毒師─YOU─
……暗闇の中で、ぼんやり声だけが聞こえていた。相変わらず刺された場所は痛いに違いないのだけど、不思議と気にならなくなった気がする。
「刺し傷となると……助からないかもしれないわね」
カカっと喉を鳴らして笑ってみようとしたが、どうも体が自分のものでなくなってしまったようで口はピクリとも動かせなかった。
いつかこうなるとは、思っていた。元々、日の光があたる場所にいていいはずもないのだ。恵まれすぎた人生だった。
「──あぁ、結局」
結局、その光の射す場所に居続けた理由……小学生の絵日記のような絵空事は、叶わなかった。
死ぬことは辛くないから罪滅ぼしにはならない。つまり私は全てを裏切って死ぬのだ。期待も、自分の夢も、夜叉斗との約束も……全てを。
(さいて……ね……)
体がまどろみの中へと滑り落ちていった。後には、なにも残らなかった。
ピクリと唇が動いた。
(──脈はまだ、ある。息も、している)
血色から判断するに、まだ脳にダメージはそういっていないようだ。だが安全な状態でもない。
「おい、どうせどこかで聴いてるんだろ、返事しろ」
希望的観測に縋って呼び掛ける。
そこで、リリリ、とシンプルベルの音色が響き渡った。着信か。
「──路成」
「……。」
風のない筈の部屋のなかで、一瞬だけ頬がひりつく触感がした。
電話口からは、極めて平静な息の音だけがする。
それが、俺の最後の理性をついにぶち破った。
「何がしてぇんだ──何のためにこんなことをしたっっ!!!!」
叫ぶ、というより、『吼える』に近いその声は。
もう微塵も、ヒトじみていなかった。
変形しそうなほどに電話を握りしめて、髪の先から汗を滴らせる。
「お前は……お前は、俺を殺すために」
「──さぁ」
カチリ、と銃口がこちらを向く音がした。振り向くと、俺の拘束台から伸びてきた金属の円筒がじっとこちらを見ている。
「それは、どういう……」
パン、とあまりにも乾いた音。あまりにも聞きなれた音。
その弾丸は今まで見たどれよりも速く、迅く、俺の首もとを通りすぎた。風圧で髪が揺れる。
狙いを誤った訳ではない──確かに、弾は夢の後頭部に突き刺さっていた。肉の焦げる、鍵なれた筈の臭いが鼻について離れない。
要するに俺には、はなっから何の用も価値も無かった、と。
「は──そうかよ」
重力が俺を捕らえた。
何のために俺は叫んでいたのか。何故、動けずにいるのか。俺は何のために、何のために今日まで生きていたのだったか………
全ての問いが、真っ黒に、塗りつぶされた。
「寂しいか」
寂しい?
「どうせ生きも死にも出来ないバケモノのくせに、それでも寂しいのかお前は」
生きも、死にも。なにもできず、生かされるままに殺されるままにこの世界を彷徨う亡霊。暗闇のなかでのみ、赦される───
「──なら、ここで死ね」