毒師─H2S─
───その晩。
「ヒィィィぅぅぅぅぅえぁぁぁぁぁあ...............美味しい」
「うるせぇよ夜叉斗、気持ちは分かるけど」
「............。」
珍妙にしてレアな、技術者の食卓という奇妙な光景が俺の目の前に広がっている。
基本幽閉か一人暮らしだった為、最近はもっぱらコンビニ食ばかりだった俺には眩しいほどに豪勢だ。
主菜、副菜、汁物、ちょっとつまめるフライ的な物からデザートまで。
まぁ、別にコンビニ食だろうがバランス食だろうが俺は体調すら崩さないしな............
ただ、美味い。ひたすらに。
「料理の腕、上げたな」
「.........そう、アンタに率直に誉められると慣れなさすぎて蕁麻疹が出るわ」
その料理を作った張本人、見れば箸はほとんど止まっているといって差し支えない。会話も、微妙に歯切れが悪い。
(............まぁ、俺のせいだろうけどな)
ただそれは、俺にはどうにもならない事だ。約束もしていない。助ける義理も無くは無いが、多分俺の手は絶対に取らないだろう。そんな性分だ。
その空気を少しでも打破したかったのか、路成が苦し紛れに口を開く。流石に夢には声をかけられなかったらしく、俺へ。
「............つか、何で俺をそんな詳細に知ってたんだ?お前」
「ん?」
「所属どころか実力まで、どうして俺に詳しいのかって話だ」
どうして、と言われても。
「いや、だってお前の無線を傍受してたらいろいろ聞こえたし」
「俺のプライバシーは!!?」
「お前、性格によらず、趣味が」
「読書バカで何が悪いんだよ!!活字万歳!!」
路成の騒ぎ方が少しオーバーで、俺に感謝するような目線を送ってくる事を除けば、空気は少し軽くなった。夢が魚をやっと口に運ぶ。
「...............ぼ、僕ひゃらもひと、つ、いい、か、な?」
「僕ひゃら」
「噛む奴は死刑ね、死刑」
「酷い」
あぁ、こんな扱いか。やっぱりか。そりゃ死体好きにもなるわ。
僕から「も」という事は俺に話しているんだろうが、首が180度真逆を向かれていては会話している気がしない。それが好都合なんだろうけど。
「............君の起こした、テロ?は、死者が一人もいなかったって話だよね」
俺は知らないけど。何せ警察から情報なんて来る筈もないから。
「あぁ、アレに限らずコイツが多々起こした事件は全て最小限の被害に留まってるからな」
「流石に外国の内戦に乗り込んでメタ○ギアごっこしてた時は死者出たけどな」
「何やってんだよ............」
話の脱線を、夢が咳払い一つで制した。続けろという意味だろう。
アホ毛医者がしゃべり出す。
「何で、そ、そんな中途半端な事をしたの?」
ぽかーん。
いや、この擬音が発生したのは俺だけだが。
「中途半端?殺せって事か?」
「そうじゃなきゃ死体にならないから」
危ない。コイツ危ない。良かったな人類、コイツが俺だったら地球亡んでるぞ。年齢制限Zの世界だったら死に物狂いで死にたい。
夢と路成に目配せしたらサッと逸らされた。見捨てるなよ。
「まー、俺にそういう趣味はねぇし?」
「.........だけ?」
改めて語るには少し可笑しな話をはぐらかせなかった後味の悪さから、俺は少し閉口した。サラダの酢程度で咽せそうになる程に。
「────仕事だからな。」
何となく。そう答えてみた。
これは嘘ではない。確かに、殆どの事件─主に強盗─は仕事でやった。流石に正規の仕事には就きようがない。それは割り切っている。
ただ、真実かと言われたらそれも違う気がする。二度の例外。一回は最後の事件、そしてもう一つは...............
「そう、仕事、か。」
「ああ」
ただ、話は丸まった。掘り返すのも野暮だろう。
平和な、あまりにも平和で弛んだ時間が、ぬるま湯のように辺りを満たす。
俺はそっと、スープを匙で口に運んだ。