毒師─Cd─
ポン。
突如、階段の踊場の脇にあるエレベーターが稼働する音がした。シースルーの壁越しに、カプセル状のエレベーターが登ってくるのが見える。
中にいる人物は、こちらを一別するなり首を回した。
「.........撒いたと思ったのに」
不穏な空気に顔をしかめる。撒いた?追われでもしたのか?
エレベーターは真横で止まると、アタッシュケースを抱えた男を吐き出して一階に戻っていった。男は、騒々しく、喚く。
「おい夢、ふざけるのも大概にしろよ畜生」
ズカズカと夢に近寄っていく、長身の男。筋肉質な腕が汗に濡れている。なるほど、コレが話にあったもう一人のスタッフだろう。
「ワンワンうるさいのよ、お黙り」
「犬じゃねぇよ!!」
「犬畜生ね」
「ぁぁあ゛あ゛うるっせぇぇぇぇええ!!」
しかし手は出せないからだろう、ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟っては騒々しく暴れ回る。拍子にアタッシュケースが開いて中身が露わになる。
空のしわくちゃポリ袋。内側に粉が付着した小ビン。スプレー缶。
そして、一枚の現金書留。
拾い上げてみると、ゼロが両手の指ほど並んだ超高額な書留だった。俺の手からそれをパッと奪い取る夢は、感慨も無さそうにポケットに突っ込む。
「落ち着きなさい犬畜生、殺すわよ」
「やってみろよ、素 手 で な」
喰ってかかる彼に、ふと見覚えがあるような気がした。気のせいだろうか。
そんな二人を見ていたら、ふと夢が俺に目配せをした。
「素手で?あいにく専門外よ『私は』」
「私は?」
気配を消して、彼の背後に位置どった.........つもりだが、手練れだろうか、それを察知してみせたらしい。後ろを振り向く。
「素『手』って言われたけど足技のが得意だ、許せ」
両脚を首にかけ、体重を乗せて絞める。息を詰まらせた音がする。
それでもなお飛んできた拳の真っ直ぐなエネルギーを活かしてそのまま回転、床に引きずり倒して上にドカッと座り込む。勿論、脚と首を征した状態で。
「何ッ.........だ、おま.....................」
と、そこまでしてから彼の上着のエンブレムが目についた。あぁ、そうだ。思い出した。
「あー、お前あれか。テロの時の」
「おい、聞い、てんの、か、てめぇ」
起きあがろうとしてジタバタする様を哀れに見つめる夢。首を押さえられていてこちらが向けないため混乱しているのだろう。
「生き残りだっけ?」
「聞け、よ」
「すげぇな、偶然上方に逃げて助かるとかさ」
「聞けっつってんだろ」
夢が頷いたので、俺は彼から降りた。飛び起きた彼は疲労困憊といった様子だ。
だが、それも俺を見て一変する。
「..................っ!!」
後ずさり青ざめた様子の、名前は確か............『路成』。怯えていようが彼の構えには隙がない。やはりプロは違う。
「アナタはよく知ってるわよね?コイツを」
「知ってる、っつか...............どういう事だ」
俺が一歩踏み出すと、彼は距離を保って後退した。
「俺も分からん。けど、雇い主には逆らえない、だろ?」
「雇い.........?」
「とにかく、危害は加えないから警戒するフリを解いてくれよ、『第零特殊部隊強襲班長』殿?」
スッ、と目が据わる。明らかな警戒の意志は抜けないが、構えは解いた。
驚くほど冷静になった彼に向かって、口を開く。
「どうせ、ノーモーションからでも攻撃に入れるんだろ。形で脅さなくてもそのくらいは分かる」
「...............気味悪いな、お前。」
無言でアタッシュケースを整える路成。夢は俯き気味に空気を見つめている。
床に置いてから改めて向き直る。こうしてみると、思っていたより随分大きく見える。
「...............今日から、コイツを雇ったの。」
「そう、か............まぁ、下手に探ったら死にそうだし何も訊かねぇけど」
なんて言うか、躁鬱の波が激しい奴だな。意外に油断ならない相手かもしれない。彼は。
「しかし、曲がりにも部隊人間の不意を付くとか............お前、本当に人間か?」
「.........っ」
夢が小さく唾を呑む。
「そう、だな一応構造上は人間だ。」
「一応?」
「............『輝夜』」
夢が何やら浅く息を吐いている。
「あぁ。なにしろ、俺はこの毒師の『最高傑作』で──────」
『益体も無い話をしないで』
夢が吐き捨てるように言う。握りしめた手は、僅かに震えていた。目は虚ろ。
夢は煩雑にケースを拾い上げて台の方へ早足で歩き出した。俺達が追いかける雰囲気でも無い。困惑していたら、視線がぶつかる。停滞した音。
「............まぁ、何だ。こういっちゃ何だが、宜しく」
「────あぁ。」