いるはずのない少年
「…ッ、ケホッ、ケホッ!…」
虚脱感と背中を打ったような息苦しさにせき込み、一人の少女目が覚める。
なんとか寝返りを打って楽な姿勢をとった。
「ッ、ハァハァ…生き…てる……」
覚醒した頭にそう言葉が浮かぶ。
神界の凍えるような空気ではなく、暖かな草木の青臭ささが鼻を抜ける。
落ちていく私はちゃんと、危急発動式の魔法をちゃんと行使できたらしい。
やりたくもない訓練のたまものだ。軽症で済んでる。
「…そうだ。ニールは……ニールッ!?」
けだるげに見回した視線の先。
意識の感じられないニールが投げ出されていた。
頭をふる。霞んだ目を見開き、愛騎の麒麟に駆け寄より、
膝から崩れるように縋った。
「ニール!?……ッ、今、なんとかするからッ……」
荒神の炎熱で体表が蒸発し骨格が炭化している。壮麗な鱗がい見る影もない。
体内魔素が粒子揮発し、生命活動が徐々に弱まっていくのが目に見てえわかる。
鼓動が想像したくない未来に逸り、いそぎ腰のポーチに手を突っ込むが、
「チッ…」
思わず顔をしかめ仕打ちをする。すべてのポーションの瓶が割れてしまっていた。
ポーチを取り外し、ガラス片を取り除くと口をつけ呷る。
体内魔素が活力を取り戻し、損耗した組織が魔素に転置され疲労や切り傷がなおっていく。
傷口が発光し余剰魔素が揮発すると傷はどこにもなくなった。
残りをニールに飲ませ、必要魔素を取り戻すと略式詠唱を唱える。
両手を翳し、陣を展開。構成情報を組み替え――起動。
揮発する魔素を結界に転化し、体表を覆い魔素流出を防ぐことに務める。
まだ燻ぶる黒炎が治癒に必要な魔素を食ってしまうのだろう、回復しない。
このままでは魔素を食いつくされ、そう間もなく麒麟は絶命する。
「治癒魔術士がいればもっと上手くやってくれるんでしょうけど……」
軍事教練課程で実務・筆記ともに治癒術式は上級まで修めている。
だけど、それを専門に従事するもの達の経験や知識に遠く及ばない。
のんきで明るい、気分屋を思い出す。
隊に思入れがあるわけじゃないけど、バラバラであることがもどかしい。
ここで霊獣の麒麟を失っては、#神繋山__しんけいざん__#を通過しなければ神界に侵入できない。
いまこうして現界に戻れたのは、荒神に手傷を負わされながらも自分の役割を果たしてくれたこの子おかげだ。
でも、あたしはそれだけでニールを助けたいわけじゃない……。
「なんで…なんで、あそこに荒神が……。」
荒神は今回の神征伐の切り札。そう聞いている。
オーガは始祖に神格を持ち、もじ通り力のある種族だ。神滅の術があったのだろう。
うとましく思う者たちも多い。
神征伐の機運が満ちる国内で、その出自ゆえにオーガの求心力は著しく低下していた。
同盟を担保するために傀儡のように動き、反征伐派でありながら今回神征伐に協調している。
今、排斥されれば彼らオーガの一族が政治の道具にされ、内憂の矛先は彼らにむく。
神を政治利用れた時点で彼らに連合内での立場がないのだ。
いもしない神の討滅に説得力を持たせるための切り札。
我々は神を使役できる、という象徴。そのための荒神。
皇国はそう理解している。
荒神の征伐投入機会がそもそもなかった……。戦略的にも、戦術的にも戦闘行動に含まれていない。
霊峰を棲み処にする龍族を討伐し、その偉功を内外にしらしめ、信仰からの離反を主張できればよかった。
それでも、いつかはオーガ達へその矛がつきつけらる時がくるのだろうけど……。
結果的に白い礼装の奴と直接戦闘は避けらたとはいえ、いらぬ負傷をしいられた。
何かがあった……? それとも功をあせったのだろうか?
「グルゥ……」
呻く麒麟。快調にむかわない事に、つい眉をしかめてしまう。その時だった、
バキャッ!バキャバキッ!バキバキ!
針葉樹がへし折れる音。
また、誰か荒神の乱入で神域から離脱した者だろうか?
私から遠ざかていく。音の行方を目でおう。
……ズ…ゥゥ…ー……ン。
…だいぶ遠くに落ちたようだ。
考えたくないが、この子にもしもの事があれば保険が欲しい。
生きていれ合流し、『神連』の本隊へ戻り荒神の乱入、未確認の高位神格の出現を進言。
体制を立て直さないといけない。
…不安定な情勢下だ。忠義だてしたところで、すぐ首がすげ変わる。
正直意味があるのか?と、ふと首をひねりそうになる。
「ごめん。ちょっとまってて……」
微笑みかける。
うつろな目がこちらを見ると静かに閉じるニール。
「いいこ……」
顔をひとなでし、ポーチを腰に取りつける。
ニールに隠蔽術式を施し、落下地点を目指そう。
折れた木々の後を追っていけば会えるはずだ。
浅い角度で神域を抜けたようで、倒木が遠く続く。
生きているかどうか……。
勾配のある森林。
天高く伸びる針葉樹林帯を進む。一本一本が巨木と言えるほどの威容。
それらをへし折りながら落下したようだ。心の隅が陰る。
足元を覆う草木で目の前の足場もその都度確かめなけばいけない。
しだいにうっすらと粉塵が舞い、淡い木漏れ日のなかを進んでいく。
そんな中キラッとしたものが目についた。
点々と道具が散乱しているようで歩みを進めていると、時折気づく。
麒麟部隊に配給される物資類に見た記憶はないな……。
一つ拾い上げてみる。
ナイフでも、スプーンでもない。でも、食器のように見える……。
指先をつついてみたりと、気がそれたので一応、ポーチにさしておく。
ほかにも手で持てるくらいの鉄製のスプーンなどがポツポツと木陰で光っており、
割れた食器も散乱しているようだ。
幾分、そういった生活感ある道具を散見しながら歩く。
やがて、何かが地面に衝突し大きく陥没し木々が折れ開けた場所に出る。
その衝撃すさまじく抉れとんだ噴石が山積していた。
減速できず、地面を跳ね飛んだ場所も先にいくつか見える。
湿った土の匂いが立ち込めており、おもわず鼻を腕で覆った。
ここで索敵魔法の陣を展開する。
しかし、辺りの魔素分布に生き物の反応がみられない。
「まだ…さきか……」
あったのは土砂に埋もれた靴が一つ。
成人したものが履くものとしては小さい。
この場に似つかわしくない、非常に軽いものだ。
他にもないかと手がかりを捜索するが、部隊のものは何もなかった。
合流できる仲間もいない事を確認する。
急ぎ、ニールのもとに戻ろう。
あまり得意ではないけど身体強化術式を施し森を掛ける。
するとすぐ索敵範囲にニールを捉える。
ちゃんと魔素の流出を抑えられている証拠だ。安堵に胸をなでおろす。
そして、索敵にもう一つ。魔素を保持するものがニールに近づいている。
(魔物ッ!?)
隠蔽系の纏衣結界を発動し、攻撃用の陣を常時展開する。
陣にも隠蔽系の魔法を組み混んでいるので、陣の構成を読み取られこともない。
高鳴る鼓動が聞こえてしまうんじゃないんだろうか?
そんな、不安のなかニールが目に届く範囲まで到着する
魔物はニールに気づいていないようだ。魔素分布的に距離もまだある。
ニールの安全を確かめた後、索敵を頼りに警戒対象のもとへ近づく。
「……かば…な……」
……声だ。
少年のような声がする。
そっと木陰に身を潜め、観察に努める。
なんの魔物だろう? ニールの匂いにでも嗅ぎつけたのかな?
声の主と一定の距離を保ちながら声がする地点を中心に周回していく。
上下揃いの黒い礼装をきた少年がいた。草木に潜り込み何か探しているようだ。
麒麟部隊は全員成人している。
しかも、ここは霊峰で土着の民族もいない。
龍族は神格に数えられ人と認識されていないけど、彼らのものでもない。
前人未踏であることが当たり前のこの地のすべてを知っているわけではないが、
あのような、装束をするもの達を私は知らない。
「かばん…かばん…」
なぜかここの場でカバンを探しているようだ。
私たちと共通の言語を喋る?
ここまで散乱していたのは彼のもだろうか?
しかし、こんな霊峰の麓、こんな樹海の奥まで武器も鎧も着込んでいない。
長期の行程を想定した旅装も護衛もなくどうやってきたんだ?
亜人などの身体能力の優れた種族や魔物たぐいでもない。
(人間……?なのかな?)
靴も片方を履いていない。
ふらふらと、庇いながら歩いている。
ガサゴソと木陰から陽だまりに顔をだすと、
そこには白髪白角を持つ少年が現れた。
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