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第2話

 塔は都の北の、原っぱの向こうの大きな森のちょうど真ん中にあります。森全体が広い庭です。塔のそばにきれいな泉がわき、動物たちの水飲み場にもなっています。春の女王様が住めば森は花でいっぱいになり、夏の女王様が住めば木々の葉がざわざわと歌い、秋の女王が住めば木の実やキノコがたくさん採れます。冬の女王が住んでいる今はシンと静まり返り、雪に埋もれて植物も動物も眠っています。きれいな水のわく泉だけが水面をゆらゆらと揺らめかせています。


 塔に到着すると、大きな扉がひとりでに開きました。塔は三人の女王様がきたことを知って扉を開けたのです。中に入るとホールの灯りがぱっとつきました。それから廊下の灯りを次々にともし、女王様たちが進む少し前を明るく照らしていきます。そして女王様たちは、いつもは自分たちが過ごしている部屋にたどり着きました。春の女王様が扉をノックすると、中から冬の女王様の返事が聞こえました。夏の女王様が扉を開け、秋の女王様が先に中へ入りました。

 部屋の中はあたたかく、いい匂いがしました。ぱちぱちとマキのはぜる音もします。

「こんにちは」

 冬の女王様は揺りイスから立ち上がり、三人の女王様をソファに案内しました。

「ようやく会えましたね」

「心配していました」

「何があったのですか?」

 三人の女王様は口々に冬の女王様に言いました。

「わたくしは悩んでいるのです」

 冬の女王様は三人の女王様にお茶を入れながら言いました。白いティーポットで入れるお茶は、部屋に漂う香りと同じ香りがしました。

「何を悩んでいると言うのですか?」

 秋の女王様がそう言うと、冬の女王様は目の前のテーブルに花柄のカップを三つ置きながら言いました。

「わたくしがこの塔に住んでいるあいだは、この国は冬になります。ですがそれを喜ぶ人たちは誰もいません。みんな同じことを言います。冬はいやだ、早く春になればいいのに、と」

 春の女王様はそれを聞いて立ち上がりました。

「何を言うのです。冬はとてもきれいな季節です。国中が真っ白に染まる景色は、わたくしはとても好きです」

「でもたくさんのお花が咲いているほうがきれいではありませんか?」

 冬の女王様は寂しそうに言いました。

 春の女王様が塔に住むとき、森も原っぱも花でいっぱいになるのです。それはそれはきれいな景色で、春の女王様はうっとりするのです。だからそんなことはないと言えなくて黙ってしまいました。

「わたくしは冬の静けさが好きですよ。とても落ち着きますから」

「でも小鳥の歌が聞こえるほうが楽しくはありませんか?」

 冬の女王様は寂しそうに言いました。

 夏の女王様が塔に住むとき、木陰に止まった小鳥たちは楽しげに歌を歌います。それはそれはきれいな歌声で、夏の女王様はうっとりするのです。だからそんなことはないと言えなくて黙ってしまいました。

「わたくしは雪が好きです。真っ白になる景色もいいけれど、雪の結晶の美しいことと言ったら!」

「でも紅葉した森の色のほうが素敵ではありませんか?」

 冬の女王様は寂しそうに言いました。

 秋の女王様が塔に住むとき、木々の葉っぱはあたたかな色に変わります。赤や黄色の葉っぱがちらりちらりと落ちて、落ち葉のじゅうたんができ上がります。それはそれはきれいな色で、秋の女王様はうっとりするのです。だからそんなことはないと言えなくて黙ってしまいました。

 冬の女王様はため息をひとつつきました。

「冬はいらないのでしょうか。みんなを困らせるだけなのでしょうか。確かに冬は暗くて寒くて冷たいものです。あたたかい春のほうが好きに決まっています。でも冬によいところはないのでしょうか。考えれば考えるほどわたくしはわからなくなりました」

 その答えは三人の女王様も持ってはいませんでした。女王様たちはみんな言葉をなくして考え込んでしまいました。


 冬の女王様が悲しみに沈んでいるせいでしょうか。外はまた風が強くなり、何も見えないほど吹雪いて真っ白になってしまいました。

「そんなに悲しまないでください。冬にだっていいところはあります。わたくしはどの季節も好きですよ」

 秋の女王様がそう言うと、夏の女王様も春の女王様も同じことを言いました。

「それではみんなに聞いてみてください。冬が好きだという人がいたら、春の女王と交代しましょう」

 冬の女王様はまだ春の女王様と交代する気はないようです。このまま悩み続けていたら冬はいつまでたっても終わりません。春の女王様も夏の女王様も秋の女王様も困ってしまいました。けれども冬の女王様が悲しんでいるのがわかりましたから、なんだか自分も悲しくなってしまいました。それで三人の女王様は都へ行き、王様にこのことを伝えました。


 冬の女王様が悲しんでいること、そのせいで春の女王様と交代しないこと、冬が好きだという人があらわれたら春の女王様と交代すること。


 それを聞いた王様はすぐに国中におふれを出しました。


『冬の女王を春の女王と交代させた者には好きなほうびを取らせよう。ただし、冬の女王が次に廻ってこられなくなる方法は認めない。季節を廻らせることを妨げてはならない』


 町という町、村という村すべてに王様のおふれが行き渡りました。するとたくさんの人たちが冬の女王様の住むクリーム色の塔に押しかけました。王様がくれるほうびのために、お城で働く人たちも仕事をほうり出してクリーム色の塔に出かけました。

「冬の女王様、どうか春の女王様と交代してください。冬の季節はもう終わりました」

 そう言ったのはお城の洗濯場の女中です。

 冬の女王様はため息をひとつついただけで女中を帰してしまいました。

「冬の女王様、どうか春の女王様と交代してください。峠が雪に埋もれて隣の国に行けません」

 そう言ったのは大きな荷物を背負った商人です。

 冬の女王様は悲しそうな顔をしただけで商人を帰してしまいました。

「冬の女王様、どうか春の女王様と交代してください。足の悪い母親が氷にすべって転んでケガをしてしまいました。マキもなくなり、寒さにふるえています」

 そう言ったのはとある村で評判の親孝行な青年です。

 冬の女王様は、それは大変でしたね、と声をかけただけで青年を帰してしまいました。

「冬の女王様、どうか春の女王様と交代してください。畑の雪がとけず、麦の種がまけません。食べる物がなくなりそうです」

 そう言ったのは働き者のお百姓のおかみさんです。

 冬の女王様は少し考え、そうですか、と言っただけでおかみさんを帰してしまいました。


 おかみさんが部屋を出る前、いっしょにやってきたおかみさんの娘が、

「冬の女王様はどうして悲しいお顔をしているの?」

 と冬の女王様を見ながら不思議そうに言いました。

 突然大きな声で言ったものですから、おかみさんはびっくりして娘を叱りました。

「だってとっても悲しそうなんだもん」

 ぷっと頬をふくらませて娘は言い返しましたが、おかみさんは娘の背中を押して部屋を出て行こうとしました。

 冬の女王様はおかみさんを引き止めました。揺り椅子から立ち上がると、娘の前でしゃがみました。

「わたくしが悲しそうに見えますか?」

「うん。元気がないのね。どこか痛いの? 困ってることがあるの?」

「たくさんたくさん考えているのです。みんな冬より春が好きですから。あなたも春が待ち遠しいのですか?」

 娘は小さな頭を大きく横に振りました。

「あたし、冬も好きよ。だって雪だるまが作れるもん!」

 にっこり笑って言った娘に、冬の女王様は驚きました。冬が好きだと嬉しそうに言った人は初めてだったからです。女王様はこの娘ともっと話がしたくなりました。それで娘と母親をソファに座らせ、冬の女王様がお茶を入れました。あのいい香りのするお茶です。


 娘の名前はモリーと言いました。

「それで、雪だるまというのは何ですか?」

 熱いお茶にふうふうと息を吹きかけているモリーは、冬の女王様の質問にとても驚いて目を丸くしました。

「雪だるま、知らないの? 雪の玉を転がして大きくして二つ重ねたものよ。女王様は作ったことないの?」

「ええ、知りません。見たことも聞いたこともありません」

 モリーはますます驚いて身を乗り出しました。

「じゃあ、かまくらは? 雪うさぎは? 雪の妖精は?」

 モリーの問いかけに冬の女王様はひとつひとつ首を横に振りました。

 驚くモリーの手からカップが落ちそうで、母親が気を付けてと注意しました。モリーはまたふうふうと息を吹きかけ、ひと口お茶を飲みました。

「おいしい! お母さんのココアもとってもおいしいのよ。女王様は飲んだことある?」

「いいえ。初めて聞きました。どんな味なのですか?」

「うんとね、チョコレートとミルクが混じった甘い飲み物なの。暖炉の前で飲むのがおいしいのよ」

 モリーの顔はココアを飲んだときのようなおいしそうな笑顔です。冬の女王様もつられてほほ笑みました。

「それはぜひ飲んでみたいですね」

「じゃあ、一緒に遊びましょ。雪だるまを作ってかまくらを作って、雪うさぎも作るの。雪の妖精も教えてあげる。そりすべりも楽しいのよ。したことある?」

「いいえ。それも教えてください」

「うん! 女王様といっぱい遊ぶわ!」

 冬の女王様とモリーは冬の遊びをたくさん話し、お茶を飲み干したところで終わりました。

「明日の朝、絶対おうちにきてね。いっぱい遊ぶんだから」

「ええ、必ず行きます」

 二人は約束をして別れました。


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