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魚じゃなかった

 切り身が投げ込まれて以降、第一村人に生ゴミの処理を押し付けられることもなく。


 それでも第一村人への懸念のなか。

 趣味がたたってか、手慣れてしまっていた俺はしぶしぶ魚を捌いていく。


 正直、趣味が実益に繋がるとしても、得体のしれない魚の死骸に触れたくない。


 いっそのこと電力消費覚悟で白無垢にスマホで動画撮影してもらおうかな?

 たぶん、tubeに上げれば伸びると思うんだよ。うん。


 心を現実からできるだけ引き離しつつ、魚の腹に寸寸梵論を突き立てる。


 なんの抵抗もなく寸断されていく。


 ん~…ん?

 内臓が……ないぞう?

 ぎっしりと白身が詰まっており、筋繊維の塊だ。

 第一村人が臓器を処理したわけでもない。


 こうしてみると、手鰭などついているが何かの尻尾のような……。


 俺が訝しんでいると、ライトで切り身と手元を照らしてくれていた白無垢も覗き込む。


(まな)じゃあらへんようどすなぁ……」


 白無垢もそう思うらしい。

 『まな』が何か確信もてないが、思っていたのと違うという点で共通認識の様だ。


 じゃあ、なんだ? 第一村人は何を投げ込んだんだろう?


 それでも、お構いなしの白無垢。


「なんにせよ、はよ捌いてしまいはりましょッ!」


 俺の嫌そうな顔もなんのその。「がんばりやっしゃッ」と小首を傾げる。

 

 白無垢は切れることには切れるのだ。

 下処理とか、もっと考えてほしい。俺がそう思ってしまったため捌くのを引き受けてしまった。


 身から出た錆。後悔先にたたず。である。


 下処理をするといっても、見れば見るほ水棲生物の体をなしていなし、

 魚の器官っぽいのはこのでかい尾と手鰭だけ。


 なので白無垢にならって、上段から振り下ろしぶつ切りにしていく。


 しかし、ここまでにだいぶ酷使してきた腕は3メートルくらぶつ切りにしたあたりで下手ってしまった。


 もはや、何を捌いているのかわからないままの所業。なげやり気味だった。


 これじゃぁ、下処理を無視して寸断しようとしていた白無垢がやっていた事と変わらないんだけど……。


 白無垢にバトンタッチしようとするが、


「あ、もういいどす」


 と、機を制されてしまった。

 えぇ~……。白無垢でもできたよ……。

 自分からいいだしたことなのにもう関心がないらしい。


 楚々と切り身から離れ、なにやら袋を持ってくる。

 有無を言わさず、布団を入れていた真空圧縮袋に切り身を詰めていく。


 ここで気力を、大きくすり減らした俺。

 

 (それ、業者からの借り物なんだけどなぁ。あとで怒らるんだろうなぁ。親父が。)


 もはや、他人事だった。


 すると。二切れの切り身を持ち歩み寄ってくる白無垢。

 俺が誤って振り上げたため、白無垢がもっていた切り身を寸断したものだ。


「これをお刺身みたいな切り身にしてほしいぃんどす……」

「……」


 と、上目遣いで申し訳なさそうにお願いしてきた。


 そっと、俺の前に置かれる半月のふたつの切り身。

 うん。これは俺にしかできないね。白無垢は魚の下処理も知らなかったからね。


 俺の隣にしゃがみ込みライトで照らしてくれる白無垢は、

 ニコニコと切り分けられていく様を見ているだけだった。


 互いのことをよく知らないがゆえの小さな祖語ゆえに、物事がノリで突き進みガチャガチャッ、となったようだ。


 その辺ちゃんとしていれば、作業分担できたのに……。


 はぁ、疲れた……。


 怒らるのはこさのさい、もういいや。親父とか未来の俺に先送りしておこう。

 あとは頼んだぞ、未来の俺。


 すると、切り身をいれた真空圧縮袋を白無垢が抱えもった。


「…どうする、んですか?」

「へぇ。庭園に池ありまっしゃろ? (みなも)に沈めおこうかとおもいやす」


 と、切り身の保存を考えていたようだ。

 そこに気が回るなら下処理とか覚えててほしかった……。

 

 ライトを垣根の枝に掛ける白無垢。

 簡素な屋根付き扉を潜り、庭園の池へと向かった。

 切り身でぎゅぎゅうの約3メートル分の分量を苦も無く持ち上げていた。


 ……。


 視線を残りの切り身に戻す。

 

 これは、どうしよう……。

 白無垢のなんのクッションもおかずに吐かれた「たべはりますか?」

 というパワーワードに流されるまま食用に捌いたわけだけども。


 現実的に考えれば、食料って問題に当てなどなく。無策もいい所だった。

 極寒という気候も食料を保存するうえで悪くない。


 第一村人の奇行ゆえに手を付けずらい点に目を瞑れば少しはしのげるかもしれない。


 その間に食料探索ができればいい。今日みたいな霧雪で大自然に拒否らる日はどうにもならいが、

 幾分、晴れてくれれば辺りを探索できそうだ。


 まったくの未知の食べ物を己の感覚だけで食に適するかを判断するって、超怖いよね?。

 フグとか、ウニとか、カニ、エビ。あとナマコ。海のもん多いな。

 あれらだ。あれを最初にいったやつ。器具や調味料、調理法も未発達のまま食ってたんだぞ?

 現代の食べ物が豊富にある時代を生きる俺に文明最初期の人間たちの苦悩を追体験することになるとは……。


 これも未来の俺に丸投げせざるえないとは、同情するよ未来の俺。


 いつの間にか戻ってきていた白無垢が、残りの5メートルの切り身を、

 むんず。と猫の首を鷲掴む様に持つと池のほうへ引きずっていった。


 軽く面帽子に雪を降り積もらせた白無垢の背中を見送る。

 足取りも楚々としており、5メートルという巨躯ですら苦にならないようだ。

  

 ふとい所でタイヤほどの胴回りがあるし、100キロ以上はありそうなのに……。


 第一村人、白無垢。異界にいる知人に強者しかいない。ってどうゆこと?


 

 ビタタッ。


 地面に水を叩く音がする。

 雪面に目を凝らすと水滴が筆で払ったように跡をつくっていた。


 不意に、上空へと移動するような水質音。思わず目を向ける。

 霧雪の向こうから、あっという間に迫る物体。

 地面が抉り飛ぶ。木々が軋む悲鳴。

 とっさに腕で庇うさなか、何か長いものが地面をのたうち、庭園の木々をへし折る情景を見る。


 (ヤバ……ッ!?)


 轟音。


 そこらじゅうから、あらゆるものが軋む音がする。


 石礫が脇を抜け、家屋につぎつぎに衝突したみたいだ。

 音的に玄関ボロボロ、じゃぁないかなぁ……。


 そんな事よりだ。

 やはり、気配無く俺の前方にいた白無垢。幾度となく俺の心臓を握りつぶしてきた彼女の特技だ。

 もう5つくらい心臓を消費してる。


 敷地に隕石のごとく飛んできたそれを左手で上から押しとどめていた。

 巻きあがる砂塵の中、勢いを殺し切った事を確認するとライトを片手に佇んでいる。


 コテン、と小首を傾げる白無垢。


 ぱねぇ。

 白無垢さん!ッぱねぇっす!


 死を直前に一気にうなりを上げた鼓動に胸を抑えながら、白無垢の横顔を見てそう思う。


 あらためて、白無垢の持つライトを頼りに周囲を見渡す。

 

 物体は巨体で非常に長く、電信柱がしなったよに垣根を薙いだようだ。

 地面に衝突した際に、はね上げらた瓦礫が散弾のように家屋を襲い、案の定ぼろ屋になっている。

 

 敷地で何度も跳ねたのだろう、地面が数か所抉れており、それぞれニメートルぐらい横長に抉れていた。


 うん。

 これはどうしようもない。

 命があってなんぼの世界。

 そういう世界にいる。

 それを知るには代価が大きいきがする。


 まぁ、命を天秤の片側に乗せればなんだって、些事になるよ?

 価値の是非を知るのに命は比較対象としてふさわしくないけど、

 それに迫っていたね。そいうものが、この一瞬にあったね。死だよ。死。


 それと、白無垢の存在にもはや何も言うまい。

 いまはこんな感じ。くらいの世界にいるんだなぁ、と受け入れるので精一杯だ。

 

 いまだ咄嗟にかばったままの腕をゆっくり降ろす。


 白無垢が押しとどめたものを見てみる。

 手で巻き上げれた粉塵や粉雪を払う白無垢をしり目にその輪郭を追っていく。

 それは龍の上半身だった。口を大きく開き苦悶の表情を滾らせている。

 蛇のようにのたうった姿勢。想像を絶する威容。


 からまったイヤホンを見ているようだ。


 あ、いや。これじゃ想像を全然、絶していないな。

 ようするに、すっごい目に龍はあったのあろうだろう。と、いうことを言いたい。

 

 そして、点と点が繋がる。

 先ほどの死骸は魚ではなく、龍の尾周囲の部位だったらしい。

 全部合わせれば25?はあるかないか。の巨大な体躯の様だ。


 3メートルほど拝借しているので、全貌が掴みにくいが……。


 腰を抜かし、立ち上がるのに手間取ったが、白無垢とい強者の存在に気がまぎれる。

 白無垢の元までフラフラ歩み寄ると尋ねてみた。


「…第一村人でしょうか?」

「…第一村人?」

「あ、いえ。奴でしょうか?」

「へぇ。気配をつかみにくさかいに、傍に来はるまで気ぃつかへんどした。堪忍な……」


 と、シュンとなる白無垢。

 

「あぁ、いえ。この通りピンピンしてますから。」


 家とか庭園のことは言うまい。それぐらい空気は読める。

 実際、命の恩人だし。


 第一村人。白無垢と共通言語だとおもってたけど、めちゃめちゃ真剣に、「…第一村人ですか?」って言っちゃた方が、俺の中で修羅場だ。


「白無垢さん。ありがとうございますッ。助かりましたッ」


 そういって、頭を下げる。こままできて礼を失したらいかんのです。


 「あ…その、いえ……」


 と、頬を染め俯いてしまった白無垢。

 まだ、気にしているようだが心を抉る様なことはしない。


 無邪気な母に何度心をえぐられたことか……。


 そして、改めて、龍の死骸を見る。


 第一村人はこれ放り投げるれるのかよ……。

 尻尾だけでも、ビビったのに。


 明日を迎えるのが怖くなってきた。

 食料探索どころではないかもしれない……。


 いやいや、命が惜しいなら行くべきだろう。異界渡り云々より現実的だ。


 空気を変える意味でも話題を変えよう。


「…龍ですかね?」

「へぇ。こっち(・・・)にもおるよどすなぁ」

「……」


 はんなりと、事実であるかのようにいう白無垢。

 こっち(・・・)、にもかぁ。こっち(・・・)にもねぇ。

 じゃぁ、あっちにもいるのかな?


 

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