第3話
次の日の朝、モリーは早起きをして冬の女王様を待っていました。防寒着を着て毛糸の帽子をかぶり、同じ毛糸の手袋とマフラーもしています。赤い長靴もはいて準備は整っています。そうして窓からのぞいて冬の女王様を待っていました。
まもなく冬の女王様がお付きの侍女と一緒に馬に乗ってやってきました。
モリーは扉から飛び出していきました。そして冬の女王様の周りをぴょんぴょん飛び跳ねました。
「女王様こんにちは! 早くたくさん遊ぼう!」
冬の女王様は真っ白のコートに真っ白の帽子、真っ白の手袋をしています。
「女王様、とってもきれいね。雪の妖精みたい」
モリーは馬から降りた女王様の手を取り、家の裏へ案内しました。モリーが走るので女王様も雪の中を走ります。お付きの侍女も後ろから走ってついていきます。
「ここはね、雪だるまを作るところなの」
そこは家と林のあいだの開けた場所でした。何か小さなものがたくさん並んでいます。
「あれは何ですか? たくさん並んでいますね」
「あれが雪だるまよ。あたしが作ったの。お父さんと作るときはもっと大きいのよ」
雪だるまはモリーの膝くらいまでの高さです。冬の女王様はそれをつついてみました。すると上の玉がころりと落ちて割れてしまいました。
「ごめんなさい。壊してしまいました」
謝る冬の女王様に、モリーは気にしないというふうに笑いました。
「もう一回作ればいいの。今度は大きな雪だるまを作るわ」
そうして壊れた雪の玉をもう一度丸くにぎり、雪の上でコロコロと転がしました。
「女王様は下のやつを転がして!」
モリーに言われて冬の女王様もコロコロと雪の玉を転がしました。玉は新しい雪をくっつけてどんどん大きくなっていきます。重くてもう動かせなくなったところで、モリーの転がしていた玉を上に乗せることにしました。冬の女王様とお付きの侍女がよいしょと持ち上げ、ふたつの雪の玉を重ねました。近くの林から拾ってきた木の枝と石ころをモリーが上の玉にくっつけます。冬の女王様は雪だるまの手を付けました。
「完成よ!」
とても大きな雪だるまです。モリーが喜んで拍手するのに合わせて、冬の女王様もお付きの侍女も拍手をしました。
「今度は雪うさぎを作るの!」
モリーが指をさす地面に、雪だるまのほかに何か小さなかたまりもあります。それがどうやら雪うさぎのようです。
冬の女王様もさっそくモリーと一緒に地面に座って、見よう見まねで小さな雪山を作りました。それから細長いかたまりをふたつ作り、山の上に乗せます。赤い木の実で目をつけたら雪うさぎの完成です。
「まあ、かわいらしいですね」
とてもかんたんにできた雪うさぎが気に入った冬の女王様は、続けてみっつも作りました。
「たくさんできたからみんな楽しそうね!」
モリーも大喜びです。
「今度はかまくらを作ろ!」
そう言ってモリーは冬の女王様の手を取り、少し離れた場所まで歩いていきました。
そこには何やら奇妙な雪山が二つ三つあります。
「あれはね、失敗したかまくらなの」
モリーは雪山に駆けて行き、そこに座り込んで雪山をひとつに集め始めました。それで冬の女王様も同じように雪を集めました。
「これを固くするのよ」
雪山をポンポンとたたくモリーと一緒に冬の女王様も雪山をポンポンとたたきました。
たたいて小さくなった雪山に雪を足して、またポンポンとたたきます。それをくりかえしてモリーの背の高さくらいまで大きくしました。それから今度は下のほうに穴を開けます。
「ここに入口の穴を開けるのよ。あんまり削ると崩れちゃうから気を付けて」
二人でゆっくりと穴を開けました。中を空洞にするのはもっと丁寧にやりました。
「女王様はこっちに寝て」
モリーは雪山の中に頭を入れて寝ころびました。冬の女王様も同じようにしました。
中は音が消えて静かです。何の物音も聞こえてきません。
「もっと大きく作れば中で座ることもできるのよ。村のお祭りはかまくらの中でお菓子を食べるの。甘酒も飲めるのよ」
モリーのしゃべる声が幕の向こうから聞こえてくるようでなんだか不思議です。
「甘酒とはどんな飲み物ですか?」
「甘酒飲んだことないの?」
「ええ。わたくしはいつもお花のお茶を飲んでいますから」
「あたしが飲んだお茶でしょ? あのお茶もとってもおいしかった!」
モリーと冬の女王様はかまくらの中で話をしました。甘酒のこと、お祭りのこと、モリーの家族のこと、冬の女王様の楽しみやほかの女王様のことなど話しました。
「女王様、ここ削りすぎよ」
モリーが手をのばした天井にはうっすらと青空が見えました。モリーが触るたびにさらさらと雪が顔にかかり、さらさらがぱらぱらになり、ぱらぱらがばらばらになり、とつぜん大きな塊が落ちてきたかと思うと天井がすっかり抜け落ちてしまいました。
下にいたモリーと冬の女王様は慌ててかまくらから出ました。
「冷たい! 背中に雪が入ってしまいましたわ」
冬の女王様は顔をしかめて震えましたが、モリーは気にしたふうもなく雪にまみれたまま楽しそうに笑っています。
「やっぱり失敗しちゃった」
最初に見たいくつかの雪山は、こうして壊れたかまくらなのでした。
「今度は何して遊ぶ?」
「そりすべりがしてみたいです」
モリーは家からそりを取ってきて、林のわきの丘をどんどん上がって行きました。冬の女王様とお付きの侍女もモリーの後をついていきますが、雪の中を歩くのはとても大変でモリーにおいて行かれました。
「女王様、早く早く!」
丘の上から手を振るモリーは小さいのにとても元気です。冬の女王様もお付きの侍女も息を切らして丘に上がって行きました。
丘の上からは村がよく見えました。道行く人も野良犬も、遊んでいる子供たちも見えました。畑のところどころに家があり、煙突から煙も上がっています。のどかな風景です。そして一面真っ白な雪景色です。
「女王様は後ろに座って。あたしが前ね」
モリーの言うとおりに冬の女王様はそりの後ろに座りました。モリーが前に乗り、足でこいだとたん、そりは勢いよく丘を滑り降りて行きました。その速さと言ったら何ともたとえようがないほどです。冬の女王様は悲鳴を上げてモリーにしがみつきました。モリーは慣れているのか、大声で笑っています。下までたどり着く前に小さなでこぼこに引っかかってそりが傾き、そのままひっくり返ってモリーも冬の女王様も投げ出されてしまいました。二人はごろごろと転がり、雪山に突っ込みました。
「モリー、モリー、大丈夫ですか?」
小さなモリーは雪山に埋もれていました。冬の女王様はモリーを引っ張り出しました。モリーはきゃっきゃと笑っていました。
「全然平気よ。だってお布団みたいに雪がふかふかなんだもん」
モリーの頭の雪を払う女王様も全身雪まみれです。女王様の悲鳴を聞いて慌てて走ってきたお付きの侍女も、途中で転んで雪まみれです。
三人とも濡れてしまったので、モリーの家に戻ることにしました。
「まあまあ、女王様まで雪だらけ」
モリーの母親は驚いてすぐに暖炉の火を大きくしました。
濡れた体を拭いて暖炉であたたまっていると、モリーの母親が飲み物を入れてくれました。
「これがココアよ。とってもおいしいの」
湯気の立つココアは黒い色をしていましたが、甘くて香ばしい香りがしました。ひと口飲むと甘さとあたたかさが体中に広がるようでした。
「初めて飲みましたが、なんておいしいのでしょう」
ココアがすっかり気に入ってしまった冬の女王様は、モリーの母親に作り方を教わりました。
それから冬の女王様が持ってきたサンドイッチをみんなで食べ、身体が乾いてぽかぽかになってから冬の女王様とお付きの侍女はクリーム色の塔に帰りました。
帰る前にモリーは冬の女王様の手を引いて井戸まで行き、バケツに水をくみました。
「こうやって水を汲んでおくと、明日の朝にはバケツの形の氷ができるのよ。できあがったらいいものを見せてあげる」
だから明日もきてね、とモリーは冬の女王様と約束をしました。
バケツの氷を作って何をするのでしょう? いいものとは何でしょう?
冬の女王様は次の日もモリーと遊ぶのが楽しみになりました。
翌日もよく晴れました。馬に乗ってやってきた冬の女王様を、モリーは準備を整えて待っていました。
「女王様、バケツの氷ができたのよ」
さっそく家の横の井戸に行くと、バケツの形をした氷がさかさまになって置いてありました。モリーはそれを抱えて窓の下に行くと、そこにはいくつかのバケツの氷がありました。
「暗くなってからのお楽しみよ」
モリーはバケツの氷で何をするのかはっきり教えてくれませんでした。何か特別なことがあるのでしょう。冬の女王様はわくわくしてきました。
「今日は森に行くの」
そう言ってモリーは冬の女王様とお付きの侍女を森に案内してくれました。
小さなモリーがひとりで森を歩くのはとても心配です。ですがモリーはずんずんと先に進みます。家の周りは全部モリーの遊び場なのです。友達と遊ぶこともあれば、ひとりで遊ぶこともあります。森と言ってもそう大きくはないので、モリーは平気で遊びます。
「女王様、ほら、あそこにウサギがいるわ!」
モリーはどこかを指さして走り出しました。モリーの先を白いウサギが飛び跳ねて逃げて行くのが見えました。ウサギはとてもすばしっこくてモリーには追いつけません。すぐに茂みに隠れてしまいました。