手記4
「私ね、作り上げるつもりなんだ」
──何をバカな、と思った。
図書館で出会った本の虫、もはや樹海の木々のように乱立する科学書の山に埋もれた彼女は晴れやかに続ける。
「たとえ何年かかってもいいわ……それが救いになるなら」
「……事故犠牲してまで救うものかよ、他人様は」
理解ができなかった。ただ、流されるまま、成績の向くままにこの学校に流れ着いた俺には、こんな大層なビジョンを持つ意欲も理由もない。
だがこいつには、きっとこれがあるのだ。類いまれなる才能を、嬉々として震う意思が。随分とおめでたい事だ。
「まさか。私だって見ず知らずの木偶の坊のために時間を擲ってるつもりじゃないわ」
ただ、と彼女は黒ずんだ手の側面に目を落とした。
「幼馴染みが、いるのよ」
「……怪我か?」
「ええ、まあ、ある種の」
含みのある言い方だった。初対面で追求していい事柄でも無さそうだった。俺は黙って小首を傾げて、続きを促す。
「将来が期待されている、SPのたまごみたいな阿呆だったのよね」
阿呆、か。
「ええ、全て忘れてしまっているけど、あいつはとんでもない阿呆だったわ……あら」
古い放送機材がノイズを纏った声で告げる。やりそびれたレポート課題が腕の中でびりりと震えた。
『蔵書整理のため、本日の開館は午後六時までとなっております。繰り返します──』
彼女が立ち上がる。俺は机についていた手を離す。
「なんだか長話して、悪かったわね」
「退屈してた所だ、友達も対していない男子学生にはありがてぇよ」
「……そう。」
そのまま俺達は、背を向けて、違う方向へと歩き出した。どこか旧友と過ごしたような、後味が残る。多分、近いうちに、また見かけるのかもしれない………
「ええ、そうよ。何としても、完成させるの……」
足は遠ざかる。遠ざかる。
たまにはこんな日があって、いいと思う。例えばそれが見ず知らずの人であっても、いや、むしろその方がいいと思う。
これはけして、御伽噺のような恋物語などでは無いのだから、すぐに忘れてくれそうな人に話すのが一番いいのだ。
そう、これは……懺悔だ。
「──路成」




