毒師─(CH3)2C(OH)CN─
「おい、聞いてるのか?」
「ガタガタガタガタガタ」
「.........おい」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
「..................あのな」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
泣きじゃくる成人男性(血塗れ)とはこれ如何に。
あれから数分。俺は、この不可解な状況を一縷も打破出来ずにいた。
彼は俺が近づいた距離だけ遠ざかる。細く貧弱な成りの割に逃げ足が速いので追いつめるのに苦労したが............ようやく、部屋の角まで追い込むことができた。しかし、だからと言って話は進まない。
「ひぅ!?」
俺が一歩、彼のパーソナルスペースにまで肉薄する。彼はあからさまに狼狽し、震える鋏の切っ先を俺に向けた。
「.........さ、すぞ」
無視して、前髪を掴みこちらを向かせる。ぼんやりした、だが怯えて震える瞳は何故か武術の達人のようにはっきりとどこかを見ている訳ではなく。レンズの如く、青白い蛍光灯の光を乱反射して不気味に輝いていた。
「どうぞ?」
そんな脅し、何の意味もない。むしろ在れば良かったのに、とすら思う。
焦点の読めない闇色の目が、不意に俺の喉に焦点を結んだ。
銀色の刃が、振るわれる。
──────キィン!
その部屋に響き渡る、「甲高い金属音」。
彼の虹彩が弛緩する。
「─────ぁ」
再び、床に落ちる血塗れの鋏。絶望した目。口からは意味の無い母音の羅列が零れ落ちては積もっていく。
「なん、で、何、お前............ッ?」
何で、か。そりゃ、お前には想像もつかないだろうな。
その瞬間。
張り詰めた空気を外界から蹴破る、乱雑にドアを開ける音。そして、風に任せて控えめに軋む音。
「誰だ?こんな時に...............」
ヒールだろうか。硬質な靴音が近づいてくる。
「夜叉斗?どこ行ったのよ?」
じとり。
嫌な汗がぶわっと溢れ出す。その声は、鼓膜に染み着いたその声はアイツそのままじゃないか............
まさか。いや、間違いない。エラーばかり脳は吐き出してくる。夜叉斗、と呼ばれた彼は、訝しげにまたぼうっとこちらを睨む。
ノックもなく、ノブが勢いよく回された。