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毒師  作者: にや
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毒師─H2SO4─

─────さて、目に入った情報を整理しましょうか。

割れた強化ガラス水槽。飛び散った破片と部屋中に溢れた保存液。血。鋏。そしてアホ面の夜叉斗と苦虫噛み潰した顔の「実験体アイツ」。

「夜叉斗、アンタがやったのね?」

「何で!?」

勿論分かっている。夜叉斗はそういう人だ。思考と趣向に難こそあれど、こんな事する人間ではない。それに、強化ガラスを割れる力無いでしょう?ヒョロすぎるもの。

実験体がこちらに背を向けて立ち上がる。まだぐっしょり濡れた髪を乾かすように犬のように頭を振ると、突如挙動をやめてこんな事を宣った。

「おい、「夢」。シャワー貸せ。」

「───ちっ」

ああもう、コレだからコイツは嫌いなのよ。

状況が飲み込めない夜叉斗をその部屋に残して、私はその辺に引っかかっていたタオルを投げ渡す。そして無言で、階段脇の地図を指さす他無かったのである。

「さんきゅー」

あぁ、イライラするわ。この飄々とした目が。おどけたようで冷たい、アイスキャンデーのような声が。傍若無人な、行動が。全てが私を苛立たせる。






「............何だかんだ、アイツ損な性格してるんだな未だに」

シャワールームから出て脱衣場に踏みいると、あからさまに置いてある籠。それを見て、俺は懐かしさがこみ上げると共にため息をついた。

籠に一通りの衣服と、懇切丁寧に白衣まで置いてあったので全てを身につける。

「生娘かよ、ったく。そろそろ娘って年齢でも無いだろ」

ガタン、と物音。

居たのか。新妻みたいな待ち方しやがって。いや、流石に哀れだから言わないけどな。

「...............殺すわよ、露出狂」

「殺せたら苦労しないよな?あとひん剥いたのお前等だろ変態政府。」

「ぐっ........................、煩いわね、早く着替えて!!」

脱衣場のドア越しに歯噛みする彼女の独り言。変わらない。全く変わらない、つい数年前までの日常が再現されたようなやり取り。

ドアを開くと同時、怒りに任せた平手打ちが頬を打った。成る程、図星か。

「そのニヤニヤした顔はどうにかならないの?」

「さあな?」

「............いけ好かないわね相変わらず」

ただここ数年とは大きく変わったのは、彼女の立場だ。

至る所に並べられた器具。器具。器具。鼻をつくほどの薬品臭。切れかけの蛍光灯。

「ふーん.........いい御身分じゃねぇか。」

夢は何も言わない。無言で俺を先導する。

階段を降りて、先ほどまで俺が幽閉されていたフロアへ。そしてその部屋の前へ。

「ひぃぃぃ生きてるぅぅぅぁぁああッ!?」

謎の悲鳴を上げて倒れる夜叉斗。顔から壁に突っ込む寸前で夢に蹴られて床にうまく倒れ込む。なるほど、こいつ、不憫だな。誰かは知らないが。

心でも読んだようなタイミングで、夢はやっと口を開く。

「............日影、夜叉斗。聞いたことある?」

「生憎犯罪者は世俗に疎くてな」

「よく言うわ.........コイツは、医者。」

医者。ふむ、まぁ確かにあの鋏や白衣はそうかもしれない。よく見れば白衣のポケットからゴム手袋がはみ出ている。血も............まぁ不自然な量では無かった。

ただ、続いた言葉に俺はコイツへの考えを改めざるを得なくなる。

「腕は凄く良い医者なんだけど、致命的な欠点があるのよ」

「と、言うと?」

夢は半眼で怯える夜叉斗を見下げる。

「分からない?...............「生きてるもの」が苦手なのよ」

「.........そりゃ、素敵な趣味をお持ちで」

ああ、殺すぞって、刺すぞってそういう意味か。生きてたら意志の疎通できないからか。

───いや死んだら意志の疎通どころじゃないだろ。

蛍光灯がジジッと音を立てる。

「それ、医師として致命傷じゃないのか」

「昏睡してれば平気だから手術は出来るのよ。ただ、手術前後に患者の家族とかと話せなかったりカンファレンス出来なかったりするから病院からしたら願い下げだわ」

なるほど、とりあえず一見よりも危険人物だということは分かった。見た目に寄らず、かなりの狂人のようだ。

頭に一瞬、疑問の靄が湧く。違和感に気づいたのだ。

「............あれ、お前さっき普通に話してなかったか?」

そう、夢が俺の脱出を知った時。あの部屋で、夢は夜叉斗と普通に言葉を交わしていた筈だ。夜叉斗も怯えた様子はなく、返事をしていた筈なのに。

あまりにも「普通」すぎて違和感を抱く事もなかったが、今の話を聞く限りそれは非常に驚くべき事なのではないだろうか?

夢は首を縦に振った。

「私はただ、こう言ったの。「私の横に居れば死体が山のように手にはいるわよ」って」

「────で?」

「あっさり堕ちたわ」

軽いな。いいのかよそんなんで。

珍妙な「共存」が成立した、と。逆に考えれば、俺は─────「死ぬことができない」俺は圧倒的な驚異に違いない。

「...........お前から話しといてくれ」

「そのつもりだったわよ。アンタの昏睡が予想外に短かったせいで間に合わなかったの」

俺たちはその場を後にする。

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