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先輩―姉御―

「ブフォッ!」


 嘘だろ!?

 なに切欠で転移するんだよッ!

 てか、本当に転移したのか?

 あの時の感覚を確かに感じたけども、

 訳の分からないことには変わりないし。


 吐き出したラーメンで口回りが汚れているのも気にかける余裕もなく、

 思考の深淵にはまっていると、


「これをお使いやす」


 そういって、白無垢が降りたたまれた布を渡してくれた。

 汚れた口元を拭い、改めて周囲を確認する。


 う~ん、さっきまで明け方だったぽいけど。

 午後の日差しと言われれば、そうとれなくもない長閑さだ。


 うん、やっぱり転移している。

 耳を澄ませば懐かしい竹の擦れ合う音が聞こえてくる。

 懐かしいと思えるほど思入れはないけど、

 異世界からの帰省でグっと距離が縮まった気がする。

 あぁ、ただ、俺のいた幽世である保証はないわけか……。


「白無垢さん。あの、やっぱり?」

「へぇ、転移しはッたようどすなぁ」

「元の……俺の居たか、幽世なんでしょうか?」

「へぇ」


 と、微笑んでくれた。

 白無垢が証人であることに、若干の不安はあるが、

 これ以上、信頼できる根拠が……。あ、そうだ。


「妹。どうだ? 元の世界か?」

(ん~? じゃないかなぁ?)


 と、なんともあいまいな言い回し。


(うん、元の世界だよッ! お母さんもお父さんも我が妹もちゃんといるよッ!)


 と、妹の主人格であろう通常の目元が笑う。

 

「はぁ~……」


 よかったぁ。

 ほんとによかった。


「お御神……。汚いのじゃ……」


 と、現実に引き戻される。

 

「あぁ、ごめん」


 おとなしめの女性に顔をごしごし拭われている。

 

「すみませんッ。すみませんッ」


 と、なぜか謝られてしまった。

 いや、俺が悪いので謝らなくてもいんだけど。

 元来の性分なのか、変わってしまった龍に戸惑っているのか……。


「少年。転移って、どういうこと?」


 頭の痛い問題だキター!

 本当にどうすんだ?


「え、いや~、なんといかぁ。もう帰れない、かもしれないというか……」

「は?」


 と、さすがに厳しい視線で訝しまれてしまった。


「えっと、軍人さんのいた世界じゃない! といこでありますッ!」


 敬礼!


「え? え?」


 と、タバサさんがうろたえている。


「少年……」


 そんな、痛い人をみるよな目で見ないでほしい。

 

「大御神……。それは本当でしょうか?」


 と、事態の変化にスイさんが、とても困惑した様子で聞いてきた。

 その隣には平然とムリョウさんがすまし顔で立っている。

 スイさんは俺の目線に合わせて、いつでも平伏できる正座になっているというのに。


「……はい」

 

 どうしよう。

 一番来ててほしくない、ヤツがこっちに来てしまっている。

 謝罪の一言もない……。


「ガキ。法螺吹いてねぇよな?」


 と、険しい表情でと正してくる。

 基本俺に過剰な敬意を払ってくれているスイさんが、

 チャラ男とムリョウさんの間であわあわとしている。

 小声で咎めるも、聞き入れれないと悟ったのか、ペコペコっと頭を下げてきた。


「嘘じゃないです!」


 どうかその(けん)をおさめてください!


「そうだぞッ! 大御神は嘘をついておらぬぞッ」


 と、龍も援護射撃をしてくれた。


「ちッ……」


 と、眉間にシワを寄せイラツキ、頭を掻くチャラ男。

 ムリョウさんは真顔のまんまだ。


「ロクロウタ……」


 と、スイさんがあきらめ気味に咎めるも、その声はか細い。


 なんとなしに、手から溺れるタオル……タオル?

 

 『SMOKE WEED everyday!』


 ぱさっと落ちた布を広げると英文が飛び込んでくる。

 意味は知らないし、それは俺のTシャツだった。

 白無垢を見る。

 コテンと小首を傾げ、恥じらっているがまだ目を合わせらてくれないらしい。

 

 というか、その辺に散乱しているダンボールから適当に布を見繕ってきたのか……。

 

 悪気がないので質が悪い。

 また、折りたたんでおく。


「お~いっ! いるんのか~?」


 と、正門の方から聞き覚えのある声で呼びかけられるッ。


 やばい!?

 最低2日かいなかったのだ。

 騒ぎになっててもおかしくないっ!


 「あきひと~。入るぞぉ~?」


 と、入ってこようとしている!

 どうしよう、この惨状をどう説明するんだ!?

 俺の実家が巨石で押しつぶされる理由がほしい。

 それも、この町の人々が気づかなかった理由がッ!

 

 うんうん、唸っていると白無垢に声をかけられる。


「お前様、大丈夫でやっしゃろか?」

「ん? あぁ、大丈夫じゃないけど、大丈夫ですよ。」

「お困りなら内にいっておくれやす」


 と、胸の前に祈る様に手を組み心配してくれている。


「えとですね、今知り合いが訪ねて来てるんですけど、この家の惨状をどう伝えてらいいか……」


 ぽん、掌を打ち合わし、ニンマリの白無垢。

 挽回する好機どす! とでも思っているのかもしれない。


「うちに任せておくれやす!―――はい、どうでっしゃろ?」

「?」


 ニコニコとしている白無垢。

 いや、どうって……!?

 振り向くと巨石が消失し、家屋が元通りになっていたッ。

 ムリョウさんが突っ込んだ黒漆喰塗の垣も元通りになっていた。


 すげぇ。今、一番白無垢が輝いて見える。


「白無垢さんッ!ありがとうございます!」

「はぅ……」


 と、詰め寄り感謝を述べると伏せってしまった。

 あ、こういうのは苦手人だったな。

 

 て、それどころじゃない!?


 「はいるからなぁ? 断りはいれたかんなぁ?」


 と、野暮ったそうな抑揚で門扉の向こう側から押し開かれ始める。


「皆さん!? 隠れてください!」


「はわわわわわッ!?」


 と、俺の言葉を聞くと、てんやわんやに龍が躓きながらも庭園の木陰に飛び込んだ。

 竜人の人たちも龍にならえっ! と言わんばかりに木陰に飛び込むも、

 おとなしめの女性だけ渋々とため息を吐くと、結局飛び込んでいった。


 すみません……。


 チャラ男はスイさんを抱え、屋根に飛び上がる。

 すげえな。

 ムリョウさんは特に行動を起こそうとしない……。


 軍人さん達もいつの間に姿が見えなくなっていた。

 ニールもタバサさんの鹿もいない。

 

 妹は呑気にペタンと座ったまま動かない。

 どこか眠そうだ。

 まぁ、どうせ見えないだろうから問題ないか。


 ただ一人除いて……。


「ムリョウさんッ」

「殺されにきましたか? 大御神。願ったりかなったりです」


 白無垢の眼光が鋭くなる。

 すると、額を摩りながら、庭園の木陰に飛び込む。


 これでよしっ!


「なんだよ。ちゃんといるじゃん。返事くらいしろよアキヒト」


 と、上下赤のジャージ。上のポケットに手を突っ込みながら、開け放たれた門扉の前に立つ人物。

 

「あはは、先輩。おひさぶりです」

「おう、ひさぶしぶり。チャイムこわれてんるんじゃないのか?」


 さっきまでは確かに壊れていたとおもう。

 白無垢のお蔭で今は鳴ると思うけど……。


「かもしれません。其れで先輩は、なぜここに?」

「はぁ? 手伝いに行くっていったじゃん……」


 薄い栗毛を腰まで延ばしたロングストレート揺らし、

 前髪は上品に揃えられている。

 白磁色の肌を淡く染めながら、お冠になる。

 喋らなければ涼し気な美人さんである。


 手伝いにきた、ということは引っ越し作業を手伝ってくれるのか。

 そうだった気がするし、先輩の格好に納得できる。

 ただ、顎に据えられた黒いマスクが疑惑を募らす。


 先輩はグレているかもしれない。


 と、そうだ。思い出した。

 合格発表の確認ために、母校(予定)に行ったときに掲示板前で当然声かけられたんだった。

 いうことだけ言うと、嵐のように去っていったいまだ謎の人物。

 名前も知らない。

 今日引っ越して来ると知っていたから、母方の親戚のだれかなんだろうし、

 母さんか親父辺りなら知ってるかもなぁ、と思ったけど名前を聞きそびれたままだった。


 幼馴染と言えるのかな?

 10年交流が無かったのに、親しげに俺の名を呼んでくれることに嬉しくも恥ずかしく、

 何より驚いている自分がいた。


 先輩は見た目、ヤンキーになっていた。


 こないだ会ったときはもっと女の子ぽかったと思うんだけど。


 二日ほど行方不明だった雰囲気がないのも気なる……。


「それにしても、君は随分とかわったな」

「ほぼ10年ぶりですから。先輩もお変わりなく……」


 と無難に返すと、ブスゥ、と機嫌が悪くなる。

 ヤンキーになったんですか? なんて勿論聞けるわけもなく。

 行方不明の間のことなんて、尚更聞けない。


「そう? これでも大人になったともうんだけど」


 と、何処か皮肉げに言う。


「ははは、確かに綺麗になりましたね」

「とってつけた様に言うねぇ。」


 眉根を寄せ目を細めながら顔を寄せてくる。


「まぁ、いいけど」


 と顔引くと、甘い香りが尾を引いく。ドキドキで有る。

 

「時間は君をかえってしまったな。あんな白無垢を着た美人さん連れて帰って来るなんておもわなかったよ……。霞んじゃうよね。やるなぁ、君」


 と、口調の割に視線が鋭い。それより、白無垢の言葉に心臓が跳ねた。


 恐る恐る振り向く。


 夕日を浴び白無垢の面帽子が顔に影を作り、

 赤い瞳孔が爛々と光、蛇の如く先輩を睨んでいた。  


 怖っ。

 てか、忘れてた。

 先輩、いや、姉御来襲にすっかり茅野の外になっていた。

 隠れてくださいッ!!の号令に確かに白無垢は入っていない。

 俺の隣にいたので手を前方に扇状降った際、俺の差図に入っていなかったのだ。

 空気を読んでほしかったが、なぜか白無垢を纏うコイツにはハードルが高すぎたか。

 しかも、しっかり付いてきていた。


 そんな事を考えていると、白無垢自身が問題児なのに転移という事件を持ち込み、

 今日一の問題発言をするのはやはりこいつだった。


「白主殿の伴侶の白無垢と申しなんす。お見知りおきなんし」

 

 と、艶然と微笑む。


 ダメだこいつ。

 早く何とかしないと。俺の預かり知らぬ所で、

 いつのまにか旦那にされてしまっている。

 10年越しの再会に、ヤンキーになっていた姉御の前で齟齬が発生する。

 俺の当たり障りのないはずの一言で姉御は不機嫌になったばかりだというのに。


「いや、なってn……」

「伴侶? 嫁になったって?」


 俺が茅野外になった。

 姉御が鋭く眼を細める。


「幼少の砌からの契り故、身を清め御身のお側に、と」


 雅、然とした口調で言い切る。


「ふ~ん、あっそ」


 そういと白無垢を肩で押しのける。ヤンキーの挨拶である肩パンだ。

 白無垢が大和撫子然とした空気を纏い、瞳孔が白金に輝き縦に裂け、

 白目が黒色に変わっている。

 怒気が孕んだ眼光が姉御の背中をゆっくり見遣る。

 神の怒りを背中に叩きつけられる姉御。


 その威風堂々たる様は知らぬが故の所業。


 白無垢は、こんなんでもれっきとした神様なのだ。

 あれだけ絶大な力を持つのだ。そう形容してもなんの問題もない。


 白無垢は悠然と袖をあげ、露わになる細手に白い鱗を纏い赤い爪を鋭く伸ばす。


 これは、あかんやつですよ!やる気なんですか白無垢さん!?


 慌てて後ろから腕を胴に押さえつける様に抱きしめる。


「あれは、挨拶だから!あいさつ!落ち着いてくれ!」


 必死の懇願。

 次第に力が抜けて、神格が顕現した細手がもとに戻る。

 怒気で面帽子が飛び露わになった耳がまだ赤い。

 頬も染まっており、俯いたまま黙りこけてしまった。

 話しは通じた様だが、内心葛藤しているらしい。


 騒がしさに振り向く姉御。


「中が睦じいことで」


 火に油を注ぐのはやめてくれ!また一段と赤くなってしまっただろ。


 力が完全に抜けたので拘束を解く。

 しかし、安心出来ないので手首を握っておく。

 危なっかしくて放置できない。

 白無垢だけでも先に帰ってくれないかな。


 すると、何処からともなく、ステテテ~と掛けてくる音。

 眼をやると縁側の方から白くてちんまいのが駆けているのがみえる。がきんちょ達だ。

 そのまま、姉御に近づくと皿からフォークで桃を差し出だした。

 慌てて止めようとするが、すかさずハムっと食べてしまった姉御。

 顔が緩んでいるのを見るに、断れずに勢いで食いつくたみたいだ。

 可愛いものに弱い、ヤンキーキャラを地でいく姉御。

 転移……はしないようだ。

 ハッと視線に気づき、急いで桃を飲み込むと、赤面した顔で火中の話題を持ち出す。


「今の子はなに?」


 と、投げかけきたので答えようとすると、


「……子供」


 と、か細くもよく通る声で言う。

 未だ赤面し、俯いたままで。


 スゥ、と真顔になる姉御。

 先ほどまで恥じらいなどまるでなかったかの様な冷たい視線。


 なんとなく無言が生まれる空間。


 確かに、見たまんま形容すれば子供だが、姉御はそう理解してないだろ。

 確信犯的に白無垢が解釈に幅をもたせた上で、そう思うよ誘導したのだ。

 故に嘘はついていないが言わねばならない。


「っ……うそ、つくな!?」


 拘束していた手首を投げ払う


「あんっ♪」


 と、艶のある悲鳴をあげる。もう、頭が痛い。


 がきんちょは桃をあげて満足したのか、こちらに歩みよって来る。

 もう1人の白いのは面帽子を拾い上げると白無垢にステテテ~、と駆け寄り、


「はいっ!」


 と、白無垢の頭に背伸びして載せようとしている。

 微笑ましい光景に頬が緩む白無垢。

 がきんちょうに合わせ屈んでやると、ポフっと面帽子が頭に収まる。

 両手で面帽子の位置を確かめながら「おおきに、お爺様」と礼を告げる。

「えへへ、いいのですよ」


 とはにかむがきんちょ。冷え切った空気が多少改善される。


 ふと、視線を落とすと皿を頭上に掲げたがきんちょ。

 上目遣いを皿から覗かせている。


「食べはりますか?」


 と尋ねてくる。あっちがお爺ちゃんなら、こっちはお婆ちゃんか。


「いや、辞めとく。自分で食べていいよ。」


 ニッ、と屈託無くの無い笑顔の頬が赤らむ。


 どうやら彼女は気を遣ってくれたらしい。


 確かに、この場から消えて無くなりたい空気だったが、異世界に転移しようとは流石に思わない。

 白いのがどこまで本気か知らないが場の雰囲気を察して、

 明るくて振る舞える位には空気を読める。

 さすが白無垢の側に居るだけの事はある。

 であるなら、白無垢が白無垢をきる前に止めてあげて欲しかった。

 最早、言ってもしょうがないことだけど。


 場が一様の収まりを見せ、庭を王座の如く鎮座するダンボールの山を思い出しうんざりしていると。

 徐に歩き始めた白無垢はそのまま姉御の肩を押しのける。肩パンだ。


 幾分通り過ぎると振り向き、


 「挨拶です」


 と、綺麗な笑顔を見せながら、スッと姿勢良くお辞儀する。

 今度は振り向きもせずに家の中へ消えていった。


 自然と家に入っていく白無垢に呆気にとられ、その暴挙を許してしまう。


「てめぇ!」


 と、ヤンキーむき出しの怒気を、ぽっかり空いた玄関になげかけ、ズンズン歩いていく姉御。


 やばい!誰もゴングを鳴らして無いのに、試合が始まる!


「姉御 !落ち着いてください!用があってきたんでしょう!」


 バッと髪を振り払いながら振り向き、


「姉御って言うんじゃね!」


 しまった!?つい心の声が!


 「お姉ちゃんだ!コラッ」


 と、腹パンを貰う。

 腹パンは挨拶、腹パンは挨拶。落ち着いてきた。


「ごめっ……姉ちゃん……。とりあえず落ち着いて、ください」


 敬意を忘れない。

 眼光をぎらつかせながら玄関奥を見やり、


「アイツしめたらなッ!」


 と、白無垢が入っていった玄関を睨みつけながら潜っていった。


 腹パンの威力凄まじく。異世界の激痛を思い出す。


 しばらく悶絶していると。親父が帰ってきた。


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