帰還
「大御神。どうか元の世界へのご帰還を……」
スゥ、と襖を開けられると赤いジャージに宝石のような翡翠色の一本角。
青緑色の髪のオーガの少女が奏上してくる。
よければ御一緒にどうですか? 程度のお誘いじゃない。
あなたはあちらにいるべき。と少女は本気で思っているらしい。
いうことは言ったと言わんばかりに平伏してしまった。
こっちも言いたことがあるけど、事情が事情だけに言いずらい……。
俺を大御神と祭り上げてくるこの少女の名前はスイさんと言うのだが、
俺の些細な一言一句に一喜一憂するので気を使うのだ。
美少女に起こされるのは大変ありがたいとはいえ。
ここ三日ほどこんな感じに頭を悩ます朝を迎えている。
暖かい布団から必死で手を伸ばしスマホを確認すると5時34分を表示していた。
めちゃめちゃ早朝じゃないですか……。
寝ボケながら布団の中に潜り込みうやむやにしてしまうのものも日課になりつつある。
そうしているといつの間にかいなくなるので、頃合いをみて這い出してみると、
―――お供え物。
というか朝ご飯がそっと奉納されている。
オーガの少女スイが朝早くに来てはお供え物を自炊していくので手料理に在り着けるのはありがたいことなのだが。
三方なんて日本縁のもを一人で用意できないだろうから、先輩が面倒見てるのかもしれないけど、
言葉の壁はどうしてるのか気になるところ。
ここで食べるわけ行かないので居間に運んでいく。
道中、縁側にでると白金髪の女性が直立不動で瞑目しているのを横目に
居間の前に着きガラス戸を開けると、
「おはようございます。大御神」
「……お、おはようございます」
黒髪に黒い白無垢を着た女性。頭の両側頭部に黒い湾曲した角を持ち元オーガらしい。
畳の家具など置いていない居間で正座に三つ指を付き挨拶しきた。
差し込む採光に濡烏の様な艶がある髪を揺らす。
なんとなく真正面に座るのも憚られるし、異世界でもほとんど会話などしたことないので気まずい……。
縁側に腰を降ろし庭の方を向くとお供え物。もとい朝ご飯を口に運ぶ。
「いいんですか? 私に背中をみせて。殺しちゃいますよ?」
「……」
実家に帰還してから会話してみると大体こんな感じの人だった。
青緑髪のオーガの少女同様先輩の家に居候しているのだが、なぜか足蹴く通ってくるのだ。
すると楚々した動きで、音もなく俺の隣に正座する。
「では、いつになった殺させてくれるんですか?」
「永遠にこないですねぇ」
「では、死に方を選ばせてあげます」
「布団のうえで家族に見守られながら死にたいですね」
「では、私が妻となり生涯の果てまで連れ添いましょう。その時なら殺させてくださまいすか?」
「お断りです」
「大御神はわがままですね」
と真顔でいわれてしまった。
「まぁ、大御神ですから」
異世界からの迷子たちは俺を大抵、天上人のように扱う。
そのなかでもこの、ムリョウとうい女性は一番変というか頭がいっちゃてる。
「残念です。常命の終には身を委ねているのに私の手では不服という。こんなに殺したくてたまらないのに……」
そいうとため息を吐く。
いや、死にたいってわけじゃないけど、そういもんだから人間は。
しかし、俺の寝首を掻くとか、背後から奇襲といった行動には出ないようなので好きに言わせている。
といか言葉は通じるのに話が通じないのだ。
仲がいいらしいスイさんにその言動を咎めれるも改まることは無かった。
「……あぁ、代わりがきましたねぇ」
そ言うと艶然と微笑む。
すると、空から白いものが降ってきた。
「お前様!おはようさんどすッ!」
スタッ、と静かに着地をする。
異世界に行くことになった原因の女性。自称、白無垢である。
その名前通り白無垢を着ている。
「……あの、普通に正門から来てもらえませんか?」
三方から焼き魚を摘まみつつ、白米を頬張る。
「……先輩はんとこおらん思ったら、案の定ここでありんすな」
「朝から暇なのでしょうか? 私はあなたに何の用事もないというのに」
無視された。
二人が角を突き合わすたびに小競り合いになる。
そのたんびに小さくない被害出るのでやめてほしいんだけど、止めるすべがないので
小競り合いで済むならどうぞ状態なのだ。
「御方から離れなんしッ!」
「あなたがべったりだと殺せないでしょう?」
互いに言い分があり、譲らない。
頬を抓り、引っ張りあう。
見ててもしょうがないので、二人の喧騒を背に居間に引っ込み昼食を済ませていく。
すると、襖があけられる。
「おはよう」
「おはようございます。ユリリアートさん」
そういって微笑んでくれる。
この人は異世界でなんとかって言う人間の国に属し、軍人らしい。
白金の髪が腰まで伸びた長髪に、とんがった耳。
おそらくそなうんだろう。と思うんだが本人が否定するので、
俺はそれ以上突っ込まないことにした。
そして、異世界人の中で一番常識人だ
「ニールを預かってくれてありがとねッ」
「いえいえ、ニールには助けてもらいましたからね。寝床くらい用意しますよ」
大変、お世話になったニール。
人の目に着くのも憚れるし、無駄に広い敷地に自由にしてもらっている。
ユリリアートさんはニールに会いに毎朝通っているのだ。
「今朝は魚のね?」
「えぇ、おいしいですよ。二尾あるんでどうですか?」
「いいの? ありがたくいただくは」
いつもの小競り合いから回避するために朝の教練を取りやめ、避難してきたようだ。
台所から使い勝手のいい西洋食器とご飯を茶碗によそい、居間に持っていく。
テーブル代わりのダンボールに焼き魚とご飯を一善置いてやる。
「ありがとう。で、箸はないのかしら?」
「え? 使えませんよね? スプーンとか持ってきたのでこれで……」
「けっこうよ。箸をお願い」
そう澄まし顔で言われる。
一応、洋製食器をしれっと置くと睨まれたが、絶対必要になる。
そう確信しているので置いていく。
台所から箸を持ってきて渡してやると、左手に持って魚を突き始めた。
俺も食事の再開し朝食を平らげていく。
「……ごちそうさまでした」
手を合わせながらいう。
結局、ナイフとフォークに持ち直し、箸がダンボールの上に転がっていた。
箸で頑張ったのだろう。ぼろぼろの焼き魚をフォークとナイフで切り分けている。
「おほんッ……」
俺の視線に気づくと、赤らみながら咳払いをしてきた。
まだまだ練習が必要なようだし、魚はまだ早いよね。
自分の食器を三方にまとめ、転がっている箸を取ろうとすると……、
「まだ置いといてくれる?」
「え」
「……」
無言で睨まれる。
長い朝食になりそうな予感。
食器類を片付け、台所から居間を通り過ぎる。
また箸で挑戦しているユリリアートさんを素通りし縁側に出ると、
白無垢とムリョウさんの小競り合いで庭園が半壊していた。
「雑神ふぜいがえずくろしいでありんすッ!」
「まひる殿の御業で穢れた身ではありません。まひる殿のおかげで」
ぐぬぬ、と唸るとまたムリョウさんの頬に手を掛ける白無垢。
ムリョウさんも負けじと応戦する。
実家も一部、損壊しているし……。
異世界ではもっとすごい状況だったので、これくらいでは微動だにしない精神力は持ち合わせているけど、それとこれは当然別だ。
スイさんに毎朝お願いされている異世界への帰還。
俺は帰ってこれてよかった。で済むのだが異世界の人達はそうはいかない。
特にムリョウさんにはさっさとおかえり願いたいし、不本意だが真剣に考える必要がる。
もう、異世界に行きたくないんだけどなぁ……。
考えようによっては拉〇なんだし、後ろめたさもある。
しかし、どうしたら異世界にいけるのか?
どうやって異世界から帰ってきたのか分からないまま……。
ただ一つ分かっているのは、世界を超えて異世界へ転移できるのは俺だけということ。
この分だと、その篤い信仰心ゆえにスイさんが毎朝のお参りに来てしまう。
行き場のないままの異世界文化交流。
一人で抱えきれない問題を抱えたまま高校生活を送れる気がしない。
記憶を巡らせてみる。どうやって異界へ行ったんだっけ?
転移前後に何があったのか、改めて思い出してみる―――。
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