。
それに、二人も探さないとな……。
状況が一変してから、がきんちょの声が聞こえなくなった。
垣の外に出ていった可能性がある。霧雪で視界不良、冬場のような寒気に雪まっでふっている。おまけに日没間際。もうじき夜が来る
霧雪のなか、竹林内を無闇にあるけば山林に入り込んでしまうかもしれないし。
俺でさえビビってるのに、がきんちょが白無垢に対して、助けをこう気配もない。
事態からそう時間がたったわけじゃない。
近くに居れば、武家屋敷を見失うわけないのに。
コート着込んでいる間も、正門から人の気配一つないのだ。
あまり、いい状況とはいえない。
「もし、あの子達はみあたりまっしゃろか?」
ばっ、と首を振り向くと白無垢が傍にたたずんでいた。
「……あぁ、すみません、ほっぽってしまって。庭先にはいないみたいですね…。敷地内なら問題ないなんですが、外にいるなら心配ですね……。すぐ暖を取れる様にするんで。」
まだ、赤面冷めやらぬままに微笑み、
「おおきにどす。けど、お構いなく。うちはへっちゃらどすからッ」
と、小首を傾げ真白な前髪を揺らし、袖をひらひらとおどけて見せる白無垢
ちょっとどきどきした。白無垢にではないよ?
突然、背後から声をかえられればびっくりするよ。
某、殺し屋の気持ちが分かる気がする。
奴の場合はもっと違う理由があるかもだけど。
跳ねた鼓動をなだめつつ、白無垢に改めて向き直る
たしかにかじかんだり、息も白くない。
白無垢で草履を履いて気配なく後ろに立たれると、彼女の神秘性に拍車がかかる。
そういえば、庭先にもいつの間にかいたんだよな……。
会って間もない白無垢を一言でいえば、はんなり。
そんな言葉が浮かぶ。大和撫子然とした美女という心象だ。
おっとりと京都弁を喋る彼女の柔らかい雰囲気のなか、どこか推し量れないものがある。
人間…なんだろうか?
馬鹿げた、推測に頭を振る。
いや、得体のしれない何かぐらいには認識を改めた方がいいかもしれない。
彼女が現れた事と、今の状況は無関係では無い様な気がする。
不意に怪奇じみた考えが過ったせいか身震いする。
これは寒いからだ! 武者震いじゃなければ、膝が笑っているだけだ!
そう言い聞かせるが、突然の霧雪、子供達の失踪、謎の白無垢を纏う美女。
……やっぱ、怖いです!
「あの子達は―――恐らく、こちらに来てはらない様です。」
は?こちら?
「えらい彼方にいはりますなぁ」
少し目線をあげ、遠くを見つめると白無垢はそういった。
「今の状況がわかったり、するんですか?」
おそるおそる聞いてみる。へんな答えが返ってきませんように!
これ以上俺を怖がらせないでください!
いつの間にか息を呑む。
いままで、そわそわしてはにかんでいた白無垢の視線が俺の目を捉える。
「へぇ。現世とは異なる世に居るようどす。
どこぞの幽世か神域かに踏み込んでしまった、そんな感じおすやろか?」
電波発言キター!?
俺はそれを全力で受信拒否したいが、耳が拾ってしまったのでしょうがない。
頬に当てた人差し指が柔らかく頬を窪ませる。
そのまま可愛らしく首を傾げ、想い更けるように上を見ている。
……考えてる振りして目線を逸らしていますね? また頬が染まっている。
そろそろ慣れてくれませんか……。
ということは、この極寒のなか二人を探さなくていいのは大変ありがたい。
と、いいたいところだが。がきんちょの生命に関わってくる問題になる。
摩訶不思議な現象が事実だったとして、迷子の原因までそこに押し付けられない。
二人とも人外の可能性に目をつむったうえで、折を見て探しに行こう。
問題は心配する素振りをみせない白無垢の態度をどう解釈するかなだな。
人外だから心配ないのか。言葉通りこの場におらず、事態に巻き込まれていないのか。
はたまた、がきんちょに関心がないのか。
なとなくだが、それは無いような気がする。
あの、ほっとした安堵を湛えた目。
コミュ症の俺が、他人の心の機微に聡いかといわれれば、否である。
だけど、お供として連れだった。
少なくとも、俺へと嫁ぐ? ために同伴させた二人は浅からぬ関係に思える。
あのがきんちょへは、少なくとも心の通った表情をするのだろう。
俺へはどうだ? といわれれば、甚だ信用ならないけど。
いまだ、白無垢への警戒心や畏怖が警鐘をならしている。
だって、ここにきてレイヤー設定が通用しなくなりつつある。
物事が重なりすぎて、ろくに互いの自己紹介ができていない。
初対面からの不信感が募っていくばかりなのだが……。
白無垢たちはいったい何ものなのか?
いまだ、得体の知れないまま。
なにもわからないまま、何かに巻き込まれたのだ。
雪やんでほしいなぁ……。荷物どうしよう。
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